命の電話が今日も鳴り響く。新型コロナウィルスの不況によって自殺者が増加して、命の電話は人手不足に陥っている。そんな中、鳴り響く命の電話をひたすら取る一人の女がいた。黄伊手益代(きいてますよ)39歳である。
なぜ黄伊手益代は、この仕事を始めたか。それは黄伊手の娘がいじめで自殺したからである。
4年前、娘の菊実はいじめられていた。共働きで忙しく、菊実の異変に気付いてやれなかった。菊実も気を使って、親に相談しなかった。
菊実がいじめで自殺した2週間後、いじめによる自殺の疑いがあるため、市の教育委員会は第三者委員会(いじめ防止対策推進法により、いじめ、不登校により重大な被害が認められたとき、事実確認の調査を行うために教育委員会等、学校の設置者設けた組織であり、第三者委員会の中心的な役割は、上記の目的に沿って、事実関係の調査・分析を行い、最終的に調査報告書を提出することである)にいじめの調査を依頼した。
黄伊手はいじめで失った菊実の恨みが少しでも晴れるのではないかと期待した。
しかし、第三者委員会の出した答えは、「思春期うつ」であった。いじめが自殺の直接的な原因にならず、原因は菊実の精神的病気が原因とされた。なぜそうなったかのかは分からない。いじめられていた子に配慮したのか、なんらかの働きかけがあったのか。黄伊手に知るすべはなかった。
黄伊手は、悔しくて悔しくてしょうがなかった。そして、菊実をいじめていた子に対して、憎くしみで溢れた。
しかし、この悔しさと憎しみは何処にもぶつけられない。ぶつけられず、夫の胸の中で泣く事しかできなかった。
黄伊手は悔しさと憎しみの葛藤にもがき苦しんだ。もがき苦しんで、もがき苦しんでも、その葛藤は無くならない。黄伊手は苦しくて苦しくて頭がおかしくなりそうだった。その葛藤の地獄から半年が経っただろうか。。
その悔しさと憎しみの葛藤は、時が経つにつれて後悔の念に変わっていた。
なぜ菊実は悩みを打ち明けてくれなかったのか。なぜ菊実の異変に気付いてやれなかったのか。なぜ菊実に日頃から「悩みは相談しなさい」と言っておかなかったのか。そもそも共働きではなかったら、菊実は自分にいじめを相談してきたのではないか。
黄伊手は悔いて悔いて悔いた。悔いて悔いて食い入るように菊実の写真を見て悔いた。悔いて悔いて菊実を歯を食いしばって生んだ思い出とともに悔いた。黄伊手は悔いて夫に抱きついて悔いた。悔いて悔いて悔いて小腹がくいて、いや、すいてポテチを喰いながら悔いた。悔いて悔いて杭を打って悔いを紛らわしながら悔いた。悔いて悔いてポケモンのクイタランを菊実の変わりに育てて悔いた。クイタランの弱点が地面、岩、水、だと知り悔いた。クイタランが意外に弱くて育てたくいがなく、いや、かいがなく悔いた。食いしん坊バンザイが松岡修造で定着して悔い方、いや、食い方に飽きてきて悔いた。
悔いて悔いて、クィン・マンサのプラモデルを悔いながら作った。悔いて悔いて、そもそも、黄伊手はガンダムに興味がないとくづいて、いや気付いて悔いた。悔いて悔いて床を食い入るように見ながら自分の涙をクイックルワイパーで悔いながら悔いて拭いた。悔いて悔いて夢に菊実が出てきて、菊実に「泣かないで」と言われて悔いた。そして、黄伊手は悔いて悔いてもう二度と悔いを残さずに生きようと自分に誓った。
黄伊手はこの後悔の念を晴らすために、自分に何かできないかと考えた。もうこんな思いは、したくないし、させたくないと思った。そして、黄伊手は自殺者自体を減らしたいと考えた。自殺者の最後の砦は命の電話である。
黄伊手は自殺を一人でも減らす為に、電話相談員養成講座に通い、仕事を辞め電話相談員になった。因みに電話相談員はほとんどがボランティアである。
黄伊手の電話相談の日々が始まった。電話が鳴ると、黄伊手はすかさず受話器を取った。黄伊手は悩みを聞いて相談者の悩みを聞き終わり、受話器を置くとまたすぐに電話が鳴る。黄伊手はまたすかさず受話器を取って聞いた。相談者が菊実に被って聞いた。相談者の悩みを聞いたら、菊実の悩みを聞いてるように思えて少し心が楽になるから聞いた。一人聞き終わると、休む間もなく聞いた。聞いて聞いて聞きまくる。悔いる事を聞く事に変えて聞いた。もう自分と同じ思いを他の人に聞いてほしくない、いや、してほしくないから聞いた。聞き疲れても聞いた。聞き疲れて眠くなったら、眠気に聞く、いや、効くコーヒーを飲んで聞いた。夫に「休んだら」と言われても、聞く耳持たず、相談者にだけ聞く耳を持って聞いた。
相談者の悩みを聞いて数年が経ち、「毎日休まず聞いて聞かない日あっただろうか」と思いながら聞いた。黄伊手が妊娠しても聞いて、出産前夜も聞いて聞きまくる。また守る者が出来ても聞きまくる。
自殺したい人を救いたい聞き心で、いや、一心で聞いて聞いて聞きまくる。菊実は救えなかったが誰かを救えたら、菊実を救えた気がして、話を聞きまくる。今も受話器を持って待っている人がいると思うと聞かずにはいられない。話を聞いて、聞きまくる。元気を出させてあげたいが、自分には悩みを聞く事しかできないから悩みを聞いて聞いて聞きまくる。一人でも多くの相談者を救いたいから聞いて聞いて聞きまくって、相談者の悩みを吐き出させながら聞いた。
相談者の涙ながらの声を聞くと自分も涙して、それを隠して話を聞いて聞いて聞きまくる。菊実にまた「泣かないで」と言われないように聞きまくる。黄伊手は息子の笑顔で元気になって、その元気を相談者に分けて聞きまくる。相談者に笑顔なってもらう為に聞きまくる。
相談者が笑顔になったら、天国の菊実が笑顔になってる気がして聞きまくる。
黄伊手は今日も、一人でも命多くの命を救う為に、相談者の悩み聞いて聞いて聞きまくる。悔いを残さず聞きまくる。