過去を変える | 須藤峻のブログ

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すどうしゅんによる、心の探究日誌。
生きることは不思議に満ちてる。自由に、自在に生きるための処方箋。

あ~、忘れたいのに忘れられない!
タイムマシーンで、変えにいきたい・・・
そんな過去を、誰しもひとつやふたつ持っている。

でも、僕らは、思う。
「過去は変えられない。だから、昨日のコトは忘れて、明日のことを、考えよう」

確かにそう考えるコトで、「よっしゃ、がんばろ!」となるコトも多いので
それはそれで、生産的なアイデアだ。
だけど、実は、過去は、変えられるモノ、変わっていくモノなのだ。

こんな経験はないだろうか。

・自分が大人になって、親の気持ちが、やっとわかった。
・旅先で、幼い頃に来たことを、ふいに思い出した。
・全く忘れていた思い出が、夢に現れた。

実は、これが過去の「変化」である。

まず、「過去」って何か、考えてみよう。
過去・・・歴史、記憶、思い出・・・それらは全て、「今、思い出される記憶」のコトだ。
「記憶」は、実体がない。つまり、触れないし、見えない・・・現実セカイには、実在しないのだ。
だから、過去とは、「今、思い出した記憶・思い出せる記憶」のこと。

ここは、とっても重要。
過去は、「今の自分」の「視点」を通して、思い出された「物語」なのだ。
今の自分の視点=解釈や色づけ、意味付けが、必ず混入する。
だから、思い出す地点=「今の自分」が変われば、過去は変わってしまう。
赤いサングラスから、青いサングラスへと替えると、全ての風景が、赤から青へと変えるように。

例えば
・10年前の自分:親が嫌い → いつも、うるさい!過干渉な親・・という思い出
・今日の自分 :親が大切 → いつも、自分を想い、心配してくれていた・・という思い出
(ちなみに、我が家の話ではありません 笑)

この「過去の変化」を、さらに如実に教えくれるのが、「偽造記憶」の話。
「心の深い場所に抑圧された記憶を思い出して、トラウマ(心の傷)を治療する」という
精神分析の方法論が、世に出始めたころ
患者が「思い出した記憶」が、実際には「存在しない出来事」
=「偽造記憶」だったという事例が、多発した。
クライアントは、自分の(多くの場合、うまくいかない)現状を説明するのに、
丁度いい記憶を、自分で創り出してしてしまったのだ。

僕にも、こんなコトがあった。
小学生の時、ほんの少しだけ「くもん式」に通っていた時期がある。
(はっきり言って、苦悶式だと思った)
入学時に、「レベル分けテスト」があったんだけど、
僕の記憶によると、わりと良い成績でパスし、高いレベルからスタートした。
その時のことも、覚えている。
しかし、事実は違うらしいのだ。(複数の証人がいたので、違いない)

レベル分けテストは残念な点数で、
かなり低いレベルからのスタートを言い渡されたらしい。
しかし、僕が「高いレベルからやりたいわい!!」と「ごねた」ので、
特別に、「高いレベルからスタート」を許可してもらったらしい。
とほほ・・・

僕は、都合の悪い記憶を、都合の良い記憶=自分の心地よい記憶へと
まんまと書き換えていたわけだ。

こんな風に、僕らは、自分にとって、欲しい記憶(必要な記憶)を
知らず知らず作ってしまう。
過去とは、「今の自分が、必要なカタチ」で存在するモノなのである。
人間は、生まれてから今まで、全ての記憶を持っていると言われている。
その無数の記憶の中で、思い出せる記憶は、わずか。
僕らの「思い出す記憶」は、今の自分が「思い出したい記憶」=「必要な記憶」だけなのだ。

「必要な記憶」とは、
「今の現実と密接に関係していて、今の現実に「対処するため」に、必要な記憶」
のことである。

◯ 記憶=今の現実に「対処するため」に、必要な「過去の情報」

例えば、ここ最近になって、急に「友人Aくんとの出来事」を夢に見た。
彼は中学校時代の友人で、入学後すぐに意気投合した。
彼は、ちょっと斜に構えていて、大人っぽい奴だった。
僕は、憧れに近いモノを感じていたんだろう。
しかし、小さな事件がきっかけで、僕らの距離は離れていき、
互いに反目しあったまま、卒業・・・それっきり。

この記憶が僕の中に浮上してきたのは
今、僕が、この記憶の中の出来事に関わるテーマ(自分の課題)に向き合っているからだ。
そのテーマは、例えば(僕が、気づいた範囲においては)
「自分の本当の気持ちを、一切の遠慮なく、一切の躊躇なく、伝えること。」
である。

ここのところ、僕はまさに、そのことを、痛感させられる状況を創り出していた。

* * * 前の投稿「僕の課題」と、同時期に書いていた文章なので、同じ話が入ってます~ * * *

ある仕事で、僕は「正直、あんまり、やりたくない仕事」を、受けた。
(まあ、小さな仕事だし、相手は大切な恩人だし・・・が甘かった)
結局、「クオリティの低い仕事」をし、猛省することに・・・。
頼まれた時に、「やりたくない」という一言を、言えなかったのは
「期待に応えないと、自分の価値がなくなってしまう」という、
深い恐れがあったからだ。

僕が、このタイミングで、「Aくんとの出来事」を思い出したのは、
あの体験は「本当の気持ちを、伝えられなかった記憶」だったからだ。
その当時の自分の気持ちを感じ、その当時の自分を見つめ
そして当時のAくんと心の中で話し合う中で、それが見えてきた。
僕は、「Aくんの期待するであろう発言・行為」を繰り返すなかで、
関係性を見失っていったのだった。

僕らは、この様に、過去を通じた「気付き」を通じて、
目の前の出来事(失敗)について、根本的な原因を深く理解することができる。
「どんな仕事でも、受けたら、クオリティを守る!」
・・・という話で思考を止めていたら
僕は、もう一度、同じ失敗をすることになるだろう。
「期待に応えないと、自分の価値がなくなってしまうという、深い恐れ」を手放すこと。
このレベルで解決をするために、僕は、昔の記憶を思い出したのだ。

→ その後・・・さらに深い、自分の幼少期からの記憶に出会う・・・の巻はコチラ

さて、ここに、僕らが、自分の過去(記憶)に対して取るべき「スタンス」が見えてくる。
記憶とは、僕の潜在意識から、僕に向けられたメッセージなのだ。
「目の前の問題は、あの時と同じ「コト」が原因なんだよ!気付け~!」そんな言葉。
「記憶」とは、目の前の「現実問題」の「根本的な原因」を発見し対処するための
最も有用性の高い「ヒント」であり、「解決の道具」なのである。

そして、その「解決」がなされるまで、このメッセージは届き続ける。
だから、嫌な記憶から眼をそらしたり、忘れようとしたりするのは、逆効果だ。
気になって仕方がない記憶、忘れたいのに忘れられない記憶、ふいに思い出したこと・・・
それらを、自分へのメッセージだと知り、「今を変える為の、ツール」として利用した方がいい。

逆に、過去の解消は、「今を変えるコト」によってのみ、実現される、と言ってもよいのだ。
つまり、必要がなくなる=解決がなされた時に、過去はその役割を終え、
僕らの意識をノックするのをやめる。
記憶は、違う意味を持つ記憶へと変わり、時に、消えていくだろう。

実在するのは、「今・ここ」即ち、「現在」だけである。
全ての現象、全ての関係性、そして全ての記憶は、「今・ここ」にフォーカスするために存在する。
僕ら人類が、「過去(記憶システム)を持つ理由」は、
「今、ここ を生き延びるのに必要な情報」だからに他ならない。

だから、記憶に対し、「自分に、何を伝えようとしているのか」と、問いかけてみよう。
すると、全てが、自分宛のメッセージ、自分が考え、感じ、生きるためのヒントだということが
見えてくる。
それは、セカイの全てが自分の味方になるってこと!
頼もしい、味方を手に入れよう。
それは、人生をずっとスムーズで、自在なモノにしてくれる。


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