まともに着床したのは、5回目の移植でした。



判定日の前日に、親友から妊娠していると連絡を受けて、おめでとうと祝福できる自分にほっとした。


判定日当日は、トイレに行くのが億劫で、でも先延ばししても変わらないと言い聞かせ、検査に臨みました。

授からなくても幸せであることに変わりはないし、金銭的にも楽になるからと言い聞かせて、、、結果を見た。

終了線と同じくらい濃い判定線。

首まで諦めに浸かった時に漸く結果が出る。


検査薬を渡すと、連れ合いは、大喜びで抱きしめてくれた。

そこが漸く、漸くスタート地点でした。


胎嚢、心拍確認を経て不妊治療クリニックを卒業。

妊婦健診で初めてエコー写真をもらって、じわじわと込み上げる感動。


その裏で、消える食欲止まらない吐き気キッチンに全く立てない1ヶ月。

が、仕事は行かねばならないし、資格の試験も待ってくれない。

夜勤を何とかかわしながら、ギリギリのお手玉を回して回して、妊娠初期を乗り越えました。


一日一日を数えるように過ごして、何とか、安定期に入りました。

まだ次の妊婦健診で心臓が止まっていたらどうしようと不安は尽きないが、それでもここまでこれたならば、という思い。


20代で採卵して、卵子も正常胚も申し分のない個数で、確率的には産めるだろうと思っていたが、まさか5回も移植を繰り返すとは。


やはり課題は母体だったのだと思う。


5回目の時は、免疫抑制剤を飲みました。

自分の免疫をボコボコにして、漸く受精卵を受け入れてくれた。

少し、思うところはありました。


移植した夜、毎回体温が上がりました。

熱出すこともあれば、そこまで行かずとも、翌朝目覚める時は大汗。

免疫が働いて排出し続けたのではという素人仮説。


5回目の時は、移植前に一度熱をだし、移植後も喉痛めたままで、不調につぐ不調。

免疫がそちらに忙しくしていたからか、受精卵をすんなり受け入れてくれた。


あとは、鍼も通いました。グルテンも取らず、糖質制限もした。

何が効いたかは知らないが、やれることはやったという気分。

使う日が来るとは思えないが、まだ残っている正常胚は一応更新。



35歳未満で正常胚を4回移植してダメだった人はあまり多くないとは思うけど、諦めないでと言いたいな。

ここに5回目で授かった例がありますので。


IVF Journey 

おわり


仕事を抜け出して移植して、なんとか当日は職場に戻ることなく帰れました。

増量計画に勤しみ、当日はBMI21に乗りました!やったー!

やれることはやった!

翌日から多忙すぎてあっという間に20切ったけど、せめて19は維持するよう踏ん張りたい。


仕事に注力しすぎて、自覚症状は何もなし。

化学流産した前回は、移植して二日後、おそらく着床後から、胃の不快感があった。

今回、胃がムカムカするか神経を集中させてみるがうーん。

わからん。


今回は、フライングはしない。

判定日まで、信じて、薬を飲むだけ。

家族が結構気にしてくれてるけど、身体はなんともないから、

今回はフライングしたくないと告げる。


一日一日、信じて、乗り越える。





同僚の夫婦と、可愛いよちよち歩きの子供と、遊んできました。

ご飯食べて、公園を散歩するまったりお出かけ。


産まれてすぐに抱かせてもらって、寝返りを見守って、膝に乗せて本を読んだりさせてもらった子が、しゃ、しゃべってる!!!


他人の子供は本当に成長が早い。

なんなら、パパの方が忙しすぎて平日会えず仕舞いで週末に抱っこすると、重さにびっくりすると言っていたので、

あっという間に大きくなったんだなぁ。


奥さんの方は、2人目を授かったとのこと。


悪阻で体調のアップダウンはあるときいたけど、会った後は体調良くて、たくさん食べられたとニコニコしてました。

あやかりたいなぁ。


結婚する前から仲良くしてもらった2人で、結婚祝いを贈り合い、臨月の時もご飯を食べたり本当に楽しく過ごさせてもらった。

もう立派に親になっているのに、我々は、なぁ………


卵胞チェックの診察後だったので、自分と重ねてしみじみ。

「我々はゆっくり行こう」と、家族には言われるが、まぁ、焦っても何にもならないしなぁ。

やれることは、やってるし。


友人の子供を追いかけて、公園を走り回る家族を眺めてると、我が子を抱かせてあげたいと強く、おもう。


最後の正常胚移植、どうか、どうか。