お土産のドレスと剣と盾。


Such a life , Such a Death
エクスカリバー:-)

7月16日(月)

マイカーでの初出勤:-)

初日に寄ってもらったサンドウィッチ屋の向かいのタバコ屋へ寄るために

発路駐を体験。

後方から襲ってくるバスに怯えながら、何とか駐車。

英語の通じないおばちゃんに覚えたてのドイツ語で交渉。

”GAULOISES ツヴァイ ビッテ”

購入成功:-)

意外といけるもんだ。

んで、意気揚々と仕事に取り掛かり、予想以上にスムーズに進む作業にびっくり。

ただ一つ、喫煙場所が外にあるため、その都度誰かを呼ばなければならない。

でも、現地のスタッフが見かけるとドアを開けて待っていてくれた。

なんかこういうの嬉しいよなぁーと思いながら、順調な状況に満足。


7月17日~7月20日

なんだかんだ、毎日車で出勤。

スーパーも自分で行けるようになった。

左ハンドルのマニュアルもすっかり慣れたし、ロータリーも完璧だぜ。

なんなら、インゴルシュタットの地理はだいたい把握したぜ。

車っていいなぁー。

今週末は、どっか出かけようかな。

そんな思いを胸に、仕事に打ち込み、毎日北海道で飲んだくれました・・・

ドイツ語も少しずつ覚えて、”もう一杯ください”と”会計お願いします”は完璧。

いいぞ~なんて思ってたら、週末問題発生。

しょうがないんで、休日出勤決定。しかもミュンヘン集合・・・・


7月21日(土)

朝早く、インゴルシュタットを出発。

問題解決の為には致し方ない休日出勤。

ま、モノ運ぶだけなんだけどね。

駐在の方2人の車と、我が愛車3台で輸送。

途中、現地ワーカーの人が鍵を開けにわざわざ来てくれて

今度ぜひ一緒に飲みに行こうぜって約束したけど未だに果たせていない。

今度こそ、ぜってぇー行こう!

んで、何とかその日のタスクを完了して、本日も北海道へ。

ちなみに、S水さんは金曜に帰国・・・・

明日から一人だなぁ~って、実は何してやろうか考え中:-)


7月22日(日)

初!一人きりの日曜日。

マイカー有り。天気雨・・・

何すっかなぁ~ってとりあえず昼まで寝る・・ZZZ

途中2回ほどルームキーパーの無断入室に驚いて飛び起きる。

起き上がると、1回目おばちゃん、2回目刺青入のおねぇちゃん。

"I'm sorry.. Can I help you?"

"No thanks sorry. Today I'm OK"

のやり取りを2回。

びびった・・

いい加減、何かしようかなと思い立ち、インゴルシュタットの旧市街(綺麗なお姉さんがいたカフェ)に

車で行こうっと、って事で出発。

日曜日って事で、案の定店はほとんどやってねぇ・・・

とりあえず、ドイツ初のマックに挑戦し、恥をかきました。

買ったマックを片手に、ドナウ川の辺を散策。

旗から見たら、アジアのバックパッカーでした。

不審な目で見られながら、天気の悪い、碧くないドナウ川を撮影し、マックを完食。

なんだか分かんない古めの建築物を横目に見つつ、ぐるっと回って旧市街へ。

すると、なにやら楽しげなお祭り発見!!

みんな、アーサー王物語、またはエルフとかドワーフとか出てきそうな民族衣装を身にまとい

ウロウロしている!

かっこえええ!!!

早速、その祭りに入りたいんだけど、どうやら入場料がいるらしい。

周りの人々の入場方法を観察して、5ユーロ払っていざ入場!

と思ったら、札でなくコインがいいなって言われて、小銭探しにさらに5分!

やっと入れたぜ!

中では、弓の競技場や、怪しげな占い館。民族衣装屋に、武器のおもちゃ屋。

これこれ、これが求めていたイベントだよ~と怪しげなアジア人は一人ほくそ笑みながら

出店をほぼ全てチェック。

ビアガーデンで、ちょっとでけぇジョッキのビールを購入。

ジョッキのデポジットの仕組みを教わりながら、中をウロウロ。

(ちなみに、車はホテルにちゃんと置いてきました)


Such a life , Such a Death
で、この旅行に来るときお土産として想像していたのは

娘に、民族衣装(ドレス)、息子に、剣と盾(おもちゃ)。

その両方を叶えるお店を発見!

ドレスに食いついているとおばちゃんが

”それがウチで一番可愛いいのよ”

と声を掛けて来た。商売文句とは思えないほど実感がこもっていて

”俺もそう思うし、何より俺の娘はピンクとハートを愛しているんだよ”

と伝えると、サイズもぴったり、これしかねぇって運命的な出会いを楽しんだ。

そういや、うちの悪ガキと、近所の悪ガキどもにもちょうどいいなって事で

剣と盾の木のおもちゃを4人分物色。

選び終わると

”子供たちにお土産かい?”とおばちゃん。

”ん?ああそうだよ。俺の息子と、近所の小僧にお土産なんだ”と言うと

”名前を入れてやるから、名前を書きな”と言ってくれた!!

”マジで?ありがとう。日本人の名前だからちょっとめんどくさいけど”と

4人の名前をメモに書いて、奥にいる不機嫌そうなおっさんが、バーナーで焼印入れてくれた。

”ほんとありがとう!”って言って、会計を済まし一人いい気分だった。

そのあと、ウロウロしていたら、俺の腕時計を見たそこらの出店の女の子が

”今何時?”って俺の腕を掴んで言った。

”ゴメンな。これ日本時間なんだよ”って言うと、そこらの人間全員が大爆笑。

別に馬鹿にされた気もせず、気分が良かった。

そのあと、怪しげな占い屋敷で奥さん用のピアスをゲットして、自分には何か革製の

ブレスレットを購入。

来て良かったなぁ~と思いながらホテルに戻り、笑われながら北海道で一人晩飯。

計画なしに出かけて良かった1日でした。


Such a life , Such a Death
祭りの様子



7月13日(金)


13日の金曜日。

あらかた準備も終わり、翌週から本格的に作業に掛かる。

色々問題もあったものの、万事予定通りに進んでいる。

インゴルシュタットの街にもだいぶ慣れてきたし、週末はどっか行きてぇな~なんて考えながら

仕事をこなす。

いつもの如く、北海道で飯を食ってみんなとお別れ。

明日何しようかなと考えていると、S水さんが

”Tさんが明日観光に来ないかと誘ってくれた”とのこと。

とりあえず、案内してもらうのはいいなと一緒に行くことに。

朝、迎えにミュンヘンから来てくれるというのだが、わざわざ迎えに来てもらうのも・・と考え

明日はレンタカーを借りてみようと考えた。

通勤も、迎えに来てもらうのも気が引けるし、タバコを買いに行くのも一苦労だったから

一石二鳥だな。

って事で、レンタカーを借りることに決定!


7月14日(土)


朝7:00起床。

ホテルの横の空き地でフリーマーケットが開催されていた。

朝飯がてら、店をうろうろ。

出店(?)のステーキとドリンクを口にしながら、色々見て回ると

綺麗なドレスやら、おもちゃやら色々売っている。

が、この先長い今回の出張。ここでモノを増やすわけにはいかない。

ぐっとこらえ、ホテルに戻ってS水さんと合流。


インターネットでレンタカーを探すも、インゴルシュタットのレンタカーは全てソールドアウト。

申し訳ないが、Tさんに迎えに来てもらう事に。

昼前に全員集合して、いざミュンヘンの市街地へ。


まずは、ルドビヒという王様の避暑地的な宮殿へ。

おっさん4人で、かなりの観光名所をうろうろ。

飽きた・・・


その後、ハウプトバンホフ(中央駅)へ移動。

アジア料理屋で、微妙にまずい飯を食って、なんだかわからないお祭りへ。


その後、どうしてもレンタカーを借りたい俺は、空港へ連れってって欲しいと懇願。

危険だと止めるTさん。

あんたも運転しとるやんけと食いつき、何とか連れて行ってもらえ

レンタカーを借りるために悪戦苦闘。

価格交渉も何とか解決して、いざマイカーをゲット。

但し、不安なTさんはミュンヘンからインゴルシュタットまでの運転を見たいと提案。

ちゃんと出来るかどうか判断するというのだ。

上等だ、ってことで、おっさん3人を載せてインゴルシュタットまで1時間のドライブ。

運転は合格をもらったものの、時間は夜10:00。

Tさんともう一人は電車で帰る事に。

夜中のインゴルシュタット駅で、本当に電車来るのかと不安になりながら

4人でいろんな話をしました。


ともあれ、なんとか車をゲットしたので、明日からはもっと自由に動けるなと

一人ほくそ笑んでいました。


ちなみに、ゲットした車はFORDのFORCUS。



左ハンドルのマニュアルにも意外と適応しました。


こうして、当初の楽しみだったアウトバーン走行も果たしました。
Such a life , Such a Death


7月15日(日)


車を手にしたし、S水さん誘って車の博物館とインゴルシュタットの旧市街へ。

が、ドイツは日曜日はほとんど店がやっていないのです。

ガランとした街をウロウロするものの、店はやってねぇは、人はいないわで

もう帰ろっかな、ってとこで雨が!

コーヒショップに入ると、綺麗なお姉さん2人が店員さん。

2時間ほど雨宿りを装い居座りました。

7月10日(火)

朝7:30起床。

朝9:00、食堂を探して、何やら会議室みたいなところへ。

にこやかな金髪お姉さんに誘われ中へ入ると会議の準備。

間違えた。

謝って会議室を出て、朝食を諦めロビーへ。S水さんと合流。

日本で一緒にこの出張準備をして、先にドイツ入りしていたのだ。

Tさんが迎えに来て、ホテルに隣接する会社へ移動。

この日、体調がかなり悪い。

気持ち悪いし、クラクラするし、吐き気がするし・・・

初日から最悪。二日酔いか?

昨日調子に乗って飲みすぎたか?

とにかく、周りに悟られないよう平然を装うも、一向に回復の気配なし。


まず、Oさんと対面。

出発前、あれやこれやと細かく聞かれ、あまりいいイメージがなかったが

年は俺のいっこ上なのに、かなりしっかりした人だった。

昼食を食べに行ったものの、気持ち悪く無理やり食って更に調子が悪くなる。


午後、S藤さんと合流。独特な喋り方をする人だなと感じた。

とにかく調子の悪い俺は、あまり話もできず、そこにいるのが精一杯。

夕食をみんなでホテルのレストランへ食べに行くも、ほとんど食欲がなく

スープを飲むのが精一杯。

初戦は昨日の決意も虚しく、惨敗に終わった。

風邪薬を飲むと、1時間ほどで回復。

二日酔いではなく、風邪でした・・・:-(


7月11日(水)

朝7:00、S水さんと合流。Oさんが迎えに来てくれてインゴルシュタットへ移動。

ミュンヘンとはとりあえずお別れ。

80Kmほど離れたインゴルシュタットへ。

今回の出張の一番困難な作業を実施しに行く。

Oさん・S藤さんはミュンヘンからインゴルシュタットへ毎日通っている。

自分も去年まで毎日往復160kmを通勤していたから、大変さはよくわかった。

そんな訳で、高速を走りインゴルシュタットへ向かうのだが、初めてのアウトバーン。

左車線を200kmで飛ばす車をみてかなり驚いた。

かたや、Oさんはかなり安全運転・・・


実は、この旅行中に実現したいことが一つあった。

それは、アウトバーンを200kmで走ること!

そのために、国際免許証を取得してきたのだ:-)

そのために、ドイツの運転放棄をOさん・S藤さんへ色々と聞く。


標識は、驚く程日本とそっくり。

多分、日本がドイツをお手本に作ったんだろうが、おかげで大体把握できた。

面白かったのは、ロータリーの仕組み。

交差点がロータリーになっていて、必要な出口から出て行く。

これなら、事故は少ないだろうなと感じた。


もう一つ面白いのは、Right Priorityという習慣。

自分の右側が優先なのだ。

だから、脇道から車が飛び出してくる。

ドイツは右側走行だから、脇道から右折する車が優先なのだ。


来る初運転までに情報を集めることを怠らなかった。


1時間ほどでインゴルシュタットの目的地へ到着。

外人だらけのオフィスへ通され、まずは安全講習。

英語で始まり、聞き取りに苦労しながら、サインして終了。

明るいドイツ人の担当者と話すが、実はかなり偉い人。


現場を説明してもらい、早速作業準備を実施。

とにかく、時間がない。

タスクを達成するための戦争が、今日から始まる。


業務終了後、ホテルへチェックイン。

中々良いホテルで、1階のレストランはその名も”北海道”

回転寿司屋だ。


S水さん・S藤さん・Oさんと4人で夕食。

話が盛り上がりすぎて、23:00まで。

部屋に戻ったら、そのまま就寝。


7月12日(木)

またしても体調不良。

二日酔いではないと考え、風邪薬を飲むと回復。


実は、インゴルシュタット滞在中、ほぼ毎日北海道へ。

完全に顔見知りとなり、ウェイトレスの女の子、ウェイターは

俺たちを見ると、笑いながら迎えてくれる。

注文も、こちらが言う前に

”Helles?”(ドイツのビール。日本のビールに似てる

”tekkamaki?”

と聞いてくる。

毎回同じものを頼むから、からかってるのだ。


でも、このウェイトレスの女の子(クリスティーナ)は、見た目は日本人or中国人。

7年ミュンヘンに住んでいて、来年上海に帰るという。

妙な友情が芽生え、最後の方はいつもお土産に一番搾りをくれた。


俺が35歳で子供が2人いるんだと伝えると

かなり驚いていた。


4人で毎日いろんな話をして盛り上がり、遅くまで北海道にいた。

真剣に仕事の話もしたし、しょうもない話もして

いい思い出になった。


一度、飲みすぎてシャワーを浴びてそのまま寝たら、水が出たままとなり

起きると部屋が水浸しに・・・

焦って、モップを買いに連れて行ってもらい、毎日部屋を乾かした。

焦った・・・

あの部屋の作りは、ダメだと思う。

何とか事なきを得たものの、海外でも飲み過ぎる自分に、少し嫌気がさした・・・

成長しないな、と自分に愛想をつかす。


海外で気分が落ち込むと、回復にとても時間が掛かった。

一人きりで、心のコントロールをするのは結構大変だなと改めて実感。

家族や友達に助けられている事を再認識した。













6月某日

この職場に来た最大の理由、海外出張が現実味を帯びてきた:-)


試作出荷が全く成立しない!

誰かが現地で!

この時のために、日程作成から何からやってきたんだ。

というわけで俺に決定:-)

但し、日本からの事前ネゴはほとんど無し。

現地で何とかせいと、指示もなくドイツ行き決定。


記憶が残っている内に、日記に残しておこう!


7月7日(土)

3年目にしてようやく我が家から花火大会の観覧ができた。

1年目は、友達を招待したものの大雨・・・:-(

2年目は東北大震災で自粛。

今年も予報は雨・・・

しかし奇跡的に回復し快晴へ!

うまいビールで花火が見れて、ベーシストのお別れ会も無事終了。

絶対、ライブをやるぞ!


7月8日(日)

昨日の酒が抜けず、準備は全くできず。

それでも子供達と買い出しへ。

父ちゃんは明日から1ヶ月いねぇぞ?

全く寂しそうではない。確かに、単身赴任で普段もいないもんな・・・

夜中、ようやく準備に着手して何とか終了。

タクシーを手配して就寝。


7月9日(月)

何とか無事起床。重たいスーツケース運んで駅へ。

カードの暗証番号がわからずロック・・・・

カード会社へ連絡し事なきを得たものの、大丈夫か?

幸先わりぃな・・・

空港でレンタル携帯を受け取り、スムーズに出国審査まで終了。

長い列を並んでユーロへ換金。とりあえず7万円。

1ヶ月だしカードあるし大丈夫しょ、ってこの金額が後々悲惨な事態を招くことに。

空港でビール飲みながらPCで出発報告。

飛行機見たらだんだん実感が湧いてきた。

ドイツって、全く想像つかねぇな。大丈夫か?

色々考えるけど楽しみさが上回り、不思議と不安はない。


Such a life , Such a Death-001


飛行機の中

前日にPCから隣の席が空いている窓際の通路側へ席を変更。

しかし、直前に予約したヤロウが・・・

くそう。まぁ仕方ない。

金髪の気の良さそうな白人。ルカという名前だと伝えてきた。

ニュージーランドから仕事で東京に来て、ついでにボスに頼み込んで

休みを取って、友達の車で母国クロアチアに帰るんだそうだ。

ホンダが好きで、中古のインテグラに乗ってて、電気系のエンジニア。

こちらが機械系のエンジニアで、今からドイツへ仕事へ行くと伝えると

色々教えてくれた。

この旅唯一の不安、それは語学力・・・

事前試験のようだったが、最後にルカが

”お前の英語は中々いいな。聞き取り易いよ”

と言ってくれて、少し楽になった。サンキュー。救われた。

飛行中、映画を見たり寝たりしながら時々ルカと喋った。

ルカが、機内食をラザニアとチキンどっちがいい?と聞かれ

チキンと答えたのに、ラザニアが来た。ま、いっかといって笑ったりして

中々楽しめた。

ミュンヘンへ到着。最後に名刺交換をしてお別れの挨拶。

ルカが最後に残したセリフは

”お前が靴を脱がないのが不思議で仕方なかった。飛行機は靴脱ぐもんだろ?”

席が狭いから脱げなかったんだよ、と伝えると笑っていた。


ミュンヘン空港へ到着して、入国審査の長蛇の列に並ぶ中

ルカはミュンヘン市民の友達とともに市民窓口(人が少ない)の方から入国。

うらやましい。


という訳で、とりあえずの目的地ミュンヘンへ到着。

現地駐在のTさんが空港へ迎えに来てくれているはず。

Tさんの特徴を同僚に聞くと、”だらしないおっさん”。

で、到着ロビーでそれらしい人を捜索。日本人があんまりいねぇな・・・

あ、”だらしないおっさん”発見。

失礼ながら、Tさんですか?と聞くと、ビンゴ。(Tさん、ごめん。)

何とか合流し、もう一人の出張者とも合流。その人はスーツでした。

俺は短パンに帽子。印象ワリーなー、と思いつつ車でホテルへ移動し

チェックインを済まして、中華料理を食べに行くことに。

この旅で浴びるほど飲むことになるドイツビールを初めて堪能。悪くない:-)

そんなにぬるくねぇし、うまい。

ほろ酔いで仕事の愚痴をこぼして、Tさんとの関係も何とか構築。

そのあと、スーパーへ連れていってもらい、洗剤とシャンプーとリンスとボディーソープを購入。

ドイツのホテルには、シャンプー兼ボディーソープしかないと聞いていたから。

洗濯機もなし。

4つ星なのに?と思ったら、本当だった。良かった、買っといて。


とりあえず、ドイツに到着。

出発前に奥さんに仕込んどいたスカイプで日本との交信も可能に。

とりあえず、準備万端。

アトは結果を残すのみ。

この出張で、確実に存在感をアピールしてやる。実力を示す。

これはチャンスだ。と自分に言い聞かし就寝。



最近、なぜだかしばらく会ってない友人とのコンタクトが増えている。

不審に感じている今日この頃。


親友が6年(?)ぶりに友人経由でのコンタクト。

用事があったが思い出せんと・・・・

マジたいした用事じゃねぇな・・・・


大学を先に巣立った友人と10年ぶりに飲みにいく・・・

こないだは奥さんいたからカウントしない。


バーテン時代の仲間が結婚。

当時の生き残り数名と飲みにいく・・・

あいつの子供は小学6年生!!!

あの人は当時30歳位だった事実を知る。

当時40過ぎと思ってました・・・

娘さんは22歳!!

大好きだったあの子はまだ独身・・・


そんな反面、毎年来ていた年賀状が2通ほど来なかった、そういえば。

それは、逆にアピールなのか?

それとも俺が引っ越した事に気付いてない?

悔しいから、こちらからは連絡しない。

きっと向こうは気にしていない・・・


何かそわそわしている。

走馬灯?



最近、地震の二次災害である原子力から始まって色々調べていったら、宇宙開闢の仕組みにたどり着いた。

太陽系の誕生、宇宙の誕生、もうどうでもいいくらい深遠すぎた。

でもそうなんだろうなと意外と納得できてしまった。


宇宙を考え出すと悲しくなるという人が周りに結構たくさんいるんだが

自分がとても小さく感じてしまうのだそうだ。

”何のために生きているのか?”という哲学的な思考に陥り、気力が失われるようだ。


ただ、常々神だとかいう存在は気に入らないと感じている自分にとっては

少しずつ真実に近づいている内容を読んで、とてもすっきりした気分になった。


何のために生きているのか?

どうせ死ぬのに・・・と、考えた事は無くもないし、

何でこんなに辛いのに・・・と、考えた事は数え切れないが、

2人の子供が出来て、その謎が解けた気分になった。


2人にこの名前を与える為に自分は生まれて生きてきたらしい。

生かされてきたらしい。

神だとかがいるとして、自分に与えられた役割は、たぶんこれらしい。

そう考えると、それはそれで悪くないな、と思う。


何かの本に、人は時間を運んでいると書いてあって、ひどく納得した事がある。

3次元では時間は進むだけで戻れないし、飛び越えられないのだが、

人が運んでいるっていう表現がとても気に入った。


では、時間を運んで、無事役目を果たした自分はこれからどうして行くのか?

好きな事して、好きなように過ごして、楽しそうな所を見せ付けて、楽しそうに死んでいく。

子供達が自分もそうしようと思ってもらう事が、次の役割なんだなと言い訳しながら

好き勝手していくんだろう。


誰かの為に、何かの為にという表現がとても嫌いだ。

おおよそ、人のする事は、須らく自分の為なのだ。

結果それが誰かの為になったとしても、それは自分がしたいからそうしたのであって

結局自分の為に行っていると思う。

だから、子供には絶対に、お前の為に働いているとは言いたくない。

みんなの為にこうしようとも言いたくない。

自分がそうするべきだと思えば、黙ってそれをすればいいのだ。


まあ、そんなに高尚な気持ちを維持しながらやっては行けないのだが

時々この思考回路に戻れるようにしておこう。




東日本大震災、未曾有の被害を目の当たりにしています。

現地で救済を続ける人、お金を送る人、何も出来ない自分。


立て!と、被災していない自分が言える言葉なのか。


一緒に泣いてあげるべきではないのか?


理由もなく家族と生き別れた人、愛する人の手を離してしまった人、

幼い我が子を失った人、結末を知れずにいる人、

そんな人に、あなたは強いのだからというのはあまりに酷な気がしてなりません。


強いわけがない。

普段の生活でさえ、悩み苦しみ、自分を責め、何とか踏ん張っているのに

理不尽な天災でそのすべてを否定された気分になる。

帰る場所も失い、何を信じていたのか。


そんな人に、どう頑張れと言うのか。


ゆっくりでいい。その間の事は心配するなと言ってあげたい。

泣き止んでからで良いと、何で言ってあげられないのか。


我先にと非常食を蓄え、天災を天罰と言い放つ権力者。

これが天罰で、その為にあんなに小さな子供の命を奪うなら、神なんぞ

俺が殺してやる、と思います。


愛していると伝えられず家族を失った人、ごめんなと仲直りできなかった人、

借りてた物を返せなかった人、誤解を解けなかった人、

目標までもう少しだった人、ゼロからやり直そうと頑張ってた人、

全てが失われて、亡くなった人、取り残されてしまった人。


今言うべきは、頑張れではなく、心配するな、ではないのか。

ゆっくりでいいと時間を分けてあげるべきではないか。

悲しいと一緒に泣いてあげることじゃないのか?


今、立てというのは、被災していない人間の無神経な言葉であるように思う。


何の助けにもならない自分が、一緒に泣いてあげる事も出来ない。

これも普段の行いの結果なんだろう。

改めて、自分の情けなさを痛感すると共に、今何か出来る人たちに

被災された人たちに、泣けるだけ泣く時間を作ってあげて欲しいとお願いしたい。