なにごとも順番が大事。まずは全うな仕事をする。

それに対し何かがないがしろだと、全て危なくなる。

そういう事を実感した本日12時です。
企画には背骨がないと意味がないと思っております。

それを魂とか、コアとかコンセプトとかいろいろ言い方はあるはずですが、軸と言うのは、メッセージのコアなのでそれがずれていることもあるわけで。

それを信じて、お金をいただいて間違っていたら、怒ってさようならと言うクライアントはまぁ、意味がないですよね。
売れるものを作るという命題は確かにありますが、売れないときに人のせいにしちゃいけないですよね。

といっても意味がなかったりしますが。
市場ってよくわからない言葉になってるなとたまに思ったり。

恐らく、一人一人に売る意識からと思う。共通項と違う項目を探すときに明らかにデモグラフィックな話ではないけど、何処に属しているか見えてこないのだと思う。

よく一般的なーみたいな話をするけど浮かんでるのはオカンだったり。

さらに考えると、yesのオカン普通か?という疑問(笑)


それが分かるようになりたいと思う。その一歩を掴もうと。

さっき、ガラスの仮面をみてたけど、yesも千の仮面を持つ人でありたい。(脱線)
通販の広告は、比較的プロモーションといいつつも、テストができます。

このロジックは、通販のようなレスポンス広告は一つの媒体で、アイドマを成立させるため。

そうでないプロモーションは、テストの概念はないわけではないけど、メンテナンスをする箇所が大変なので、費用がかさむ事があります。

媒体の特性云々のまえに、そこをしっかり理解しると階段をのぼるように着実に動かなくてはいけない。

それ以前に僕が一人の人間として、階段のぼるように研鑽をつめと。

めげないことが重要ですな。
ここ最近、このアメブロでも広告的な話が出てきまして、生活の色んなところが「広告」になってしまっている。

それそのものはおもしろいことではあるけど、あまりに広告色が強すぎるとちょっと興ざめしてみたり。

その部分をいかにナチュラルにするかが個人的には「説得」ということの重要な第一ステップと思っていますが。。。


ナチュラルすぎると、広告として効果があるのか怖くなっちゃうんでしょうね。
それはよく分かる。
自分もそう。


それにしても、誰が話すかで既に売上が変わることを考えると、売れる人と言うのは既になんかちから持っていることになるし、そういった「人」を作り上げることがミッションであるなら企業の広告活動は今後よりドラスティックな動きを見せてくると思います。


ちなみに毎回思いますが、青汁のインフォマーシャルは何度見てもおもしろい。
あれをギャグとしてしか見れないようだと僕は広告の人間ではないのかもしれない。
僕は学生時代は映像の制作を将来やりたいと思っていた。

今は紙の広告屋なわけですが。


キタノがブルーならyesはグレーをよく使ってた。アスファルトが好きでした。

なんて話をするのも、初めて仕事で映像に絡みそうと言う話。

普通ならインフォマーシャルかと思うかもですが、普通に口コミコンテンツ。

普通の広告仕事です。

といいつつ、普通の広告とは何ぞや、何もかわりないよ。とも思ってみたりします。

しかし少しワクワク。
実家で夜中に見ていたテレビのメモ

消費を拡大させようと売るがわが目論むとき纏める発想と分割する発想が必要。

纏めるとは分かりやすくまとめ売り。
これは、ボリュームにより、流通単価を下げて値引きする一般的発想。一発の売りを上げるために有効。

あとは分割する方法。こちらは、消費者側へ向け。
要は消費者を分割する。大家族から核家族。核家族から一人暮らしへ。分割する事で、例えば、家は数多く売れる。テレビ、パソコン。一人分まで分割すると一人分の単価が上がる。売上が上がる。

ライフスタイルそのものに切り込む事で、消費を伸ばす。

個人の生活へ社会が分割されたとき、分割するのはもはや時間という事でしょうかね。
時間に分割されたあとは、待っているのはなんだろう。
いやはや、御盆休みを頂戴しまして、全ての更新を滞っておりました。

昨日、休み明けでしたが刷り合わせやブレストなどもろもろで、昼の13時から21時まで拘束と言う事態になり頭の整理はされつつも、体はしんどい状況でした。

とりあえず12月までがんばろう。
紙からムーブメントを作ることは結構難しい。
WEBはそういった意味ではうまくインフラとして機能してきた。

紙はその後のアナログな動きをコントロールすることが難しい。
結構短絡的なツールと思う。
そういった部分が、アクションまでをフォローするべきと言う概念に昇華してしまった。

紙は廃れないこれも本音と思う。
しかし、極論紙でなくてもいい。これもホントと思う。


それにはそもそものAIDMA、AISASといった概念のフォローアップツールとしてのコミュニケーションがとりにくいというところにある。

もっと広告屋というものは、コミュニケーションに対して真摯に、「何を」「どのように」伝えるかに対しメディアと向き合う必要はあります。

それが、メディアをどう使うか。ということと
どう仕掛けるかと言う概念になると思います。

仕掛けることができる人間が、一歩ぬきんでる考え方。


~~~~~~さてさて~~~~~~


結構細々とこのブログを続けております。
書きたいことは出てくるのだが、まとめてからと言うことでゆったり更新を掲げました。
このブログは単なる日記ではなく、ほんちゃんサイトと、ついったーのフォローアップとして作っていきたいので。
僕は常々、「感動により人は動く」と至極当たり前のことを言い続けております。

感動へはメッセージのパワーが要るわけで、そういったことを理解しない方と言うのも同然要るわけで、

何に感動するかをマネージメントするかが重要ですわね。