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今回は新海誠監督 映画「すずめの戸締り」について気づいたことを書かせて頂きたいと思います。
~登場人物~
岩戸鈴芽:
すれ違った瞬間から草太に次第に惹かれていく。
幼い頃「東日本大震災 3.11」で母親を亡くしている。それから母の妹「環」に育てられている。
自分の信じた事には命さえ惜しまない気質がある。
宗像草太:
閉じ師の家系。草太は自分が要石になって凍っていく寸前に「やっと君(鈴芽)に会えたのに」と言っている。
草太は鈴芽の事を以前から知っていた、若しくは途中で鈴芽の事を「運命の人」だと気づいたのかもしれない
岩戸環:
鈴芽の育ての親、鈴芽の叔母
常世:
とこよ 幽世、隠世、永久に変わらない神域。死後の世界でもあり、黄泉もそこにあるとされる
現世:
うつしよ 人間が住むところ 現実
後ろ戸:
常世と現世を隔てる扉 常に入れるわけではない
ミミズ:
人間が抱く負の感情の集合意識体を表現したもの(地球規模のストレス) 通常人間の目には見えない
人間の負の感情の集合意識が多くなり過ぎるとミミズが常世から出てきて地震という自然災害が起こる
閉じ師:
常世と現世を隔てる扉に鍵をかける人、土地の気を鎮めている人 要石でミミズを封印する
ダイジン、サダイジン(猫神):
猫は常世と現世を行き来できる存在。鈴芽が意図せず要石を抜きダイジンは自由の身となる。
ダイジンはミミズが吹き出る場所を鈴芽達に教えていたと思われる。
猫神はミミズを抑えることが出来る。
神は自分で話すことも出来るが人間の口を借りることも出来る。(環の心の奥深い本音を吐き出させた?)
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~感想~
この映画はファンタジーの様だけれども、私たちが生きている世界そのままのことが描かれている様に思いました。私たちがいるこの世界は「意識の世界」と言われている。
人間の意識がそれぞれの個の世界を作っていて、また集合意識でも様々な大きな世界を作っている。
見えるもの、行ける場所も人によりそれぞれ。
人間の負の意識が増えてくると負の現象がその個人に現れるだけでなく、
負の意識を持った人が多くなるとそれが集合意識体になる。
あまりにも大きくなると、それを浄化するために自然災害という形で世界に現れてくる。
物質(世界)と私たちの意識は互いに依存しあっている関係だという事を
この映画で気付かせてくれている様に思う。
私は瞑想をしています。
6年目になりますが、以前瞑想の先生が「瞑想者は閉じ師ですよ」と仰っていた。
映画では扉に呪文を唱え鍵をかけることによりミミズを封印していました。
封印するとき閉じ師は、今は廃墟となってしまった場所にも
以前はそこにも人々の思いが確かにあったことを感じ取るようにします。
すると後ろ戸に今までなかった鍵穴が現れて、閉じ師が鍵をかけることが出来るのです
私のやっている瞑想法は「マントラ瞑想」
瞑想中にマントラ(真言、意味のない音)を心で唱え、
より想念の深いところ、「無」にたどり着くというものです。
「すずめの戸締り」では後ろ戸に鍵を閉めるときに
「かしこみかしこみ・・・」という祝詞を上げるのですが
瞑想の「マントラ」にも通ずるものがあるのではないか?と思った。
マントラ瞑想は自分の唱えるマントラに乗り、意識を「無」まで導く。
瞑想は、「無」に自分の意識を合わせることで根深いストレスを解消するとも言われている。
ストレスをミミズに置き換えて考えると、
自分の中のミミズを瞑想で抑えることが出来るという事になる。
個のミミズを解消することが出来れば、負の集合意識になる前に抑えることができる。
瞑想でなくても、祈りなどにも似た影響があるのだと思う。
この映画では人が負った昔の心の傷や様々な思いを
今は無かったこととして多くの人が生きているけれど、
「確かにあったよね」と受容することで
人の心の傷や思いが昇華されるという事を表現していたのだと思いました。
人は色々な思いをしながら生きていますが、いつも良い事ばかりではなく良くないことも起こります。
その時感じた負の感情をそのままにしておくと自分でも気づかぬうちにに心を蝕んでいくので
出てきたときに「確かにその思いがあったよね」と受容することの大切さを
この映画は教えてくれていると思った。
(ちょっと余談ですが…
瞑想をすることでその土地に良い影響を与えると言われています。
「√1パーセント効果」とういう言葉をご存じでしょうか?
その土地の人口の√1パーセントの瞑想者が集まって一緒に瞑想をすると
その場に良い効果が出るという事が科学で証明されています。
その土地での事件発生率が減ったりします。
この現象を私も実際体験しました。
インドに瞑想者10000人が集まり一斉に瞑想をするという2週間ほどのイベントに参加させて頂きました。
するとその場所では肯定的な質が高まり、必要なものが必要な時に現れるという体験が出来ました。
2週間インドにいる間、夜寝ている時に雨が降り、起きている時には常に晴れていました。
朝は朝露でキラキラと木々がとても輝いていました。
その他にも似たようなことがあり、必要なものが必要な時に届くという体験を
私だけではなく沢山の方がそこで体験されていました。
私たちのいるこの世界は意識の世界で、人の意識により現れる事象も変わってくるという体験でした。)
鈴芽と草太の関係。初めて出会った時から二人は次第に惹かれあっていきました。
鈴芽が初めて草太を見たとき「綺麗な人」と見とれ、どんどんと草太に惹かれていくように描かれていましたが
草太の方が既に鈴芽を知っていた、若しくは一緒に旅をすることにより鈴芽を「運命の人」だと気づいていったのかもしれないと思いました。
「運命の人」この物語ではそのような言葉は出てきていませんでしたが
きっと二人は「魂の伴侶」として描かれていると思いました。
(魂の伴侶とはもともと一つの魂が分かれた相手。強い結びつきを持つ特別な存在。スピリチュアル的な解釈。)
要石になってしまった草太を鈴芽が常世に探しに行くシーンでは、草太は既に要石になりかけていましたが、
鈴芽の真実の愛により目覚めます。
最後に草太と鈴芽が同時にミミズに要石を突き刺しミミズを鎮めるシーン。
ミミズが暴れてサダイジンがミミズと戦い、鎮めようとしていますが中々鎮まりません。
最終的に鎮めたのは草太と鈴芽でした。
「異質で同じ量の2つが合わさる時、新たなもの(ゼロ0)が生まれるという事象がある」と言われています
例えば…
右手と左手と叩くと音がでたり、男と女が交わると子供ができたり、火と水が合わさり蒸気になるなど。
あのシーンは草太と鈴芽が要石となったダイジンとサダイジンを同時にミミズに突き刺しミミズを抑え込みました。「ミミズ」と「ダイジンとサダイジン」が双極になっており
また同時に「草太」と「鈴芽」も双極になっていたのではないか?と感じました。
完全にミミズを封印することが出来、ミミズの鎮まった常世は一気に穏やかな草原(新しい世界)となります。
そこの場面がこの映画の始まりのシーンに繋がります。
この映画は子供の鈴芽が泣きながら母親を探しているところからスタートしています。
草太と鈴芽でミミズを封印した後、今の二人が子供の頃の鈴芽と常世で出会います。
常世は時空を超越していて、現在過去未来全てがあると言われています。
そこで、鈴芽は幼い頃に自分が会った人が未来の自分だったと気づくのです。
子供の鈴芽は母親を泣きながら探していました。
今の鈴芽が子供の頃に置いてきた気持ちを回収し、抱きしめることができたのです。
そして今の鈴芽は子供の自分に向かって「これからも大丈夫だよ」と
子供の自分を抱きしめ、元にいた場所に子供の鈴芽を送り出しました
今まで自分でも気づかなかった置いてきた気持ちを救い上げ受容し昇華できたのです。
少し前のシーンで鈴芽の叔母の環が、
自分の人生を鈴芽の為に捧げてきたのに鈴芽に分かってもらえていない空しさから
「自分の人生を返して」という思いが一気に溢れ、鈴芽にひどいことを言います。
環の背後にはサダイジンがいて、まるでサダイジンが
いつもは気付かないけれど環の心の奥深くにあった負の感情を吐き出させていたようにも感じました。
これもきっとサダイジンという神が環の心の浄化を手伝っていたように感じました。
誰もが抱えている心の負の思い、自分でも気づかないほど奥深くに埋まってしまった思い
それを受容してそれでも大丈夫だよと背中を押し過去の自分にエールを送る。
この映画の大きなテーマの一つであるように思いました。
私も高校の時に夢の中で女性に会ったことがあります。
その頃の自分は悩みがありとても不安定な時でした
金縛りにあったり少し怖く不思議なことが続いたのです
そんな時に夢に出てきたその女性が私に向かって「あなたは大丈夫よ」と、
ただ一言だけ無表情で私に伝えてくれたことがありました。
それから一切怖いことがなくなりました。
その当時は私の夢に出てきた女性はご先祖様だと思っていましたが
今はあの女性は未来の自分自身なのかもしれないと何となく想像しています。
まだ確かめられてはいないけどいつか分かる日が来るのではないか?と期待しながら今日も眠ろうと思います。
私たちが起きている時の世界は現世、寝ている時の世界は常世。
違うけれど両方とも実在している世界。
この感想を書いている今、ちょうどお彼岸です。(2025年9月22日新月)
この世とあの世の境目がとても薄くなっている時期。
今この感想を書いていることも何か偶然ではない意味がありそうだと思う。
この世界は意識の世界。
これから人は物質よりも目に見えないものを更に大切にしていく時代になってくると思う。
この映画のように本当に天(常世、神など)と、地(現世、人間など)が
共同で世界を創る時代がやってきている。のだと思う。
異質のもの天(神)と地(人間)が合わさり新しい世界を創っていく時代になるのだと思う。
私は最後の最後でいつも自分を信じ切る勇気が続かないという経験が度々あります
なので鈴芽の「死ぬのなんて怖くない」と思えるほどに自分を信じる強さにまた心打たれました
究極的には人は自分をどれだけ信じているかに比例して
人を愛せることが出来るのだとこの映画から教わりました
そして自分を信じ切れる者がゼロ0から新しいものを創造していくのだと思います。
この「すずめの戸締り」には勝手ながら自分とリンクするところが沢山あったと思いました。
私が若い頃よく行っていた「お茶の水駅」が出ていた事
また、私は車で音楽を聴きながら歌う事が好きなのですが
草太の友達の芹沢の車で流れていた曲が、
いつも自分が車で聴いている曲が多く、とても嬉しかったです。
そして私の車は偶然にも芹沢が載っていた車と同じ赤色。
映画や何か作品を見るとき、自分に照らし合わせてみることで、映画の面白さが一層UPし
そこに秘められた作者の思いに近づけるような気がしています。
この様な素晴らしい映画を観させていただきとても感謝しています。
本当にありがとうございました。
新海誠監督、スタッフの皆さま、映画を一層盛り上げる音楽、RADWIMPS、十明さん 演者の皆さま
気づきをたくさん促して下さるこのような映画を届けて頂きまして本当にありがとうございました。
心からの敬意と感謝を贈らせて頂きたいと思います。ありがとうございました。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。