あの日から1年たった。
一次帰宅に震災後はじめて行ってきたよ。
実家に帰るのに防護服を着る。
家に入るにもくつをはいたまま。
中は足の踏み場もないくらいめちゃくちゃ。
カレンダーは2011年3月のまま。
卒業アルバムや小さい頃の写真とかを探すのにも一苦労。
水も電機もガスも使えない。
浪江の町並みも東京に行ってる間にだいぶ変わっていたけど、それでも懐かしい景色だった。
塀は倒れて、2階が1階になってたり、古い家屋はペシャンコ。
昔よく行ってた家の近くのふれあいセンターには、除染した土が入った黒い袋が整然と積まれていた。
海の方は捜索で瓦礫をまとめたとはいえ、まだまだ車や船、橋の柱のコンクリートが田んぼのあちこちに。
お家やお店があったはずなのにあたり一面まっさら。
今どこに立ってるのかもわからない。目印になるものもない。
まっさらの中にも何軒か2階だけ残ってる家があった。
その中に昔からの友達が嫁いだ先で新しく建てた家があった。
玄関に結婚式の二人の写真と止まった時計が並べて置いてあった。
人気のない浪江町。
まさか自分の育った町がこんなふうになるなんて思わなかった。
浪江の変わり果てた姿を見たら、やっぱり悲しくなってしまったけど、浪江に住んでいたみんなはもっともっと悲しいんだろうな。
1日でも早くみんなが浪江町に帰れる日がくるといいな。
一次帰宅に震災後はじめて行ってきたよ。
実家に帰るのに防護服を着る。
家に入るにもくつをはいたまま。
中は足の踏み場もないくらいめちゃくちゃ。
カレンダーは2011年3月のまま。
卒業アルバムや小さい頃の写真とかを探すのにも一苦労。
水も電機もガスも使えない。
浪江の町並みも東京に行ってる間にだいぶ変わっていたけど、それでも懐かしい景色だった。
塀は倒れて、2階が1階になってたり、古い家屋はペシャンコ。
昔よく行ってた家の近くのふれあいセンターには、除染した土が入った黒い袋が整然と積まれていた。
海の方は捜索で瓦礫をまとめたとはいえ、まだまだ車や船、橋の柱のコンクリートが田んぼのあちこちに。
お家やお店があったはずなのにあたり一面まっさら。
今どこに立ってるのかもわからない。目印になるものもない。
まっさらの中にも何軒か2階だけ残ってる家があった。
その中に昔からの友達が嫁いだ先で新しく建てた家があった。
玄関に結婚式の二人の写真と止まった時計が並べて置いてあった。
人気のない浪江町。
まさか自分の育った町がこんなふうになるなんて思わなかった。
浪江の変わり果てた姿を見たら、やっぱり悲しくなってしまったけど、浪江に住んでいたみんなはもっともっと悲しいんだろうな。
1日でも早くみんなが浪江町に帰れる日がくるといいな。































