うちはまた繰り返すのか?


一番の理解者で一番大切だった
家族を失ってしまったように、
今度は一番幸せにしたい、
一番大好きな人を失うの?

自分のせいで。

あのときどれだけ後悔したか。
どれだけ自分を責めたか。




もう、あんなことしないって
決めていたはずなのに
どうしてなの。




自分の家族が背負っている傷が
思ったよりも自分には深く
刻まれていた。
だから、普通とか愛とかに
こんなに欲深くなって、
人とは違うことをしてしまったの?

ただ、大切にしたいはずなのに、
それを手に入れることだけしか
見ることができなかったの?


自分の道の中で、拾えたら
よかったのに、
それを拾うことを目的に
歩いてきてしまったんだよね。


どうしてもどうしても
欲しくてもなかったものを
どうしても欲しくて。




でも、こんな考え方してるから
結局は手に入ることはない。
むしろ離れてしまう。



でも、おばあちゃんのときと
1つ違うのは、まだ、
手の届く場所にいるということ。

もう、おばあちゃんとは一生会えない。

でも、まだうちらは
これからを変えることができる。

幸せになる方法、
自分たちの人生を歩む方法、
まだこれから沢山考えて
行動して変えることができるって。

幸せにしたい人はこの人しかいないの。
沢山傷があるうちに絆創膏を
貼ってくれて、寄り添ってくれた
君以外にいないんだよ。

だから、もう、後悔も
失うこともしたくない繰り返したくない。


うちは二人で強く生きていきたい。
お互いの人生を尊重し合える
自由に生きるってアバウト過ぎて
わからないけど、
お互い遠慮しない人生を
歩みたいんだよ。

あなたと。


人生を「愉しむ」って、
楽しいことばっかりでも、
笑ってることばっかりでもない。
辛いことも苦しいことも
たーくさんある。
今までだって沢山あった。
死んじゃいたいって思うことも
たーくさんあった。
そういうことがあるからこそ、
ふとしたとき楽しいって
幸せだなって思える。

小さなやりたいこと、
趣味それすらが人生の「楽しみ」
に変わっていく。


うちは辛いこと沢山沢山
今まであったけど、
人生恨んだこともあったけど、
でも、「愉しんでる」と思う。
それは、君がそばにいてくれたから。
音楽が楽しく感じるのも、
君がいるから倍になる。

君がいるから強くなりたいと思う。

もっと幸せで、楽しく生きるために
自分の人生を生きるために
やっぱり必要なのは君なんだよ。

これはもう説明しようがない、
心が君を求めてるから。

今までうちらが言ってた
「ずっと一緒にいようね」は
1つの道を一緒に歩こうねって
意味だった。

でも、本当の「ずっと一緒にいようね」は、
心が一緒ならいいんだよ。
お互いが好きなことやって、
違うことしてても。


うちはそれを知りました。


だから、遠慮しないで
自分の好きなよう生きよう。
仕事でも、趣味でもなんでも。
自分に素直にやりたいように。
それでも、心は離れないから。

自分のための人生。
自分のためにやる。






それが本物の愛なのかな。

たとえば、自分とは違う
子供たちの人生を
見守る愛と似ているのかな。

自分と同じ道を歩かせるのは
愛でないものね。


なら、本当の愛をうちは
君と作りたい。