えーーーーーーーーーーーーーーー
大変ご無沙汰しておりました…吐血

もう、何の話をしていたのか忘れてしまいそうです。
この源氏物語を語るシリーズを立ち上げた時は、
私、妊娠中でございましたが、今や身ふたつになったのもいいとこ、
もはやその分身の次男は1歳過ぎてますからね!!HAHAHA!!

笑い事じゃないということは重々承知ですが、
より一層ひっそりと、何ごとも無かったかのように
源氏物語講釈を続けてみようと思います。

実はちょびっとだけ仕事に復帰(?)させられていて、
なんと有り難いことに、実際に源氏物語について語らせてもらう場面をいただいたので、
これも運命だったのだと思いますw

しかし、私は人前で話すのが苦手だわ~(笑)
こうやって文章で書いたほうが数倍伝わると思う…
…たぶんね←


ということで、今回もしれっと長文物語でお送りいたします、
ぱぴこによる源氏物語講釈、これにてようやく終結を迎えられると思います!!
参ります!!!







・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


前回は、第一部の前半が終わった所だったと思います。
光源氏が、一世一代の決意をして、自ら須磨へ隠棲することになった所です。

この須磨への隠棲が、光源氏に降りかかる最大の難関だ、というわけですが、
須磨隠棲には、大きな意味があります。

夢に亡き父帝がお立ちになり、光源氏は須磨から更に明石へ移ることになるのですが、
そこで明石の君という女人と出会います。
明石の君の父、明石の入道という人は、仏のお告げを受けて明石にて源氏を待っていたと言える人で、
光源氏は父帝に、明石の上は仏に導かれたと言える形で契りを結びます。


話が前後して申し訳ないですが、ここ、明石の入道が「娘を高貴な男性に後見してもらう」
という本懐を遂げてフェードアウトしていく場面です。

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(『あさきゆめみし』5巻より、以下同様)

ああ~、最初からこういうふうに画像利用してれば良かったね~ぴーちゃんw


私、不覚にもこの入道のフェードアウト場面で落涙いたしましたwww
変態界隈では周知の事実だと思いますが、私、ファザコンでございますwwwww
この明石の入道の、父親として田舎にありながらも娘に教養の全てを叩き込み、
来るべき日まで大切に時に厳しく守り抜くという姿に、
ファザコンとしては理想の父親像を見出さずにはおられません。
本懐を遂げた後は潔く去っていくなんて…くっ…!!
そして同時に、作者紫式部に、私と同じファザコンの匂いを嗅ぎ取ります。

その点においてだけは、私、紫SHIKIBUという異名を堂々と掲げたいと思うよ!!←


…何でしょうか、今、心地よく脱線したような気がしますが、先に進みますよ。



ここで一度、源氏物語の本筋である「権力を握る」ことについて、
では臣下であるものが、どうやってそれを成し遂げればよいのかという
その方法を考えてみます。

日本史を学んだ方ならすぐにピンとくると思うのですが、
実際にそれを成し遂げた歴史上の人物がいる。
藤原道長です。
彼のその手段とは、「娘を帝に嫁がせてその子を帝位に就け、外戚として権力を握る」というものでした。
紫式部は、実際にその様子をつぶさに見ていたことでしょう。

つまり、光源氏にも、必ず「娘」が必要になるということです。
その「娘」を産んだ人こそが、明石の君であるのです。
明石下向、須磨隠棲にはそういう理由も持たされています。


さて、都のほうでは、現在の帝である光源氏の兄・朱雀帝が、すぐれぬ体調に悩まされておりました。
兄・朱雀帝の枕辺にも、亡き父帝がお立ちになり、
光源氏に対する不遇を強くお咎めになります。
すぐれぬ体調も不吉なことも何もかも、それが原因であると悟った兄・朱雀帝は、
光源氏を都に呼び戻し、自身は早々に帝位を皇太子(光源氏の子)に譲ることを考えます。

この、亡き父帝の、死んでから後でさえも光源氏を守ろうとなさるお姿に、
ファザコンとしては、紫式部に同じ匂いをk(以下略)


こうして、一度都を追われた者としては異例のことと言える待遇で、
光源氏は再び宮中に返り咲きました。
その後、皇太子であった藤壺との間にできた我が子が即位し、冷泉帝となります。

しかしもちろん、帝が我が子であるだなどと言えるわけがない。
光源氏はあくまでも冷泉帝の後見人という立場です。
藤壺も細心の注意を払ってこの秘密を守っている。
公に権力を得るためには、先に言った通り、娘を帝に差し上げる必要があります。

正当な手段を踏んで競争者が現れました。
前回もお話ししました、光源氏の生涯のライバル、頭中将(この時は権中納言に昇進)です。
彼の娘が入内して、弘徽殿の女御となりました。

光源氏の明石の君との間にもうけた娘はまだ3歳、しかも冷泉帝とは兄妹となってしまいます。
こちらは入内させることができない。

そこで光源氏は、養女をしてこの難局を打開しようとしました。
かつて縁を結んだ六条御息所の遺児、斎宮を養女として入内させるのです。

しかしこれには障害がありました。
譲位して閑居する兄・朱雀院が、かねてより斎宮に執心しており、妃にと所望している。

このとき藤壺が動きました。

「あなたが表立って動いては朱雀院に悪いから、全てを私の責任の下で運びましょう。
斎宮は冷泉帝よりずいぶん年上であるが、私の代わり、母代わりとして
年上のお話し相手をおつけしたいということにすればよい」
「朱雀院はご退位後、仏道修行を心がけていらっしゃるから、妃のことはすぐ諦めなさるでしょう。
院の御申し込みは知らぬことにして私が事を進めましょう」
このようなことを言う。
これは女の台詞ではありません。政治家の言葉です。

光源氏の前で、堅く身を閉ざし、もう二度と女としての振る舞いを見せなくなった藤壺は、
以後、このように政治家としての姿を現していきます。


こうして、斎宮はめでたく冷泉帝の後宮に入内しました。
斎宮は朱雀院にも所望されたほどの美貌であったし、故六条御息所の高い教養を受け継いだ人ゆえに、
次第に冷泉帝の寵愛を得ていきます。
後宮の勢力は、
斎宮の女御の後援者・光源氏と、弘徽殿の女御の後援者・権中納言(頭中将)
に二分され、二人の政権争いに繋がっていきます。

この勢力争いを、無作法な男の争いにせず、雅やかな勝負の方法で見せるあたり、
さすが女性の書いた物語というべきか、さすが紫式部というべきか…!

この権力争いは、「絵合(えあわせ)」という後宮の行事であらわされます。
斎宮方と弘徽殿方が左右に分かれ、それぞれ秘蔵の絵を持ち出し、優劣を競うのです。
それぞれの後援者が必死に名画を集め、あわや弘徽殿方が斬新な意匠をもって勝とうとしたとき、
藤壺の判定で斎宮方が勝ちました。
藤壺は、斎宮の女御を公然と支持したのです。
それは光源氏を引き立てることに他ならず、その志は誰よりも彼には分かりました。

二度目の絵合、帝の御前での公式の勝負、またも僅差の戦いとなったそれは、
最後に持ち出された光源氏自筆の須磨・明石の絵日記によって、斎宮方の勝利となります。
今は輝く光源氏が見た不遇、それを如実に表した須磨・明石の絵に、周囲も思わず涙をこぼします。
そしてその絵巻物は、藤壺にこそ献上すべきであると光源氏は言う。
あれほどまでの決意を持って下った須磨・明石、その絵の趣を最も理解しうるのは藤壺の他にいないためです。

藤壺との緊密な連携によって、光源氏の優位は決定的になります。
そして藤壺は間もなく死ぬ。
光源氏を後援し、その勢力が定まったいま、彼女の役目は終わったからです。

物語の本筋に、なんと明快に藤壺の関わることか。
後半の彼女は権力者として絶大な力を持っていました。
それゆえに彼女が欠点を持つ人であれば国の不幸である。
怨みと自尊の感情強く、我が子への愛のみ強く、反省力と公平さを欠く政治は長続きしない。
その例が、かつて光源氏を追いやった弘徽殿の太后であると、すぐに思い至るはずです。
しかし彼女は違った。
彼女は専横でなく、下々の嫌がるような不始末は行わず、まごころからの信仰厚いことばかりなさった。
権力者として、称賛の中でその生涯を閉じました。

権力者としての藤壺。

ここでようやくですが、この藤壺と表裏一体の関係にある紫の上について触れます。

この長文解説の前半でも説明しましたが、
紫の上は藤壺の血縁関係にある女性(藤壺の姪)であり、
幼少時から光源氏の理想の女性として、光源氏自らの手で育てられた女性です。

彼女は光源氏からの「愛」のみに頼って身を立てた人です。


彼女の身分はさほど悪くない(親王の庶子)が、父親王に認められた結婚ではなかったために、
社会的に価値のある結婚とみなされませんでした。
さらに、光源氏に最も愛を注がれていながら、彼女には子どもができない。
男の愛だけが頼りの身であっても、「子の母」という名目があれば、公然の居場所を与えられる。

紫式部はそれを許さなかったということです。
紫の上は、とにかく「愛」という、はかない人間の心にすべてを賭ける、
その身一つで立ち向かっていく人でなければならない。

したがって、明石の君に娘が産まれたことは、彼女にとっての最大の危機であったと言えます。
しかし、光源氏はその娘を生母より引き離し、紫の上の養女としました。

以下、『あさきゆめみし』に見る該当箇所です。

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私自身に子ができてから読んだものですので、
まだ幼い子を手放す明石の君に感情移入しまくって涙が出るのだろうと思いながら読んだのですが、
なんと、実際に涙が落ちたのは、子を引き受ける紫の上の描写のほうであったという驚き(笑)
『あさきゆめみし』やっぱりいいですね~
少し過剰な描写だな…と思う所はどうしてもありますが、
原作の趣旨をきちんと捉えた上で、人物の背景や心情をうまいこと説明して見せてくれるものと思います。
とにかく、子を取り上げられた母から見ても欠点のない人、それゆえに光源氏に愛される人…

「愛」に頼って生きる紫の上。


藤壺と紫の上は表裏一体の関係にあります。

為政者として称賛のうちに幕を下ろした藤壺でありましたが、
彼女の死後、光源氏が彼女の面影を追って、紫の上の前でそれを語る場面があります。
その夜、光源氏の夢に藤壺が現れる。
藤壺は、他の女との睦言に我が身について語られたのを怨むのです。

紫の上の前で故人のことを語らせたのは、何よりも紫の上に藤壺の面影を見出してのことであったのに、
藤壺の亡霊は、男が女の前で他の女の人柄を語ることを侮辱として怨む。

この場面、藤壺は物語における別格者として、称賛のうちに退場したままであればよかったと、
これは蛇足であったと言う人もいるかもしれませんが、
私は、ここでようやく藤壺が解放されたのだと思っています。
女としての愛を謳うことが決して許されなかった藤壺が、
為政者としてしか愛する人の前に現れることができなかった藤壺が、
ようやく女としての怨み言を口にできたのです。

そして、愛だけを頼りに生きた紫の上と、愛を語ることを許されなかった藤壺、
二人は、光源氏が憧れてやまない理想の恋人として同じものでありながら、
真実に対照となる女性として描かれているものであると思います。

源氏物語は、女の生き方とは何であるのか、どう生きるのが幸せであるのか、
それを繰り返し問うている物語でもあると、私は思うのです。





さあ…
ということで、この辺で筆をおいてよろしいでしょうかゼイハアゼイハア。
もうこれ以上読みたくないですよね分かります。

これで第一部のお話が全部ではなくて、もう少し色々あったり、
乱暴にまとめてしまった所もあるのですが、
何となく、大筋はこんな所…というのが分かればいいかなという思いで書いてみました。
もう限界です←
源氏物語は、とても読み応えのあるすごい物語ですので、
本物を読んでみてもらえるきっかけのきっかけくらいになれれば光栄です(涙)

『あさきゆめみし』は、ちょろっと書きましたが、本当にうまい具合に描き直されている漫画だと思いますので、
こちらも全力でお薦めさせていただいて、
ぴーちゃん、本当に長いことごめんなさいでした、というお詫びにも代えさせていただきます( ;∀;)

えっと、どこに送り返したらいいのか、後で教えてくださいぴーちゃん。



そして、繰り返しますが、

源氏の女君 (塙新書 7)/清水 好子


私、↑この本を参照しながら、ずっと書かせていただきました。
途中、引用した部分も多くあります。
私が言ったようなことはこちらに書いてありますので、こちらを読まれたほうがよっぽど有益かと思います(笑)
もちろん私の持論も付け加えておりますので、
その辺、はぁ?違うわボケェ!と思われましたら、こっそり教えてくださいお手柔らかに(爆)


それでは、長きに渡りましてこの話にお付き合いいただきましてありがとうございました。
自己満足でしかありませんが、これを終えて新しい年を迎えられるようなのは、
大変スッキリいたしましたところであります。
大掃除を済ませたような気分です!
本当の大掃除は…これからするんじゃないかなー(棒読み)


それでは、次はいつお会いできるのか、どんな形になるのか、皆目見当が付きませんが、
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ!!!!


うふふふふ!!