「その人を理解する一番の近道はその人の歴史を知ることである。」
これは僕が20年近くこの社会で生きてきた中で得た教訓であり、初対面の人と接するときはなるべくその人の「今」だけでなく「過去」についても目を向けようと試みている。人は第一印象だけでは推測できない意外な「過去」を持っていたりするものである。そしてその「過去」のひとかけらが自分のそれとどこか共通する可能性も大いにある。
そこで、今回は皆が知らないであろう僕の「過去」について少しだけ語りたいと思う。
ご存知のとおり、僕は今サークルという場でテニスをしている。テニスはとても楽しいスポーツであるし、熱中するに値するスポーツだと確信している。テニスの素晴らしさをもっと多くの人々に広めていきたい、そんな気持ちが僕を「練習会ヘッド」という役職に導いたのは言うまでもない。
しかし、僕にはテニス以上に熱中したスポーツがひとつだけある。
それは、「テコンドー」だ。
僕がテコンドーを始めたのは小学5年生のときで、その理由は至って簡単で「強くなりたい。」この一言に尽きた。この願望はおそらく小学校高学年男子の誰もが一度は抱く感情であり、共感してくれる方も多いはずだ。当時熱中するものが無かった僕はすぐにテコンドーの虜となった。練習を重ねる度に強くなる、この実感が僕をさらに強くさせた。そこからテコンドー漬けの日々が始まったのである。
中学生になった頃、僕のテコンドーの実力は周りが驚くほどまでに開花していた。どうやら僕にはテコンドーの才能があったらしい。どんなものにも負ける気がしなかった。しかし、僕がテコンドーの練習を辞めることはなかった。
中学二年生の夏、僕はテコンドーの全国大会に出場した。それまでの練習が功を奏し、順調に勝ち進むことができた。そして準決勝、相手は前大会の優勝者だ。打ちつ打たれつの激闘を繰り広げ、試合は判定までもつれ込んだ。
結果は惜しくも敗北であった。
しかし、その闘いに悔いはなく、全国ベスト4という結果に悔しさよりかむしろ満足感さえ覚えた。
少しでも興味を持たれた方は「堀慎太郎 テコンドー」と検索してみてほしい。若かりし日の僕の写真がどこかに上がっていることだろう。
現在も僕はテコンドーを細々と続けている、もちろん中二の自分の結果を越すことはできないが。
最後に皆さんに一つだけ言わなくてはいけないことがある。
全部嘘です。
テコンドーなんてやったこともなければ、観たこともないし、ルールも知りません。そもそもテコンドーがスポーツであるかも定かでありません。テコンドーっていう名前をどっかで聞いたことあるかなぐらいのレベルです。もちろん、全国大会出場経験も一切無いし、中学校生活は何一つ成し遂げることなく終わりました。
テコンドーを理解する一番の近道として、テコンドーの歴史を知ろうと思います。
Wikipediaで。
すみませんでした。
p.s.テニスの件は本当です。だからみんな
練習に来い。