保育体験の続きです。
エミールと格闘していた大学在学中、マイノリティでもチョット触れましたが、聴覚障害者サークルと出会いました。きっかけは不純な動機でしたが、勉強不足なままで発信すべきではないと思っていますので、今はご想像にお任せします。機が熟したら、動機も書こうとは考えていますが。
そのサークルに、1歳半くらいの幼児のいる聴覚障害者同士のご夫婦がいました。でも、その子は聴覚健常児なんです。当時の私は、想像力はおろか、相手の立場でイメージすることもせず、安易に「お子さんは聴覚が正常で良かったですね」と言ってしまいました。さすがに空気の変化に気付いた私は、一旦その場から離れて想像してみました。音が聴こえるのは確かに喜ばしいのですが、ご夫妻だけでは決して言葉を教えられないんです。ご夫妻ともにご両親にはあまり頼れない環境でしたので、障害を隠すどころか現状を正直に伝え続け、例え障害者のワガママと言われようが理解者を求め、正々堂々と誰かに頼らなければならないのです。悩む余裕なんてないんです。
それに気付いた時、不純な動機で聴覚障害者サークルに接触した自分、ちっぽけなことで悩んでいた自分が、情けなくなりました。ですから、せめて私に出来ることをと思って、学業とバイトの合間に時々、お子さんの遊び相手をしたりしました。あっ、正しくは学業ではなく講義でした、1に講義、2にバイト、3・4が遊び相手、5が予習・復習でしたから(笑)。
で、どうだったかって?。もちろん楽しかったですし、我を忘れるほど夢中になっていました。そして、保育体験を思い出して改めて気付きました、私は子供が好きなんだと。他愛もない遊びだけだったんですが、遊んだ後にご馳走になる夕食、貧乏学生の私には美味しかったなぁ。
そしてそして、ふと気付いたら、自分の悩みを完全に忘れている私がいたんです。ご夫妻の悩みに較べたらちっぽけだから、忘れて当然かも知れませんけど、当時の私には大きな大きな悩みだったんです。
前にも書きましたが、そのサークルとは卒業を機に引っ越してからは疎遠になり、指文字を描いた名刺大のカードを渡されて覚えたものでしたが、手話は覚えられずに今日に至っています。
このテーマ、まだまだ続きます。