投資と関係ない介護の話ですので
備忘録です
先週、お義母さんの介護認定のため
市役所の職員さんの訪問がありました。
5年前くらいからよく鍋を焦がしたり
財布を無くしたり
車を擦ったり
なんだか耳が遠くなったり。
ただ、体はまだ元気で、普通の日常生活は出来てました。
庭の草むしりはもちろん、
綺麗好きだったので
掃除機は1日2回かけるし
洗濯も二人暮らしで毎日大物、白、柄物など
靴下や下着はバケツでつけおき予洗いして。
食器も、冷蔵庫も片付いてる。
よく出来たお義母さん←私は家事力0です
もう歳だからね、忘れっぽくなったし
これからゆっくり老いていくのかしら
まだお義母さんを頼りにしていて
他人事でした。
ここ1、2年は
病気でガクッと体重が落ち
起き上がれない日がだんだんと増え
ほぼベッドで寝て過ごす日が増えてゆきました。
ベッドも2階から一階和室へ
さらにリビングに移動し
食事はベットに腰掛けて。
おふろ、トイレは自力。
調子のいい日は
車に乗せて、スーパーへ行っていましたが
いつからか月に一度の通院以外
家から一歩も出なくなっていきました。
記憶が曖昧かな?と思うことが増えてきて
離れて暮らす私もなんだかおかしいな
そろそろボケてきた?なんて思ったけど
お義父さんはまだ大丈夫だよ、心配するなと。
総合病院にも月一で半日かかる検査に行ってるし
先生から介護が必要、認知症って言われてないならまだ大丈夫なのかなー
くらいに思ってました。
ここ半年は
孫の顔を見せに行っても
お義父さんが
不在のことが増え…
お義母さんの話し相手をして
1、2時間で帰る感じ。
疲れたから寝るね、でバイバイ。
昔はお昼ご飯を一緒に食べて
昼寝して←え
夕飯を貰って帰ったものです。
(甘え過ぎ)
…で、ついに
お義父さんから
もう面倒見きれないです…と
ヘルプの連絡が入ったのが2月ごろ。
その頃私は繁忙期で仕事も忙しく
毎晩残業だし、休みも取れない。
お義父さんは、2人で居る自宅は息が詰まる。
お義母さんの朝昼の食事と薬を用意して
ゴルフ、畑、お風呂、麻雀、カラオケ(多趣味すぎる)気分転換に繰り出す日々。
代わりに私とパパが様子を見にちょこちょこ実家へ顔を出す。
そんな1ヶ月でした。
介護認定の訪問日が決まった時
ようやく出口が見えない日々から解放されるのか…
すがるような気持ちで
ドキドキしながら職員さんを待っている
微妙な空気のお茶の間。
空気に耐えられず、
お義父さんは外の車を見てくる!と外に出てしまいました。
市役所の職員さんが来たら
お義母さんびっくりするかな?と身構えましたが
職員さんは穏やかで
無口なお義父さんと
記憶が曖昧なお義母さんから
会話を引き出していただきました。
職員さんがチェックリストをもとに
質問するのですが
お名前は?
生年月日は?
順調だったのはここまで。
以降は自分の歳が分からない
季節さえ分からない…
会話を聞いてて胸が苦しくなりました。
あれ、もしかして思ったより深刻??
トイレの失敗の話になると
「私は記憶にないの。お父さんがお前が粗相したって言うから多分私なのかも知れないけど、、私やってないの。記憶にないことってあるのかしら?なんで責められるか分からないの。」
お義父さんも、お義母さんも
とうに限界だったのよ。
まだオムツじゃないし、寝たきりじゃない。
少し記憶力が足らないだけ。
歩けるようになれば
またもとのお義母さんに戻る。
どこかで大丈夫と思っていたの。
今年に入ってから血液検査の数値も悪く
自宅での生活は難しくなってきて
家族の気力も限界。
本人が穏やかに過ごせる施設を希望してます。
そのように職員の方にはお伝えしました。
介護は長男の嫁の出番かと思い同席しましたが、要介護となればケアマネジャーが付いてくれるそうで手続きに一ヶ月はかかるそう。
介護って漠然と
お金や時間の問題だけだと思ったけど
これからどうなるんだろうと不安だったり
元気な姿を見ているので
変わっていく姿に絶望を感じ
嫌なことも受け入れざるを得ないし
何もしてあげられない無力さを感じました。
いつ、どこに相談したら…って
ズルズル来てしまっていてるのもあるし
このくらい大したことない
このくらいで弱音はいたら恥ずかしいって。
もっと身体が動かない人だっているし
このくらいで大変だって思っていたら
介護士さんに申し訳ないや、って。
周りに助けて、と言い出せずにいました。
職員さんが帰った後
もっと早く相談出来ていたら
良かったんじゃないか
ここまで酷くならなかったんじゃないか
ただただ、後悔してます。
まとまりが無いけど、残しておきますね。