ワードローブを整える事から始める大人のお洒落と暮らし -11ページ目

ワードローブを整える事から始める大人のお洒落と暮らし

「何だかもやもやする」「このままではいけない気がする」
だったら何をする?
まずは外見を変えてみるか?部屋を整えるか?
大人のお洒落と心躍る暮らしをスタイリングするStyle Season
「10年前より今が好き!」と言えるわくわくする10年後が待っていますよ!

姪っ子作のクロスステッチ

グラフィック社の「パリのアトリエで綴るクロスステッチ」より ヴェロニク・アンジャンジェの図案

 

私もお家もキレイになる!Style Season

イメージコンサルタント&ルームスタイリストプロの黒滝伊都子です。

 

10年前より今が好きと思える50代を過ごし

10年前より今が好きと思える60代、70代…を目指したい!

 

私が…

私と関わってくれるみなさんが…

さらには直接関わりはないどこかの誰かが…

 

そう思えるような

何かをしたい!

 

そこでまず始めたのが

イメージコンサルタント&ルームスタイリストプロ

 

 

コトやモノには必ず成り立ちがあります。

成り立った理由があります。

 

そこで…

 

まずは

アパレル経験がない私が

なぜイメージコンサルタントを目指したか?

 

その馴れ初めを

お話ししたいと思います。

 

お付き合い下さいませ水飲み鳥水飲み鳥

 

 

トルソー針山トルソー糸トルソー針山トルソー糸トルソー針山トルソー糸トルソー針山トルソー糸


私は洋裁、和裁、手芸全てに堪能で

お洒落だった母の影響を受けて育ちました。
 

ベビー服から遊び着

ピアノの発表会用のワンピース

バレエの発表会用の衣装

振り袖、ウエディングドレス

マタニティドレスまでずっと母のお手製でした。
 


母お手製の洋服のポケットに刺してくれた刺繍


カラー診断も骨格診断もありませんでしたが

母は経験値で似合うモノがわかっていたようです。

 

お手製の洋服を着ていると

よく人からほめられました。
 

同じモノを作って欲しいと

言われることも多かったようです。

そんなこともあり

一時期洋装店をしていました。

 

「今度はこんな色で

こんなデザインの洋服を作ってほしいなぁ」

 

と、いつもいつも

スタイルブックをながめていました。


 

今のように既製品の種類も多くなかったので

なかなか気に入ったモノが見つからない時代でした。

 

母と一緒によく渋谷の生地屋さんに行きました。

 

 

洋服生地の色

刺繍糸の色

毛糸の色

着物の反物の色…

 

色とりどりの素材に囲まれて…

 

それが形になっていく

魔法のような母の手に

わくわくしていた少女時代でしたスキ

 

 

おしゃべりで好奇心旺盛

文学少女がそのまま大きくなったような母。
 

人が行った旅行でも興味津々で地図を開き

一緒に旅をしているようにその道を地図で辿ります。
 

美術館や映画、舞台にも

訳がわからない幼い時から連れて行かれました。
 

私はテレビの続きを見たい日もあったのだけれど…

 

私の感性の基礎は

母の影響を多大に受けてつくられています。

 

糸トルソー糸トルソー糸トルソー糸トルソー糸トルソー糸トルソー糸トルソー糸トルソー

 

私は手芸が好きです。

 

が、長男が小さい時

自動車を編み込んだセーターを編み

着せた途端に芝生を転がって

芝だらけにして以来

ずっと遠ざかっています爆  笑

 

 

洋裁はしません。

和裁も出来ません。

 

絵も他人様に見せられたモノではありません。

 

そういう意味で

 

洋服は大好きだけれど

洋服に関わる仕事というのは

選択肢にありませんでした。

 

 

結婚後しばらくして

やっと母から独り立ちし

自分で洋服を買うようになりました。

 

既製服も種類が増え

色だしもお洒落になっていました。

 

この色が迷うのですよね。

どれもほしくなってしまう…

 

息子ばかりで

残念ながら娘の洋服は選べなかったので

効率的で気持ちもあがる

自分のワードローブ作りをずっと考えていました。

 

 

その時の指南役は…

 

「ヴァンテーヌ」というファッション雑誌。

 

現在活躍しているベテランスタイリストさんも

この雑誌の影響を受けている方が

けっこういらっしゃいます。

 

色使い、小物使いなど多くのことを

この雑誌で学びました。

 

 

その頃

もう20数年前になりますが…

 

「カラー・ミー ビューティフル」

(キャロル・ジャクソン 佐藤泰子著)

という本に出会いました。

 

「あなたをより美しくする色がわかる本。

春、夏、秋、冬のどのグループに属するか自己診断し、

タイプに応じたファッション、メークアップ、

ヘアスタイル、アクセサリーなどを紹介していきます。」

 

「これだ!」

と思いました。

 

是非診断を受けて

これが仕事にならないか?

考えてみようと…

 

息子達がまだ小さかったのですが

この30代の時期も

 

「子供が小さくても何かしたい」

「何か学びたい」

「子供の手が離れた時に跳べるような準備をしたい」

 

と探っている時代でした。

自己啓発本ばかり読んでいましたね。

 

 

実際に診断を受けたところ…

 

診断結果は「オータム」

母が私に作ってくれた洋服は

ほとんどがこのオータムカラー。

 

納得の診断でした。

 

ただ

「この口紅一本あれば

他には何もいらない」

 

という言葉に

「?」

と思ったのです。

 

確かに似合う色の口紅でした。

 

でも

私は様々な色に囲まれて成長してきたので

様々な色が好きです。

嫌いな色はありません。

 

何だか

選択を狭められるような気がして

「何か違うな…」

と、しばらくの間

忙しい日常に取り紛れて考えなくなっていました。

 

まだまだ日本でその理論が確立していなかったんですね。

 

針山トルソー針山トルソー針山トルソー針山トルソー針山トルソー針山トルソー針山トルソー針山トルソー

 

子供達も成長したある時

カラー診断だけではなく

骨格診断というモノがあると知りました。

 

早速診断を受けに行きました。

 

カラー診断はやはり「オータム」

骨格診断は「ストレート」

 

カラー診断も以前より柔軟になっていて

なるほど!と納得

買い物に迷いがなくなりました。

 

「自分のタイプだけでなく

他のタイプも全部知りたい」

 

と思い、スクールに通いました。

 

パーソナルカラースタイリスト

骨格診断スタイリスト

カラーセラピスト

 

色々学んで卒業しました。

 

以前より

ずっとずっとわかりやすく

ひとりひとりに寄り添った

診断になっていました。

 

でも今ひとつ

仕事にする…というには

まだ腰があがりません。

 

「やりたい!」

と思うと行動は早いほうです。

 

腰があがらない時は…

 

「何かしっくりしないことがある」

「今その時!ではない」

 

と、私の中の何かが感じている時だと思うのです。

 

しっくりしない理由は…

 

納得の診断結果だったのですが…

確かにスタイルアップするのだけれど…

 

骨格診断ストレートの人が似合う洋服が

 

着ていて心が浮き立たない…

寂しく見える…

 

自分に迷いがあるから

人にも熱意を持って伝えられない…

 

 

タイミング良く

メイクレッスンに通っていた先生が

顔タイプ診断というオリジナル理論を作り

スクールをオープンしました。

 

骨格診断ストレートの洋服は

私の身体には合っているけれど

顔には合っていなかったのです。

 

違和感の理由がわかり

ピタッとピースがはまった音がしました。

 

洋服は好きだったので

いつもアンテナを張って

情報は取り入れていましたが

 

その時

何となく感覚的に感じていたことが

 

理論的に説明できる…

 

 

そのスクールには

ショッピング同行の授業もありました。

 

これがまた…

スクールで学んできた理論が

実践で良く分かるのです。

 

その時にモデルで来てくれた友人は

会う度に

「伊都子さんが薦めてくれた

あれがとても気に入っていて…」

 

と喜んでくれています。

 

それが嬉しくて…

楽しくて…

 

 

人生の後半戦を彩る仕事として

大好きな洋服に関わることをしよう!

 

と気持ちを強くしました。

 

トルソー糸トルソー針山トルソー糸トルソー針山トルソー糸トルソー針山トルソー糸トルソー針山

 

これが

私とイメージコンサルタントという仕事との

交わりそうで交わらなかった

長きにわたる馴れ初めです。

 

今までこれらの理論を打ち立て

育ててきた方々を

尊敬し、感謝しています。

 

 

夫に話すと

何だかピンと来ない様子

 

それって仕事として成り立つの?

洋服を人に選んでもらいたい人っているの?

 

好きなモノを着ればいいんじゃない?

 

カテゴリー分けする必要があるの?

 

 

子供の頃にも言われました。

着るものばかり気にしていないで中身を磨けと…

 

 

これに対する答えが

私の思い…

 

理念ということになるでしょうか…

 

 

またまた

長くなってしまいましたね。

 

それはまた次回ということで…

 

 

顔タイプ診断について

お知りになりたい方は

こちらへ

 

 

最後までお付き合い頂き
ありがとうございましたラブラブ

 

 

みなさまの大好きなことは

何ですか?スキ

 

わくわくして

時を忘れる事はありますか?スキ

 

 

私もお家もキレイになる!Style Season

イメージコンサルタント&ルームスタイリストプロの黒滝伊都子です。

 

冒頭からちょっと恥ずかしい画像で失礼しました!

10年前の私です。

 

 

10年前、みなさまはどうしていましたか?

50代なら40代
40代なら30代 (若い!)

私は現在50代なので10年前は40代
 

10年前となると

写真を見比べてもけっこう若い!
 

当時はあちらこちらに

衰えを感じていましたけれどもね。

 


今思い返すと若いです!

 

それでもです!

 

顎のラインがまだそんなにたるんでいないし

髪もふんわりしているし

心なしか肌も張りがあるような…

 

それでもそれでもです!!

 

私は10年前の自分より

今の自分が好きです!

 

今の暮らしが好きです!

 

 

今日はなぜそう思うのか…

お話ししたいと思います。


桔梗キンモクセイの花桔梗キンモクセイの花桔梗キンモクセイの花桔梗キンモクセイの花桔梗キンモクセイの花桔梗キンモクセイの花桔梗キンモクセイの花桔梗キンモクセイの花桔梗 

 

40代の私は

二人の息子も大分手が離れ

 

週に3日音楽教室で

ピアノを教える仕事だけでは時間を持て余し

 

ダブルワークで音楽とは全く違う仕事を始めました。
 

ダンスや朗読などの習い事も精力的にやり

それはそれは動き回っておりました。

40代にして自分探しをしていた頃です。

なぜか?
 

きっかけは…

 

二男が中学生になり

部活で夕方まで帰って来なかったから!
 

小学生までは

3時くらいには一度帰ってきますよね。
 

そのつもりで

仕事に行かない日に

3時くらいから

知らず知らずに待ちの体勢に入っていたのです。
 

なのに、6時過ぎまで帰ってこない!

「こんな待っている私ではダメだ!
子供はどんどん成長していくのだから

私は私で新しい自分を見つけよう!」

夕暮れ時

次第に暗くなっていく部屋でひとり…
こう思ったのです。

それが自分探しの始まりでした。

 

桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗

 

私は大学を卒業後すぐに結婚。

 

夫の実家で暮らし始めました。
 

会社勤めはせず

車で30分位の楽器店で

週に3日ピアノの先生をしていました。

すぐに長男

3年後に二男が生まれたので

夫や私の実家に助けてもらいながら

子育てをし、仕事も続けていました。

 

同居の両親と近くの実家…
恵まれた環境でした。


 

この頃から

私は徐々に変貌をとげていきました。

 

 

私は3人姉妹の末っ子で

のんびり育っています。

 

しかも姉たちと年が離れていたので

「人にしてもらうのは当たり前」

なところがありました。

 

小学校の卒業制作で

校庭に穴を掘っていた時

 

「姫の穴掘りだな」

と担任の先生から言われました。

 

姫でも何でもないのですが…

ダイナミックさが大いに欠けていたのでしょうてへぺろ

 

 

そんな私が

二人の男の子の母になりました。

 

男の子って

どうしてあんなに走るのでしょう?

 

二男を小脇に抱え

全力で走る長男を

 

追いかける…走る走る

追いかける…駅伝走る女の子

 

 

「何でああいう行動をするのか?」

先輩ママに相談すると…

 

その先輩ママは

よく考え

楽しい工夫をしながら子育てをされていました。

 

「子育てってあんなに考えながら工夫するモノなのね!」

 

対策を考える必要が起こった時

ママ友や書籍、時には子供からリサーチをし

考えがまとまったら即実行!

 

 

そうこうしているうちに

何だかそれが心地よくなってきたのです。

 

「私の性分には

これ合ってるかも…」

 

世間一般的にはまだのんびりした所はありますが

元々の素養もあったのでしょう。

行動や考え方

性格までもが変貌をとげていきました。

 

 

桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 桔梗 

 

二男が小学校に上がった秋
実家の母を見送りました。

もう子供達を自宅に置いて仕事に行っても大丈夫な年頃まで
母はずいぶん協力してくれました。
 

本当にありがたかった。

 

 

その後も

第二の実家のように居心地の良い楽器店で

仕事をしていましたが

 

オーナー夫妻が

「年を取ってきたので店を縮小したい」

と、徐々に生徒さんを少なくして

数年後には

お店をたたむ方向で考えているようでした。

 

この時期と

40代になり、私個人も

「このままではいけない!」

と、危機感を持った時期が重なりました。

 

 

変貌した私は

たった1日で

部活帰りの息子をじっと待っている自分に

我慢できなかったのです。

 

 

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「人生二毛作」

を提唱しているのは…

 

「思考の整理学」の外山 滋比古さん

 

サラリーマンの定年が60歳

50代で後半戦の作付けの種を決める…

 

…とすると

私達母親は

子育ての手が離れるか離れないか…

の時期が

これに当たるのではないでしょうか?

 

40過ぎて焦りを感じた私は

どんな種を作付けしようか?

地ならしをしながら試していきました。

 

色々な仕事をしてきましたが…

 


若い頃、会社勤めをしなかったので

社会的な自己価値認識がもともと低く


「ピアノの先生なんて

一般社会ではなんのキャリアにもならない!」

と、面接の時にやんわり言われたこともあります。

 

実際に仕事をしてみると…

 

事務仕事などは

事務用品の使い方からわかりませんでした。

 

でも、どの職場でも人に恵まれたのがラッキーでした。

 

小さな事でも

出来なかったことが出来るようになる楽しさを

たくさん味わいました。
 

 

子育てや家事でも

日々経験をして嬉しいこともたくさんあるのですが…

 

仕事において出来ることが増えていくことは

直接評価され

自分でも結果が認識しやすいので

やはり、やりがいがあります。
 

キャリアを積んできた方に比べると

単調な仕事だと思いますが

その時の私はやる気満々で

仕事も趣味も充実していました。

 

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やがて迎えた50代

 

「10年後どうしていたいかな?」

と、ふと思いました。

 

家でのんびりは性に合いません。


 

いくつになっても

人生を楽しみながら

仕事もしていたい!

 

 

この辺りから

「起業」という文字が

心の中で大きくなって行きました。

 

人生の後半戦を豊かにする仕事ですから

やっていてわくわくすることがいいですよね!

 

本当に遅まきながらここにたどり着いたのですが

 

今までの年月は

私にとって

ここにたどり着くのに必要な年月だったのです。

 

 

なぜ仕事をしたいか?

 

厳選した欲しいモノは手に入れたいし

住まいも快適にしたい

 

美味しいモノも少しだけほしいし

おしゃれもしていたい。

 

それに夫とウィーンを行ったり来たりしたい!

 
ささやか(?)な欲望はありますが…
 
 
この年になったら
自分だけではなく
私に関わってくれたみなさんが
イキイキと輝く何かをしたい!
 
さらには
間接的にもどこかの誰かの瞳が輝くような
何かをしたい!
 
それを
今の私だからこそできることで…
 
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だから…
わくわくしている今の自分が
10年前の若い自分より好きなのです!
 
10年前、自分が嫌いだったわけではありません。
 
ただ、見過ごしてしまうような小さな事でも
昨日は知らなかったことを
今日は知っている自分の変化を感じ
それを面白がってきた…
 
その積み重ねの上にいる
今の自分の事をけっこう気に入っているのです。
 

 
では何をする?
 
そこで始めたのが
イメージコンサルタント&ルームスタイリスト
 
なぜこれらを選んだか?…
 
また次回聞いて下さいませニコニコ
 
 
最後までお付き合い頂き
ありがとうございましたラブラブ
 
10年前、みなさまはどうしていましたか?スキ

私もお家もキレイになる!Style Season

イメージコンサルタント&ルームスタイリストプロの黒滝伊都子です。

 

先月になりますが…

友人が所属しているオーケストラの

コンサートに行ってきました。

 

Japan Friendship Philharmonic の

「音樂會」

という名の定期演奏会指揮者

 

ミューザ川崎シンフォニーホール

で行われました。

 

 

友人というのは…

 

若い時

ブラスバンドに現(うつつ)を抜かしていた頃の

かつての音楽仲間

後輩に当たります。

 

バブル真っ盛りで

大学の構内は

ヴィトンのバッグを持った女子学生が

闊歩している中で

 

「同じ金額で楽器が買える!」ClarinetTromboneホルンTrumpet

 

と、ブランドバッグに見向きもせず

暑さ寒さも何のその!

 

音楽に青春を燃やしておりました。青春のバカヤロー

 

 

その火を消さずに

今も音楽活動を続けている友人の

晴れ姿を観て参りましたニコニコ

 

 

何とまぁ

楽しそうに演奏する楽団でしょう!

 

これがアマチュアの醍醐味ですね!

 

降り番があるとはいえ

あり得ない大曲のプログラム

 

演奏者も観客も相当頑張ります!

 

で、最後はご褒美に

楽しいポップスのプログラムで締めるのですが…

 

今回は「レ・ミゼラブル」

 

クライマックスに

向かい側(ステージ後ろ)に座っていたお客さん達が

急に立ち上がって

「民衆の歌」を大合唱したのにびっくり!びっくり

 

プログラム最後のこの瞬間のために

ずっとお客さんとして座っていた

合唱団の方達だったのですね。

 

そこには

本当のお客さんもいたので

驚いてのけ反っていましたよ爆  笑

 

ミューザ川崎というのは

本格的なシンフォニーホール

 

ミューザ川崎シンフォニーホールサイトより https://www.kawasaki-sym-hall.jp/

 

ほぼ満席の集客力に脱帽です!

 

ホルンおやじさん!

楽しい時間をありがとう!Horn

 

ホルンおんぷチェロおんぷEuphoniumおんぷAlto HornおんぷClarinetおんぷTromboneおんぷピアノおんぷTrumpet 

 

さて

題名の「友達の輪!」のお話しです。

 

 

「ミューザ川崎の音響設計した人知ってる?」

と夫が言うので

 

「知らない」と答えたら

 

現在世界で引く手あまたの

音響設計家 豊田泰久さんの話しをしてくれました。

 

この方は

日本で初めて

舞台を取り囲むように客席を配置する

ワインヤード型のホール

「サントリーホール」の音響設計を担当した人です。

 

サントリーホールサイトより http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/

 

世界のシンフォニーホールのほとんどは

このワインヤード型を採用しているため

 

ちょうど建て替えラッシュの

世界のシンフォニーホールの音響設計を

次々と依頼されている日本人なのです!

 

こんなに世界で活躍している

音響設計家がいたなんて

知らなかったわぁ~ラブ

 

と、感動して

自分でも調べてみました。

 

おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪

 

友達の輪の発端は

来日してサントリーホールの響きに感動した

ポーランドのピアニスト ツィメルマンが

豊田さんを探し当て

電話をかけたところから始まります。

 

つづいて

ツィメルマンから話を聞いていた

亡き伝説のオーケストラマネージャー

アーネスト・フライシュマンから

ロサンゼルスフィルの本拠地としての

ウォルト・ディズニー・コンサートホールの

音響設計の依頼がありました。

 

海外での初仕事!

 

さらに…

今度はロシアのマリインスキ-劇場の音楽監督

ゲルギエフからのコンタクト

 

ゲルギエフのお気に入りは

札幌コンサートホールKitara

札幌コンサートホールKitaraのサイトよりhttp://www.kitara-sapporo.or.jp/

こちらも豊田さんの音響設計

 

更に更に…

マリス・ヤンソンス

ズービン・メータ

サイモン・ラトル

ダニエル・バレンボイム…

 

きら星の如くの

指揮者や建築家との

「友達の輪」が広がっていきました。

 

 

仕事ってこうやって広がっていくんだなぁ。

 

豊田さんも

九州芸術工科大学(現在は九州大学と合弁)

音響設計学科に入学した時には

 

「マイナーな仕事で

どんな仕事か良く分からなかった」

と言っているので

 

今の状況は予想もしていなかったでしょう。

 

おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪おんぷ♪

 

成功の理由は何でしょう?

 

もちろん

豊田さんに才能があったのだと思いますが…

 

 

☆「ワインヤード式コンサートホールなら

 この人!」

 という

 第一人者になったこと。

 

 

☆市場が世界に広がったこと。

 アメリカ、ロシア、イタリア、ドイツ、ハンブルク、

 ポーランド、フランス、中国、イスラエル…

 本当に世界中です!

 

 

☆「サントリーホール」の最初の仕事で

 最高のパフォーマンスをしたことが

 次の仕事に繋がったこと。

オープン当初は

日本の演奏家がホールの響きに慣れなくて

批判が多かったそうです。

 

悪夢だった…

と豊田さんは振り返ります。

 

でも、似ている音響環境で演奏しているベルリンフィルが

サントリーホールで素晴らしい来日公演を行いました。

 

日本のオケも少し様子を見よう…

と言うことになったそうです。

 

仕事の結果とは…

すぐには出ないモノなんですね。

その間の忍耐が必要…

 

 

☆他分野の専門家と

 信頼関係を築くことが出来ること。

 

音響設計は

建築家、音楽監督はもとより

電気設備、空調設備

そのホール専属のオーケストラの人達…

諸々の専門家と

連携を取りながら

仕事を進めるそうです。

 

どんなピアニッシモも

マイクを使わずに一番後ろの席のお客さんに

届けることが出来る…

 

ホールは楽器と同じ

 

空調の音が微かに聞こえていても

ダメなんですね。

 

そうしたら

空調の専門家とサイレンサーについて

話し合う…

 

匠の技と言われているけれど

黙々と職人気質の仕事をしているのではなく

 

こうやってコミュニケーションを取って

最終的に最高の作品を作っているのです。

 

 

☆「いい音」へのこだわり…

  最大公約数は自分の好み

 

「万人の耳を満足させる音を作るのは大変ではないか?」

という問いに

 

「個人のリスニングルームを作る方が大変」

と豊田さんは答えています。

 

「いい音」は主観的な物で

ひとつではない。

だから万人に向けた音ということは

特定のターゲットがいないということ

 

つまり自分の好みで作るしかない…

 

のだそう。

 

みんなの好みを満足させる…

と考えるとプレッシャーだけれど

結局は自分のこだわりなんですね。

 

豊田さん自身が

相当な「いい音」へのこだわりを持っているのだと思います。

 

 

☆めちゃくちゃ好きなことと

 専門性が融合したこと

 

豊田さんは中学生の時に

レコードでシューベルトの「未完成」を聴いて

音楽に目覚めたそうです。

 

中学ではブラスバンドでサックスを

高校、大学ではオーケストラでオーボエを…

 

演奏家になる…

とは思わなかったけれど

とてもとても音楽が好きだった…

 

理系が得意なのと

音楽に関わる仕事がしたい…

 

ということで

両方を併せ持った

音響設計学科に決めたそうです。

 

めちゃくちゃ好きなことと

専門性が融合して花開いたんですね。

 

プレッシャーをしのぐ

わくわく感がある仕事をしているのだと思います。

 

ピアノ♪TrumpetおんぷTrombone♪ClarinetおんぷAlto Horn♪Euphoniumおんぷチェロ♪ホルンおんぷHorn

 

豊田さんの成功には

私達の仕事の上でも

参考になる事がたくさんあると思いました。

 

同じ日本人として

豊田さんを誇りに思うと共に

 

規模はまだまだ小さくても

「私もこうありたいな」

と、背中を押された思いがします。

 

http://travel.watch.impress.co.jp/docs/news/1037118.html

最新作のエルプフィルハーモニー・ハンブルクが

今年1月にオープン

 

 

コンサートに一緒に行った友人…

昔の音楽仲間が

 

「伊都子さんは、

若い頃には考えられない変貌ぶりだ」

と、言っておりました。

 

そうなんです!

自分でもそう思うのです!

 

どんな変貌をとげたか?

なぜ変貌したか?

次回聞いて下さいねニコニコ

 

 

それでは

最後までお付き合い頂き

ありがとうございましたスキ

 

 

ちょっとマニアックな話しでしたが

みなさまのお仕事の参考になったら

嬉しいですラブラブ