幼稚園の園長から、長女の運動会のことについて相談があった。
内容
・年中は障害物リレーをする
・障害物をこなしながら1周する
・勝ち負けにこだわる子も出てきた
・長女は6月の親子運動会で、リレーを走るだけでも1周はキツく、半周にしてもらった
・その半周すら、担任に両手を繋いでもらって、泣きながら、走ったのか歩いたのかわからないレベル
・園としては、障害物リレーを長女にもやらせてあげたい
・打開策として、みんなでリレーする前に長女だけ、友達や担任と一緒にコースを回って1周させる
・その後、競技をスタートさせる(長女は競技としては参加しない)
私は、
私にとって長女のイロイロ(例えば療育とかリハビリとか)を決める上で一番大切にしていることは、長女にとってそれが楽しい時間か?ということ。
長女は、ルールや決まり事を理解するのがまだまだ苦手。応用も出来ない。
だから、自由に遊んでいいよ〜!の中ではのびのびと遊べるけど、
そこにルールが入ってくると、自分でもわからないから面白くないのか、スッと輪から外れて一人で遊び出すこともあるし、興味の範囲も限局してるから、「これやるよー」と言っても、興味が無かったら、全く寄ってもこない。
何度も、例え目の片隅にちょっと入るレベルでも、存在をアピールすることで、ある日少し興味を持ってくれることもあるから、そうやってゆっくりゆっくりやっていくしかない。(例えば縄跳びや鉄棒は今は一切興味がないけど、存在は本とか園庭とかで目に入ったときに、「あっ、鉄棒あるねー」とか言ってアピールする。完全無視やけど)
それが、生きていくために必要なことだったら、泣いたり嫌がったりでもやらなきゃいけないことはやるんだけど。(歯磨きとか、朝顔を洗うとか、トイトレとか、日常生活動作)毎日それの繰り返しで嫌になるけど、それでも毎日続ける事でやらなきゃいけない事だという理解はしていくし。
どうしても必要じゃないこと(生きていくうえで必要なこと以外)に関しては、私は割とゆっくり構えてるつもり。そして、興味のあることに関しては全力で楽しめばいいと思ってる。(ブランコは死ぬほど好きだから、ひたすらブランコに乗せる。むしろブランコでしか遊ばないレベル。縄跳びや鉄棒はいつか興味持てばやればいいけど、一生やらなくてもそれで死ぬことはないからいい)
多分、子供は、興味を持って楽しんで遊んでる時に、身体も心もこれでもかっ!!!ってくらい成長すると思う。
反対に、イヤイヤやっていることからは、イヤだったという経験が大きすぎて、得られる経験値は小さいと思う。なんなら、イヤの経験が強すぎてマイナスじゃないかと思うほど。
いろんなことを経験させるのは大事なことやと思う。でもそれは、興味をもって経験するから意味があるのであって、長女みたく興味の範囲が限局しているような子に、次から次へといろんなことを与えてやらせようもんなら、ただただ苦痛の時間を過ごさせているようなもんだと。
あくまで、生活していく上で必要なこと以外では、の話。
だから私は、
みんなと同じように競技に参加させたいわけでも、一人だけ特別に友達にサポートしてもらいながら走らせたいわけでもなく、
長女がルールを覚えて楽しめるんであれば、長女が参加できる形で参加させてほしい、という思い。
訳がわからず、泣きながら、半分パニックになりながら、形だけでも参加したとすることにはなんの意味もなくて、それなら参加しないでいいと思う。
経験させることが大事なことはよく分かってる。
でも、定型発達じゃない以上、出来ること出来ないことがあるのは仕方がない。だから、イヤの経験を積まないように、出来なくっても楽しいの経験になるなら頑張ってほしいし、楽しんで成長していってほしい。
興味をもてたら、悔しいやなにくそっ!の感情も経験できる。でも、興味が無かったり、ルールがわからないなかで我慢して経験させる中には、やらせる大人側の自己満しかないと思う。
そんな事を考えた、園長との話。