映画「悪名織」で八尾の浅吉がやくざの親分に「最近の若い連中は相手弱いとなればエゲツナイ事いきよるのに、自分が弱いとなれば急にペコペコしよる」
「ほんま損得勘定ばっかりで、義理と人情にかけとる」と会話の盛り上がるシーンがあるのだが、
今の世の中はまったくその通りになってしまっている。


私は以前出来の悪い社員を使い続けた事がある。
しかし、ながらその社員は会社の業績が悪くなると真っ先に辞めて行った。
私はその社員の事を批判する気はないが、その社員を使っていることを回りの人間から
なんで辞めささないのかと絶えず言われ続けていた。
会社も業績が悪くなったので、会社を畳みたかったが購入して頂いた顧客のサポートがあるので
明日にでも破産してもおかしくないのに、今でも続けている。
この件も収入もないのになんで続けるのか、業績の良い社長に批判されている。
何故そのようなことをしたのか。
それは社員を雇ったのも、会社を設立し販売したのも全て私の責任だからです。
だからその行為において、何か得る事を目的とせず自分自身の社会的責任が自分自身を
形成する上で非常に大事な事だと認識しているからです。
そしてその行為は今の妻との出会いにも繋がったと感じ取れる。


人の人生は、その人の思いからくる行為に成り立っているのだ。
宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩が私は好きだ。


特に最後の「そんなものと私は呼ばれたい」は素晴らしい。


雨にも負けず
「雨ニモマケズ」

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず

野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば
行って看病してやり

西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず

苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい


(原文)

「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハ

ナリタイ

【宮沢賢治】
宮沢賢治
[1896-1933]
作家。農業技術指導、レコードコンサートの開催などの活動をし、農民の生活向上を目指す。「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「風の又三郎」などの著書がある。
 出典 参考文献  教科書でおぼえた名詩


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