オリンピック競技は始まったが、明日の開会式を控え、「お・も・て・な・し」から8年間が走馬灯の様に蘇ってきます。敢えて発言は控えていたが、やはり触れずにはいられません。

元々、スレッドやタグには類似意見が集まり、異見を躊躇する傾向があるが、オリパラも例に漏れません。振り返ったら分断の始まりだったとならないか、憂慮しています。

周囲と話すと、ざっくり開催・中止・沈黙に三分

開催派も中止派もほぼ正論、一部は持論だけが正しいと疑わない。違いは視点だけなのに、正論が2つ。善意の押し売りの様に厄介、違う考えに耳を貸さない点も類似。

そして、迷っていたりどちらにも共感できる方、一部の開催希望者も、巻き込まれを恐れて発言しません。私は、どちらかと言うと沈黙派でしたが、揺れ動いてもきました。
 

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参加が好きで結果も気になるが、観戦は退屈で苦手。中継を見るのは、参加気分になれるマラソンと、経験のあるバドミントンだけ。他は見ないし観戦なんて論外だが、ダイジェストは欠かさない。

そんな私ですから、参加したくて聖火ランナーに申し込んだが落選。ボランティアも先が読めず断念、高揚感は醒めてしまいました。

直後のコロナ禍。酷暑開催すら譲歩しない全方位の伏線で痛くも痒くもないIOCと、違約金(金額より世論?)を恐れる政府の構図。興醒めしていた私は、医療現場などを知り、美辞麗句の棒読みでメッセージすら届かない政府に幻滅、次第に中止が優勢に。

転機は、再開されたコンサートでの共感と、感動の共有。中止派のおかげ(?)で無観客となり、ほぼ互角まで肯定感を戻しつつも、むしろ分断を危惧。

 

 

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有観客を主張するIOCや海外アスリート、日本人に迷惑を掛けないと言いつつ応援を要請するIOC…。でも、国内の強行な開催論者はごく一部。開催派の大半は、楽しみたいし応援したい中で、無観客や聖火リレーの制約など、ギリギリの結論を受け入れています。

中には、切実な生きる希望だったり、頑張れる元気を貰いたいが、攻撃を恐れて声を潜めている人も。それは、アスリートや聖火ランナーだけではありません。震災で全てを失った女の子の、「ピアノが一番欲しい」の一言を想い出します。正に、マイノリティが生き辛い世の中。

攻撃元は一部の過激な中止論者。感染爆発や医療崩壊危機、命あってのオリパラ、どれも間違っていません。中止論が悪いのではなく、選択肢の幅が「1か0か」と狭いだけ。1と0の間の決着には、充分な対話と丁寧な説明が必要なのに、妥協点を探る道を封じられたら主張が強まるのは当然。

中止派も多くは、医療を初め失政の犠牲者。過酷な現実や死活問題に直面し、矛盾に悩み、理性(事実)と感情の狭間で揺れ動いている人も。

 

 

 

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両者を想像してみたが、着地点は無いのか?。既に直前で中止は非現実的、某政党の現場無視の「消費税を5%に戻せ」主張の如し。だったら、完全無観客とし、想定外を全て想定して感染防止を徹底し、今後の政策への反映が期待できれば…。

でも、現政権は、強硬意見や過激化に口実を賜るのがお得意。安全安心と言いながら、関係機関どころかホテルにすら丸投げした挙句に脱走者が出る始末。せめて、充分な検証とフィードバックを期待したいが、都合の悪い記録の破棄は既定路線、既に変異株や人流などの口実が暗躍中。

着地が困難なら、敵の敵は味方、共通の敵作戦。

直ちに分断が決定的になるとは思わないが、これを機に亀裂がより深刻になれば、修復困難なのは海の向こうを見れば明らか。

分断の元凶はオリパラではなく、聴く耳を持たず説得すら試みない現政権。開催だ中止だと主張し合ってる場合じゃない。どちらも否定できないが、現実は多様でグラデーション、両者の完全な満足は不可能。せめて傷付け合うのはやめ、違いを認め合い、1と0の間での妥協を受け入れたい。

 

 

 

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変革のきっかけ、私が期待する一つは、不安も交錯する来日海外メディアの報道

もう一つは、閉会75日以内、記憶に残る中での衆院選。でも、既に11月延期の噂が!?。落選回避・責任回避には機敏な、現政権のリスクマネジメント。でも諦めない、特に強硬派の皆さん、怒りの矛先を「そうだ、選挙へ行こう♪」。

以上、長い独り言へのお付き合いありがとうございました。