「どういうことだよ、なんでギャツビーは、死んでんだ?」

「ギャツビー…? 誰だよ、ギャツビー」

「ギャツビーだよ、グレイト、ギャツビー」

「ふうん、グレイト…?」

「ちくしょう、ギャツビー…」


プリンスは投げ捨てる様に文庫本を放った。彼の世界のギャツビーが死んだらしい。

僕の世界ではディオ・ブランドーが死闘の末に倒れた、そんな日曜日。

愛知の片田舎の空は雲一つなくて、風は穏やかに稲を揺らして、そのおかげで僕らは落ち着いた休日を楽しんでいた。

落ち着いた? そう、落ち着いていた、だいたいの部分では。

退屈や不安は空気みたいにいつでもその辺に浮かんではいたものの、そんなの省いていかなくちゃ、僕らに"落ち着いた"なんて状況、くるわけがない。

日常はいつだって、八割の窒素と二割の酸素と、その他、微量のなにやかにやでできている、それは真実だ。

真に晴れ渡った空なんてあり得ないと気づいてしまってからもう随分と経ったけれど、免疫さえついてしまえば、それ程どうということもない。

悲観してばかりでもいられないし、嫌なことは出来る限り忘れてしまって、そういう風に僕らは生きてる。

たまに切なさに胸が詰まって、足が止まって、頭が痺れて、それでも布団をかぶって、朝を迎えて、そうすればいくらか落ち着いて、相も変わらぬルートに滑り込む。

僕はそんなリピートでもそこそこ満足していた。サージェント・ペパーズのラストみたいに、終わりがないわけじゃないのだ。

リピートボタンは、差し当たっては、アルバム単位の設定で、一つ一つのストーリーは、だいたい、完結してくれている。

歴史的な名盤とまではいかなくても、僕の人生のレコードも、平凡ながら、悪くはない。


けれど…、プリンスは違った。プリンスはそんなリピート、クソ以下だと思っていた。
右足から踏み出すジンクスを破ってみる。


パトカーの前でわざと悪ぶってみる。


自分の原付を俺のバイクと言ってみる。


コーヒーに入れる砂糖を小さじ三杯で止めてみる。


寝る時の豆電球の明かりのワット数にこだわりを持ってみる。


「アンジェリーナ・ジョ…、アンジー」って言ってみる。


ジョニー・デップの呼称をデップで押し通す。


ティム・バートンの呼称をティムバで押し通す。


シーモの呼称をシーモ・ネーターで押し通す。


スタバよりドトール派な気がしてみる。


一人称を"あちし"にしてみる。


恋空の代わりに忍空を借りてみる。


友達から始めてみる。


夢を書いたテストの裏、紙ヒコーキ作って明日に投げてみる。


夜中に書いたメールを、確認せずに次の日に送ってみる。


苗字を"風早"に変えてみる。


領収書をもらってみる。



人類にとっては小さいが、

俺にとっては偉大な一歩。