『濡れ女』

 

大学生Aさんの話。

 

ある日のこと、Aさんはいつものように、アルバイトに出かけるためアパートの部屋を出た。

 

するとポツリポツリと水滴のようなものが落ちるのを感じた。

あれ、雨かな。

本降りになる前にとAさんは足を早めた。


数十メートル進んだところで、携帯電話を部屋に忘れたことに気付いた。

取りに戻ろうと振り返ったところで不思議なものを見た。

 

Aさんのアパートは2階建ての木造アパートで、Aさんは1階に住んでいる。

ちょうどAさんの部屋の真上の階。

その部屋の共有スペース(外付けの廊下部分)に女がいた。

 

女はピクリとも動かず、直立不動で、Aさんの上の階の部屋のドアに向かって立っている。

つまりAさんからは女の後姿が見えている。

 

それだけでもちょっと不気味なのだが、何より奇妙なのは、その女、

びっしょりと全身濡れているのである。

長い黒髪も、白いワンピースも、なにもかもびっしょり。

ちょうどその女から滴る水が、2階の廊下部分をつたって、

ちょうどAさんの部屋の前に、ポツリポツリと垂れているのだ。

 

さっきの水滴はあれか・・・

 

不気味に思ったAさんは、その女に気付かれるのを恐れ、携帯電話をあきらめ、バイト先へと向かった。

 

いざバイトが終わって帰る時間になると、

まだあの女がアパートにいるのじゃないかと怖くてたまらない。

そこで、Aさんは友人を誘って、家で一緒に酒を飲むことにした。

 

近くのコンビニで友人と待ち合わせをし、二人でアパートに向かった。

 

女はいなかった。

 

ホッとしたのもつかの間、部屋の前まで来てAさんは息をのんだ。

Aさんの部屋の前に水たまりができていた。

まるでさっきまであの女がそこにいたかのように。

 

ちなみにその日は一日、雨など降っていなかったという。