「おねえちゃん浮気してる」ワンオペ育児の完璧パパに義妹からの密告 家庭を守りたい夫の“悲しき計算”とは


不倫が「いいこと」でないのは誰もが知っている。だが、その中でも「こういうことはあり得る」「やむを得なかった」と思われるものと、「これは許されがたい」と認識されるものがあるように思う。


 もちろん、許されがたい不倫であっても、当事者にはそのときどうしようもない事情があったかもしれない。結婚外の恋愛が遊びに近いものなのか、命の火を燃やすほどに深刻なものなのかは誰にもわからない。ただ、起こってしまった事実は変えられない。


「僕は許されがたい不倫をしたんだと思います」


 曽川哲朗さん(63歳・仮名=以下同)は小さな声でそう言った。「思います」というところに断言できない複雑な思いが感じられる。

哲朗さんとは1年近く、断続的にメールのやりとりをし、数回会ってきた。ちょっとした恋心が徐々に燃え上がり、ついにはにっちもさっちもいかないところまで進んだ。ほころびは多岐にわたり、もう繕えそうにはないところまで来ている。


哲朗さんの半生

 とある県の県庁所在地に生まれ育った彼は、東京の大学に進学して大手企業に就職した。だがどうしても職場の人間関係になじめず、休職や復職を繰り返したものの、ついに帰省して地元企業に転職した。26歳のときだった。

「地元に帰ってきてホッとしました。僕にはせわしい東京の暮らしは向いていない。こっちで会社員をしながら、親や親戚がやっている農業を手伝って……。やっと自分らしい生活ができるようになりました。当時は負け犬になった気持ちも強かったけど、どうしても向いていないものはしかたないと、数年後にはあきらめがつきました」

小中学校をともにした仲間とも再会、その中でも当時片思いをしていたルミさんに会えたのがうれしかったという。商店を経営していた父親が急逝したため、ルミさんは通っていた短大を退学して商売に明け暮れてきた。それが少しずつ実を結び、そのころには市内にもう1軒、店を出すほどになっていた。


「ルミと再会したとき、僕は彼女と結婚することを決めていたような気がします。忙しいという彼女を粘り強く説得してデートに誘い、僕はきみのために生きると口説きました」

イクメン”になった哲朗さん

 ルミさんは「私、恋愛なんてしている暇はないの。結婚する気がある?」と言った。もちろん、結婚しようと話はトントン拍子に進んだ。哲朗さんは次男だし、長男はもうじき結婚するため「タイミングがよかった」のだという。一方のルミさんはひとりっ子で、母と一緒に店を経営していたが、母は仕事をやめたがっていた。それもまたタイミングがよかった。


「それでルミと夫婦で店を経営していこうということになって。ただ、僕は経営については素人だから、そこから勉強しましたよ。ルミはものすごく活動的で情熱的で、経営を学問ではなく肌感覚で知っていた。そこが強みだなと思いながら、僕はアシスタントと経理面を担当しました」

27歳の終わりに息子を、29歳、30歳で立て続けに娘を授かった。妻のルミさんは「子どもを産めば産むほど元気になるわ」とろくに育休もとらず働いていた。子どもが小さいころは哲朗さんがほぼワンオペ状態で育児をこなしていた。


「我ながら、子育ては向いてるなあと思いました。日々、子どもたちと接しているのが楽しくてたまらなかった。ルミまで『あなた、保育士になればよかったのに』と笑っていた。自分でもそう思ったくらい。3人とも、初めて立ったところをちゃんと目撃しました。ルミはまったく見ていないから、録画して見せたら手を叩いて喜んで『私にはできないわ。てっちゃんは完璧なパパね』と」

子どもたちが大きくなっていく過程でも、しつけや教育はほぼ哲朗さんが担った。ルミさんは仕事がメインで、一般家庭とは逆だったが、ふたりともそれが居心地がいいと納得していた。


「まあ、田舎といえば田舎なので周りからはいろいろ言われましたが、ルミと僕が納得していれば問題ない。双方の両親がうるさかったけど、僕らの生き方だからとやんわり拒絶、誰の言うことも聞きませんでした」


 妻とのパートナーシップは強力だし、自分だからこそルミの夫がつとまるのだと哲朗さんは自信をもっていた。


 ただ、40代に入ったころ夫婦の間に“危機”があった。妻が浮気したのだ。

妻の言葉に怒りを覚えた哲朗さんだったが…

「あるときルミの妹から連絡があって、『おねえちゃんが浮気してる。知らせていいかどうか迷ったけど』と。義妹はルミと若い男性がホテルに入るのを目撃したんだそうです。とりあえず義妹に口止めしました。ルミに確認しようかと思ったけど、僕は言い出せなかった。義妹からはじゃんじゃん連絡がくる。『これは夫婦の問題だから、少し放っておいてほしい』と言ったら、義妹はへそを曲げて本人に『お義兄さんも知ってるよ』と言ったそうです。そうやってことを大きくする人間がいるのは迷惑だった」

ルミさんは夫が知っているとわかっていながら、関係を続けていたようだ。それでも「実害」がない限り、哲朗さんはなにも言わなかった。彼にとっての実害とは、外泊するとか子どもを邪険にするとか、家庭に背を向けるとか、そういったことだ。ルミさんは週に1度くらいは不審な遅い帰宅があったものの、それ以外は今まで通りだったし、休日は積極的に子どもたちとも関わっていたから、哲朗さんはわざわざ揉めるような話を持ち出すつもりはなかった。

「1年くらいたったころですかね、気づいたら妻はごく普通に戻っていた。不審な遅い帰宅もなくなりました。しばらくたってから、『私、この家庭があってよかった。あなたがいてくれてよかった』と突然、ポツリと言ったんです」


 どうしたんだよ急にと言ったら、ルミさんは「何か聞きたいことはないの?」と言いだした。浮気に言及してほしいのかと感じた瞬間、哲朗さんの中に怒りがわいてきた。あ、自分は妻の浮気を容認していたわけではないんだと、初めて自分の気持ちに気づいたという。知らず知らずのうちに感情を封じ込めていたのだろう。家庭を維持するために、子どもたちを傷つけないために。


「怒りを鎮めるのに10秒くらいかかりましたが、次に思ったのは、ここで寛容さを見せたほうがいいという計算でした。揉めたくなかったんですよ。とにかく揉めたくなかった」

トラブルを恐れるようになった、幼少期の風景

 彼が育った家庭は、父方の祖父母と両親、兄と妹の7人家族だった。祖父は酒癖が悪く、酔うと祖母に暴力をふるうこともあったらしい。その祖母は母に厳しかった。弱いところに暴力は流れていく。哲朗さんは、台所で祖母が母を叩いているのを見たことがある。父もその場にいたのに、自分の母親を止めようとしなかった。


「ばあちゃん、やめろと僕が飛び出したら父に止められた。母の泣き声だけを覚えています。あの光景は大人になっても忘れられなくて、祖父母と父を許せないという思いはずっと残っていた」


 だから家族が揉めることに極端に恐怖感があった。自分が寛容でいれば揉めることはない。そういう選択をするしかなかった。一方で、それは妻のしたことを認めないし、謝るチャンスも与えないということでもある。

「恋をしているのか身体の関係だけなのかはわからないけど、とにかく妻が他の男と関係をもっている。そしてその関係が終わった。それは僕には関係ないことだから、妻自身が気持ちをちゃんと処理してほしいとは思いましたね。聞く必要もない」


子どもに感じた「ルミの血」

 とはいえ、自分がそれについて言及しないし責めることもないと妻にはわかってほしかった。そこで結婚15年だったこともあり、たまにはふたりでデートしようかとちょっといいレストランを予約した。


「『パパとママ、ふたりでデートに行ってもいいかな』と言ったら、子どもたちはヒューヒューと騒ぎながら喜んでくれた。息子が『僕たちの気持ち』と1万円くれたんです。やめてくれよと思いました。子どもからお祝い金をもらうなんて……。『何を買っていいかわからないし、ふたりで使って』と」

気持ちがうれしくて涙ながらに受け取ったが、一方で「商人の子だなあ」と哲朗さんは妙な感慨をもった。普通ならお金を出し合って何か買うだろう。それが的外れなものであっても、子どもたちが話し合って買ったプレゼントを喜ばない親はいない。だが彼らは現金をよこした。そこに「ルミの血」を感じたと彼は言った。


「僕はやっぱり商売人にはなれない。実家は農家ですしね。だから何だというわけではないけど、ルミとの明確な違いがわかった瞬間でした。そういえばルミは子どもたちに対して、お金の使い方にはうるさかった。ルミの親戚も商売をしている人が多いし、代々農家のわが家とは何かが違うんだろうなと興味深かったですね」

それは違いがわかっても対処していける、うまくやっていけるという自信につながったのかもしれない。


 実際、家庭はその後、ほとんどもめごともなかった。家族も適度な距離感を保ちつつ、子どもたちは大人への階段を上っていった。そう、「あの日」までは。

息子夫婦に「レス問題」が発覚 このままでは孫が…63歳夫が走ってしまった“許されない解決策”


曽川哲朗さん(63歳・仮名=以下同)は、東京に疲れて26歳の時に地元に帰り、ルミさんと結婚した。彼女の実家が営む商店で共働きをしつつ、息子と2人の娘に恵まれた。 “主夫”のように哲朗さんは積極的に育児を担い、田舎の閉鎖的な空気の中で「いろいろ言われた」ともいうが、それでも妻と共に家庭を築いていった。だが40代に入ったころ、ルミさんの浮気が発覚。哲朗さんは家庭を維持するため、子供たちのため、知らぬ存ぜぬの「寛容」を装った。

その後、息子は東京の大学に進学、長女も次女もそれに続いた。


「本当にお金がかかったけど、子どもたちが自分の人生を歩んでくれればそれでいい。商売はいずれ人に譲ってもいいと僕は考えていました。でもルミはそうは思っていなかった。『長男に継がせる』と強硬でしたね」


 夫婦が直面した、初めてといっていいくらいの大きな“もめごと”だった。親が子どもの人生を決めてはいけない。息子に「継いでほしいとは言うな」と哲朗さんはルミさんに言った。


 大学を卒業後、息子は東京で就職、ルミさんの希望は打ち砕かれたが、それでも諦めてはいなかったようだ。

「もちろん計画したことではないんですが、50代半ばになってルミの体調に異変がありました。本人は更年期だと片づけたがっていた。でもなんだか気になるので、大きな病院で検査してもらったら、食道がんだった。彼女は本当にいつも元気で健康だけが自慢だと言っていたくらいだから、本人がものすごくショックだったようで、すっかり落ち込んでしまって。隠してもおけないから子どもたちには本当のことを話しました」

その後…

 抗がん剤、手術、放射線療法といわゆるがん治療のフルコースを経ていく中、心配した長女が仕事を辞めて帰ってきた。仕事は辞めるなと哲朗さんは言い続けていたのに、「心配でどうしようもないから」と長女は泣いた。

「長女は看護師だったので、こちらでも仕事はできると。やはり病気のことがわかっている長女が帰ってきたのは、妻も僕も心強くはありました。すると次いで息子が僕も帰ると言い出した。それはダメだと強く言ったんですが、結局、辞めて戻ってきました」


 次女は我が道を行くと東京で仕事を続けてはいたが、折に触れて顔を見せるようになった。誰もがルミさんを大事に思っていたのだ。


「数年かかりましたが、ルミは徐々によくなっていきました。僕と息子とで仕事を続け、ルミのことは長女がしっかり見てくれた。手術後も、まだ入院していたほうがいいと言われたけど、ルミは帰ると無理矢理退院しました。でも長女がいたから病院とも適切にコンタクトをとってくれた。自宅に戻ったルミは病院にいるときより、明らかに元気そうでした」

それをきっかけに息子はルミさんから仕事について毎日、手ほどきを受けていた。3年後、29歳になった息子はルミさんの後継者となった。もちろん、元気になったルミさんが「引退する」ことなどあり得ない。それからは息子と妻の二人三脚で商売を続けている

「次は息子の嫁だわ」

「息子はルミと一緒に仕事をするようになって、その手腕に敬意を抱くようになったようです。ルミは、次は息子の嫁だわと張り切っていた。あんまり干渉するなよと言ったのですが、彼女は『私が認めた女性でないと困る』と。僕の知らないところであちこち探していたらしい。あるとき連れてきた女性と息子を見合いさせて、それだけで結婚を決めてしまった。あり得ないでしょ。息子に本当にいいのかと何度も聞いたけど、息子は『おかあさんがいいというんだからいい』って。なんだかちょっとイラッとしたんですよ、そのとき」


 それでも反対する理由はなかった。両家の顔合わせで相手の女性に会ったとき、彼はそっと彼女に聞いてみた。たった1回の見合いで決めていいのかと。すると彼女は微笑みながら「息子さんは誠実な方だと思いますので」と言った。その表情はどこか悲しげに見えた。

「あとから知ったんですが、彼女の家、あまり裕福でなかったんですよ。父親がいなくて母親は病弱。彼女は高校を卒業してからずっと働きづめだけど、まだ弟や妹に学費がかかる。妻は献身的に家族に尽くす彼女を見初めたようで、家族のめんどうはうちが見るからと息子の妻になるよう言い含めた」


 30歳の息子が、どこまでその事情を知っていたのかはわからない。哲朗さんの「たっての願い」で、新婚の息子夫婦は自宅近くの新築マンションへと移り住んだ。息子の妻の雪菜さんは24歳だった。自分たちと一緒に生活させるのは忍びなかった。


「ルミにも新居には行かないほうがいいと言い含めました。息子のことを思えば、静かに新婚生活を送らせてやろうと。ルミも渋々納得したようです」

子どもができないことにイラだつルミさん

 だが結婚して3年たっても子どもができないことに、ルミさんはイライラし始めた。息子に商売を継がせたら、次は孫が生まれるのが彼女の目標だった。次から次へと目標を設定し、クリアしていくのが彼女の生き方なのだと哲朗さんも理解はしていたが、夫婦のことに関しては息子たちに任せたかった。


「極端に言えば、子どものいない人生でもいいじゃないかと。夫婦がそれで納得しているなら。でもルミは我慢できずに、息子に尋ねたようです。孫はできないのかって。そうしたら息子が『雪菜が応じてくれない』と言ったらしくて……」

ルミさんは雪菜さんにぶしつけに聞いてしまった。「あなた、どうしてしないの?」と。雪菜さんは泣いていたそうだ。哲朗さんは耐えられなくなって、雪菜さんをこっそりドライブに連れ出した。

「妻が失礼なことを言ってすまないと謝りました。雪菜さんは言葉少なでしたが、『お義父さんにドライブに誘ってもらってうれしい。少し気持ちが晴れます』と言ってくれて。一緒に昼食をとったんですが、彼女も覚悟を決めたのか、食事が終わるころ『私は拒否していません。夫がめったに誘ってこないので』とつぶやいた。結婚して3年で、片手で余るほどしかしていないと。もしかしたら、夫には本当に好きな人が別にいるんじゃないでしょうかとも言っていました」

哲朗さんが息子と話をすると…

 大問題勃発である。夫に愛する人がいるなら、私は離婚してもやむを得ないと思っていると雪菜さんは言った。そのとき、哲朗さんは「母と弟妹のめんどうをお義母さんがみてくれている」ことを知った。雪菜さんは弟妹の学費さえめんどうを見ていただければ、あとはもういいし、私は身を退くとも言った。


「今度は息子とふたりで話しました。そうしたら、やはり息子には好きな人がいた。でも相手は離婚したシングルマザーだから、おかあさんが賛成するはずがない、と。それで偽装結婚みたいなことになってしまったのだと。本当はどうしたいんだと聞いたら、シングルマザーの彼女と一緒になりたかったけど、少し前におかあさんが彼女のことを嗅ぎつけて直撃、手切れ金をつきつけて別れるよう脅したというんです」

息子は必死でひきとめたが、シングルマザーの彼女は「おかあさんとの約束だから」と去っていった。その後、引っ越したようでもう行方がわからないということだった。だから雪菜とうまくやるよと息子は無理やり笑ったが、しばらくたって雪菜さんに聞くと状況は変わってないようだった。


雪菜さんを元気づけようと…

「雪菜さんが、『私は結局、誰からも愛されない人生のままなんです』と泣くのを見て、僕は気持ちをもっていかれた。彼女は素直でけなげでしっかりした女性です。母子家庭の長女だったから、弟妹に愛情を注いだけど、彼女自身は多忙な母親から愛されたという実感はないままだった。まして父親に関してはうっすらとしか記憶がないようでした」

1年ほど前のことだった。雪菜さんを元気づけようと、ときどきドライブに誘っていたのだが、車内で彼女がふと哲朗さんに身体を寄せてきた。彼女の髪がふわりと揺れ、シャンプーの匂いが鼻孔をくすぐった。その瞬間、彼は近くにあったホテルに車を乗り入れていた。


「部屋に入ったとき、雪菜さんは黙って抱きついてきました。『前からお義父さんが好きだった』と。自制できなかったんですよ。いや、自制すべきという認識も吹っ飛んでしまった。年の差も、息子の妻であることも、何もかもが飛びました。目の前の雪菜さんしか見えなくなっていた」


 一生のうちでいちばん精魂こめた、そして誠を尽くした行為だったと彼は大仰につぶやいた。それが本音なのだと伝わってきた。

雪菜さんの妊娠、父親は

 それ以来、哲朗さんは雪菜さんとふたりきりで頻繁に会うようになった。ときには町を越え、市を越えて遠くのホテルを利用した。バレたらどうしようとは考えなかった。目の前の彼女に心を奪われていたからだ。

「雪菜さんは明るくなり、家事も以前よりきちんとするようになった。夫の好物を作ったら喜ばれたと話してくれる。僕は嫉妬しましたよ。だけど、息子の幸せにつながっているという皮肉な結果になっていることを認めざるを得なかった。雪菜さんは『でも、私が愛しているのはお義父さんだけ』と抱きついてくる。苦しいけどうれしい、つらいけど楽しい。そんな日々で、脳が破裂しそうでした」

雪菜さんから「妊娠した。時期的にあなたの子だと思う」と言われたのは4ヶ月ほど前のことだ。それもまたショックだった。夫婦関係は相変わらずほとんどないと言われていたのに、実際はもっと頻繁にあったらしいことがわかったからだ。


「雪菜さんはそれを認めてはいません。でもあの口ぶりから言って、どちらの子かわからないというニュアンスだった。僕の子だと思うと言ったのは、僕の関心を維持したいからじゃないかと疑っています」

己を呪うしかない

 息子からルミさんへと情報が伝わり、ルミさんは大喜びで哲朗さんに報告してきた。もうこうなったら男でも女でもいい、商売を継がなくてもいい、ふたりが幸せならいいとルミさんは「ひどくまっとうな反応」を見せたという。

「僕の子だったらどうなるんだろう、どうするんだろうと雪菜さんに言ったら、『大丈夫。わからないわよ』と。そのとき初めて、この子、怖いことを言うなと改めて思って……」


 それでもふたりの関係は終わってはいない。「もうじき安定期だから、そうしたら、ね」と雪菜さんに囁かれ、それを楽しみにしてしまっている自分に気づいてもいる。


「ここで彼女とは義父と息子の妻というだけの関係に戻らなくてはいけないと思ってはいるんです。でも彼女に誘われたら断り切れないかもしれない。それが怖い。己を呪うしかない」


 

もう2度とふたりきりでは会わないほうがいい。それはわかっている、でも……と彼は堂々巡りを繰り返す。目の前の危機から目をそらしているのか、危機を実感していないのか。自分の気持ちを持て余していると言いながら、彼はふらふらと去って行った。