世の中金持っている奴が勝ち組で貧乏人は負け組みなんて風潮がある。

私は現在非常にお金に困っている、ここ半年程前など自己破産の危機にすら遭遇し死まで覚悟したのだった。ようするに私は今の世の中では負け組みなのだ。

しかし7年前までは年収を1千万超える生活もしていた事がある。

今と昔どちらが幸せだったのだろうか。

昔は、金はあるが生活は無茶苦茶、今は金はないが生活はすこぶる順調。

金は無いが今の方が精神衛生上幸せなのだ、これは第三者から私の事を見ても言えるだろう。5年ほど前に会社のトラブルで仕事の方向性を変えたのだが、その路線変更が失敗ここ2,3年は年収100万にも満たない生活をしいられている。

金が無いと非常につらい、しかし今迄は少ないお金でやりくりするノウハウを持ち合わせていなかったのだ。前は財布に10万入ってなかったら不安だったのが今では数千円しか持ち合わせていないが、別に不安はない。

その金を稼ぐ為朝から晩まで働くことを20年程続け、金が無くなる事を自分自身は非常に恐れていた。

ここ4,5年は仕事が旨くいかないので時間的余裕は充分にあり、本とかネットとかで興味のある事の調べごと、自分との過去との検証、世の中の状況と自分とを客観的に見る事も可能となった。

昔は社会的地位が自分自身を決めると闇雲に働き続けた。

その結果は離婚、社員造反、会社縮小になり、ようするに敗戦してしまったのだ。

人間の価値とは、その人の名誉(地位)と金が無くなった時本当の価値が解ると何かの本で読んだ事がある。結局自分自身の正しい基準を自分で体感し見つけないことには、その人がいくら金をもっていても最終的にはつまらない人生を送ってしまう。

実際、金が無いときの方が友人とのより深い関係が形成され、何故か信頼のおける人々と出遭うことが可能なのだ。

金儲け好きな連中は四六時中金の事ばかり考えて、会話などすればうんざりである。

その人間とお金の価値観の話をしても、無駄でかつ話しが金中心の巧妙な話術なので無視した方か良い。

確かにお金は非常に重要だ、だからお金を蔑んだり粗末にするのではなく必要な時に必要なお金を使い下手な使い方をしてはいけないなど子供でも解りそうな事が、なぜか大金を掴むと幸せに成れると錯覚してしまう。

大阪の古い諺で「金の無いのは首のないのと一緒」とあるが、お金とはそれ程重要なものでもあるが、金は死んでから使えないし健康そして愛情(心)も金では買えない。

確かに今は金が有れば自分の欲しいものは手に入る。

しかし、それは物質的な物だけなのだ。

金を最優先した人間の惨めな末路は新聞紙上で多く目撃しているのに、金を持ってしまったら、金でなんでも解決できると勘違いしてしまう。

そしてその人間が権力をもってしまうで始末に悪い。

しかしながら、人間の人生はプラスマイナスがゼロになるように出来ているのだろうか。

人生の最後に警察のご厄介になるとか、今まで成功者としての本を出しベストセラーまでなった社長が最後に、隠し財産まで没収なんて目にあなたはあいたいですか。

いや、自分は違うと思っている人が殆どだろう。

でも、お金にたいする知識と知恵をはっきり持たない事には心が荒んでしまう。

だからお金が全てではないことなど、当たり前の事なのだが本当に自分自身で認識しているか考えてみるべきではないか。

私自信の目標は生活および趣味に必要な資金さえできれば大満足なのだ。

それが今、生活もおぼつかない状況にあるのが悩みの種である。

デカイお金を稼ぐ事が可能な人は、そのお金を本当の意味で有効利用する使命を背負う事になる、金持ちは金持ちなりに悩みは大きいものだ。

とにかくお金に関して自分自身か考え直すべきなのではないのでしょうか。

ank01