その人と比べてなにか一つ欠けていると、それで自分は他人より劣っていると考える。うつ病者の視点である。 自分の仕事上の業績があるのに、相手が卒業した大学が自分より有名大学だと、それだけで相手のほうが優れてい ると感じてしまう人がいる。


誰でも完全ではない。 誰でもなにかが欠けている。その欠けたことをどう認識するかが問題なのである。


彼らは「これは自分に欠けている。 でも自分は、 これだけの仕事をしてきた」と全体的に自分を考え、評価するこ とができない。


そこで、うつ病者は具体的に「私は○○を持っていない」 と言わないで、ただ「私は劣っている」と自分を表現す る。うつ病者の認識は極めて 「おおざっぱ」である。


柔軟な心構えを育むには、私達がネガティブと思う行動にも、当事者にはそうするだけの正当な理由があるのかも しれない、と覚えておくことが助けとなる。


その理由が、観察者としての私達には理解しがたくても、人はわざと、けちくさく、残酷に、気難しく、頑固に、 無口に、いい加減に、軽率に、 神経質にといったようにはめったにならないものだ。


不愉快な特性を伸ばそうとする人などいないのである。この挙げた中から、自分に当てはまりそうな特性を選んで、 ある状況を想像してほしい。誰かへの贈り物を特売で買ったとしたら、自分のことをけちくさいと思うだろうか、そ れとも倹約家と思うだろうか。


春のある金曜日に、子供たちを学校から早引きさせたら、自分のことを無責任と見るだろうか、それとも遊び好き と見るだろうか。


ほとんどどんな行動でも、否定的に捉えることもできるし、許容範囲内と捉えることもできるし、筋が通っていると捉えることができる。


さまざまな視点から、物事を見ようと努力することから生まれる成果が重要である。


まず、反応の仕方に選択肢が増える。独りよがりなレッテルでは無意識の反応しか得られず、 選択の幅が減る。


また、ほかの人も自分とそれほど変わらないと理解することで、共感が生まれ、反応の幅が広がる。対立した気分 に陥ることにはならないのだ。


次に、この柔軟な姿勢を自らの行動に当てはめると、変化がますます可能となる。


エレン・ランガー教授が臨床に就いていた時のことだが、治療を受けている多くの人に「私は変わろう」という気 持ちが強く見られた(それゆえに彼のところへ行くのだが)。


それだけでなく、その望んでいる行動が既にその人のものとなっていたので、彼には奇妙に思えたものだった。何 が彼らにストップをかけていたのか。


振り返ってみて気づくのは、彼らは大いに楽しんでいた行動(「強迫的になること」 など) を変えようとしていた。 それを別の視点から「自発的になること」など) 試みようとしていたのである。


このことに気づけば、自分の行動を変えることはネガティブなものを変えることではなく、ポジティブな二つのも の(「思慮深くなること」と「自発的になること」など) から選ぶことと見られるだろう。