東京新聞の社説に「がん粒子線治療」に関する記事が載りました。
どういう意図があるのか正確には判りませんが、この種の流説は時々流布されるので
(まだ推敲中ですが)この際、私のコメントを付し、問題点を整理しておきます。
study2007 2010年1月22日
尚、1月25日朝、東京新聞の問い合わせ先
・東京新聞へのご意見・ご要望 outou1@tokyo-np.co.jp
・Web記事について tdenden@chunichi.co.jp
に下記コメントを送付いたしました。今回はたまたま新聞社の社説でしたが、
このような論じられ方は医療現場のかなり広い範囲にも浸透しており、
常日頃から問題だと感じておりましたので、よい機会と考えます。
今回、数値や文章に整理することで、私自身の理解の矛盾点や曖昧な点も抽出する
事ができましたので、今後も加筆・訂正を続け1患者としての意見集成を継続して
行きたいと思います。ご意見、ご助言など頂ければ幸いです。
study2007 2010年1月25日
ーーーーーーーーーー記事本文。私のコメントを赤字で記載するーーーーーーーーーーーーーー
東京新聞の社説 がん粒子線治療 今からでも適正配置を
2010年1月21日
巨額の建設費を要する、陽子線や重粒子線を使うがん粒子線治療施設の開設が、無秩序に進められてよいのか。患者の利益、地域的な配置、医療水準の向上を考えた全国的なプランがまず必要だ。
陽子線は国立がんセンター東病院(千葉県柏市)、筑波大(茨城県つくば市)など六カ所、重粒子線は放射線医学総合研究所(千葉市)など二カ所で現在、治療が行われている。
また群馬大(前橋市)が本年中にも重粒子線治療を始める。名古屋市は河村たかし市長当選で凍結した陽子線施設建設を、一転継続と決め、二〇一二年度開院を見込む。このほか構想段階や資金集めなど順調でないものを含めると、国内約十カ所で計画がある。
正常細胞を避け、がん細胞をねらい撃ちでき、患者の苦痛や副作用が少ないとされる。放射線医学の専門家が注目するのは当然だろう。だが「夢の治療」と過大な期待をかける前に、慎重な検討が必要ではないか。
まず治療の対象となるがんは転移がなく、患部が何カ所にも分かれず、しかも動かない部位に限られる。頭頸部(けいぶ)のがん、脳腫瘍(しゅよう)、肺がんの一部などである。胃がん、大腸がんは対象外だ。粒子線治療の適用患者が、何人いるかも正確なことはわからない。
→呼吸同期を取ることにより、肺などの動く部位にも粒子線治療は有効です。記事には明らかな事実誤認があります。消化管などの経時変化を指摘するのであれば明確に分けて議論すべきです。
→対象部位は他にも前立腺癌、肝細胞癌、膵癌、子宮癌、骨・軟部腫瘍、直腸・大腸の術後再発癌、悪性黒色腫など、多くの部位に及びます。記事は事実と著しくかけ離れた表現だと考えます。例えば重粒子医科学センター病院のHPhttp://www.nirs.go.jp/hospital/radiant02/radiant02_01a.shtmlをご覧下さい。
→国立がんセンターがん対策情報センターの発表http://ganjoho.jp/public/statistics/pub/statistics01.htmlによれば、例えば2004年に肺癌を発症した人数は約8万人とされています。そのうち約6万人が65歳以上の高齢者です。また、がん研究振興財団http://www.fpcr.or.jp/publication/statistics.htmlの「地域がん登録における5年生存率(1997~99年診断例)」 によると宮城、山形、新潟、福井、大阪、長崎の6府県のがん登録データからの推計ですが肺癌罹患者の約50%が限局、もしくは領域期です。局所制御率が高く低侵襲な粒子線治療は高齢者には特に有益であり、このグループに「医学的適応性」があるとすれば、適用患者数は早期肺癌患者だけに絞っても年間3万人以上と推計できます。
→森田皓三 愛知県がんセンター名誉病院長らの「苦しまないがん治療の実現に向けて」の提言書 www.city.nagoya.jp/_res/usr/16832/teigen.pdfでは愛知県内の重粒子線治療需要を年間2800人と推定しており人口比で換算しますと全国では4.8万人という推計になります。
また名古屋大学医学部の石垣武男氏は中部地区で推定される12万人の癌罹患者に対して重粒子線治療の推定患者数を年間3200人から6600人と推定しておりますwww.antm.or.jp/06koenkai/koenkai02/02_6ishigaki.pdf。全国では約60万人が新たに癌に罹患しますので全国での推定患者数は約5倍の1.6万人から3.3万人となります。ただし、これらは適応性のある患者の10%が治療を行う事を仮定しておりますので適応患者という意味では約16万人から33万人と推定されます。
→これらは医療現場の医師らの推計ですが、あくまでも根治癌を対象とした現在の適応基準に準じており、粒子線治療を何度も受けた患者の私から見ますと、むしろ過小評価に感じます。現状で治療待ち期間により適応を外れるケース、保険適応されていないことで経済的に治療を諦めるケース、これまでは適応除外されているが医学的に照射が有益な転移癌、などを含めると潜在的な需要がさらに高い事は明らかと考えます。日本放射線腫瘍学会(JASTRO)が2005年にまとめた放射線治療に関する定期構造調査http://www.jastro.jp/report/topic/070419.htmlでは年間約20万人が放射線治療を行っており、その半分が粒子線治療を受けるとしても年間需要は10万人近いと見込まれます。
→以上の様に、推計や仮定によりバラツキは有りますが年間需要は適応患者数の僅か10%と仮定しても年間1.6万人から4.8万人、適応患者数はその数倍から10倍と見込まれており、潜在的には10万人から30万人が粒子線治療により利益を得る事が推定されます。年間利用者数が10万人なのか、あるいは30万人なのか?について議論が生じることは予想できますが、その議論を曲解し、粒子線治療施設が10施設から増加するのを批判するのは定量的に不適切です。仮に20施設が稼働し、1施設で年間1000人を受け入れたとしても年間2万人ですので最低限の需要すら賄いきれません。
もしも本当に御社が適応患者数が判らないとすれば、それは患者需要を推計するのが難しいからでは無く、物事を判断する為に必要な最低限の取材や調査を行う能力と意思が欠如しているからに過ぎません。
ほかの放射線療法と陽子線、重粒子線による治療とどちらが有効か、たとえば治療して五年後の生存率を比較したデータも、まだ十分蓄積されていない。
→「5年生存率」は癌の治療効果を個別に計る指標としては不適切と考えます。少なくとも現在では集学的治療を行うのが一般的であり、かつ分子標的剤の奏効の程度により生存期間の分布は患者毎に年単位でばらつく様になってきました。もしも科学的な評価を望むのであれば、個々の患者が一時期受けた治療の効果を推定する指標として1~5年間の局所制御率と有害事象のグレードを併せ考えるべきと思います。
→重粒子線治療の有効性を示す一例として辻井博彦氏の報告書http://www.nirs.go.jp/hospital/result/index.shtmlを挙げます。この中では各プロトコルに対する3年局所制御率、症例数などが明記されています。それぞれの癌種において安全性と効果の確認を行う第I/II相臨床試験に必要な症例数(例えば最適化2段階デザインにおける閾値反応率を60%、期待反応率を80%、真の効果を見逃してしまう第二種の過誤を犯す率を10%以下とデザインした場合、2段階の合計で53例)は概略確保されており先進医療に移行する際の根拠となっています。またこれらの結果、明らかに治療効果のある技術が医療に寄与するのを優先する人道上の見地から、第III相試験は省略されております。記事の指摘はこれらの経緯と事実関係を踏まえておらず合理性に欠けます。
→尚、対象となる治療(例えば従来の放射線治療)との比較を行う第III相臨床試験では一般的に、観測された効果(差)が偶然である確率が5%以下になる様に、また真の治療効果が統計的に得られる期待値が90%以上になるようにデザインされます。例えば旧来型のリニアックの3年制御率が50%で、重粒子がそれより10%優れている事を示す為には約500例程度が必要とされています。放射線治療は多数の癌腫、部位について細かくプロトコルが分かれており、それぞれのプロトコルについて500例の症例を集める為にはこれまでの数倍、つまり1万5000例~2万例の治療経験が必要になります。今後年間500例ずつデータを収集しても放医研単独では30年から40年を要することになります。
真に患者の利益と医学の進展を望むならば、先駆的な技術を合理的でない理由により40年間も飼い殺しにするのは問題があると言えます。むしろ早期に20施設程度を立ち上げ、2~3年で3万症例程度のデータを蓄積し更なる発展につなげるのが患者と国民の利益という観点で建設的な考え方だと思います。記事の御主張は定量性に欠け、かつ報道機関としての見識が疑われるものだと考えます。
粒子線治療の中核部分は現在、健康保険は適用されない。最高三百万円の治療費は全額、患者の自己負担である。当然、収入の格差が医療の格差を生み出す。健康保険の適用を促すためには、まず症例ごとに治療の有効性が実証できる資料を、多く積み重ねる必要がある。
→例えば重粒子線治療の有効性が既に確認されている事は再三申し上げました。現在保険適応されない理由は「施設数が少ない事による偏在性」とされています。記事では治療の有効性が実証できる資料が乏しいとの科学的に誤った印象を与える記述になっており不適切です。
→収入格差が医療格差に繋がっているのは、こういった事実誤認もしくは医学的・科学的根拠にもとづかない健康保険承認のあり方に原因があると考えます。記事では、新規抗癌剤などでも度々問題視される健康保険の適応性審査に関する諸問題、さらには実質的に適応を遅らす圧力になっている医療費の非効率性や無駄に目を向けず、誤解による理由付けだけに終始しており不見識かつ稚拙だと考えます。
→また、大腸癌骨盤転移、進行性骨転移など、従来なら極めて侵襲性の高い手術か、あるいは緩和的なX線リニアックによる放射線照射しか出来なかった症例にも粒子線であれば根治的な治療が可能です。これらは今後益々必要性が高まる分野であると同時に、従来型の照射装置では治療そのものが不可能だった訳ですから、文字通り比較にならない程の有用性があります。
既存の施設は、福島県から兵庫県までの本州中心部に偏る。これまで期待だけが先行し、半ば無秩序に施設の建設を競い合う結果になったといえないだろうか。
→例えば指宿メディポリスでも陽子線が稼働予定です。そもそも既存施設はまだ非常に少なく、その分布構造から何らかの傾向、恣意、あるいは誰かの監督責任を指摘するには飛躍があり過ぎます。
今からでも国、自治体、放射線医をはじめがん治療の関係者が協議を進め、患者の需要と確保できる医療従事者の数、提供できる医療水準を考慮し、地域ごとの粒子線治療施設再配置のプランを策定すべきである。その上で症例のデータを増やしたい。
→繰り返し述べてきましたが有効性を証明する症例データは既にあります。現在は先行機を20台程度配備し、より詳細で広範な治療データの蓄積と量産機へのフィードバックが求められている段階にあります。記事は事実誤認と論理矛盾が並べられているだけで何ら有効な示唆を含んでいません。さらに具体的・定量的な調査、評価、提案も無く、事実誤認を流布しているに過ぎません。記事では繰り返しデータについて言及されておりますが、各開発段階における意志決定に必要な収集データ数について、もしも定量的なご見解があればご呈示下さい。それら具体的な裏付けも根拠も無いまま、想像だけで意見を述べているのだとすれば、記事執筆者及び関係者には真摯に反省頂きたく存じます。
→例えば粒子線装置の普及には先ずビーム核種の選定が必要と考えます。これは粒子線医療に従事する医療関係者と原子核物理の研究者、及び治療経験のある患者などを入れた小委員会で決定すべき技術的事項です。
並行して粒子線治療装置に投入できる医療費の総額を決定する必要があります。これは医療体系全てを見直し科学的・医学的に検討する必要があり最も難しい課題です。私見ですが国内の叡智だけでは解が見つけられないと感じており、例えばドイツの医学界から20~30人の専門委員を推薦してもらい協力を仰ぐ必要があると思っています。現状で医療行政は各圧力団体の意向で決定される政治的事項になっていますが、本来は医学的・科学的事項ですので適正化が必要と考えます。
粒子線源と総予算が決まれば施設数と建設場所は自動的に決まる統計的事項です。人口分布と癌の罹患率のデータから統計的、機械的に決定できます。決して政治家や医師会、産業界の意向は入れるべきでは無いと考えます。先ず全国のがんセンターに配分し、次に癌拠点病院もしくは中核の大学病院です。地域内の拠点病院間で引っ張り合いが生じた際は当該病院の医師と技師だけで相談し決定すべきです。
人の生命を預かる治療施設が、新たな“箱物”の公共事業になることはあってはならない。
→記事でも見られるような非科学的で無責任なマスコミの姿勢もこれまでの非効率な医療行政を許した一因だったと考えます。既に存在する臨床データを意図的に無視したり、科学的根拠にもとづかない議論をエンドポイントも想定せず継続することは、有効な医療技術の普及を不当に妨げている公害の1つであり、本記事もその典型例と考えます。
→粒子線が普及するまでの期間、効果に乏しい旧技術に従事するメーカー、病院、医師、技師等は既得権益を享受し続ける事になります。事実関係を無視し、何ら必要な取材を行うことなく、矛盾を重ね続けた本記事の意図がこれら「古いハコ物」の保護であるとすれば、有効な治療を待ち望む癌患者、技術集積に寄与してきた医療・研究者、ひいては研究費を負担し将来的に粒子線治療の恩恵を受ける権利を有する国民の利益を著しく損なうものとご理解下さい。
どういう意図があるのか正確には判りませんが、この種の流説は時々流布されるので
(まだ推敲中ですが)この際、私のコメントを付し、問題点を整理しておきます。
study2007 2010年1月22日
尚、1月25日朝、東京新聞の問い合わせ先
・東京新聞へのご意見・ご要望 outou1@tokyo-np.co.jp
・Web記事について tdenden@chunichi.co.jp
に下記コメントを送付いたしました。今回はたまたま新聞社の社説でしたが、
このような論じられ方は医療現場のかなり広い範囲にも浸透しており、
常日頃から問題だと感じておりましたので、よい機会と考えます。
今回、数値や文章に整理することで、私自身の理解の矛盾点や曖昧な点も抽出する
事ができましたので、今後も加筆・訂正を続け1患者としての意見集成を継続して
行きたいと思います。ご意見、ご助言など頂ければ幸いです。
study2007 2010年1月25日
ーーーーーーーーーー記事本文。私のコメントを赤字で記載するーーーーーーーーーーーーーー
東京新聞の社説 がん粒子線治療 今からでも適正配置を
2010年1月21日
巨額の建設費を要する、陽子線や重粒子線を使うがん粒子線治療施設の開設が、無秩序に進められてよいのか。患者の利益、地域的な配置、医療水準の向上を考えた全国的なプランがまず必要だ。
陽子線は国立がんセンター東病院(千葉県柏市)、筑波大(茨城県つくば市)など六カ所、重粒子線は放射線医学総合研究所(千葉市)など二カ所で現在、治療が行われている。
また群馬大(前橋市)が本年中にも重粒子線治療を始める。名古屋市は河村たかし市長当選で凍結した陽子線施設建設を、一転継続と決め、二〇一二年度開院を見込む。このほか構想段階や資金集めなど順調でないものを含めると、国内約十カ所で計画がある。
正常細胞を避け、がん細胞をねらい撃ちでき、患者の苦痛や副作用が少ないとされる。放射線医学の専門家が注目するのは当然だろう。だが「夢の治療」と過大な期待をかける前に、慎重な検討が必要ではないか。
まず治療の対象となるがんは転移がなく、患部が何カ所にも分かれず、しかも動かない部位に限られる。頭頸部(けいぶ)のがん、脳腫瘍(しゅよう)、肺がんの一部などである。胃がん、大腸がんは対象外だ。粒子線治療の適用患者が、何人いるかも正確なことはわからない。
→呼吸同期を取ることにより、肺などの動く部位にも粒子線治療は有効です。記事には明らかな事実誤認があります。消化管などの経時変化を指摘するのであれば明確に分けて議論すべきです。
→対象部位は他にも前立腺癌、肝細胞癌、膵癌、子宮癌、骨・軟部腫瘍、直腸・大腸の術後再発癌、悪性黒色腫など、多くの部位に及びます。記事は事実と著しくかけ離れた表現だと考えます。例えば重粒子医科学センター病院のHPhttp://www.nirs.go.jp/hospital/radiant02/radiant02_01a.shtmlをご覧下さい。
→国立がんセンターがん対策情報センターの発表http://ganjoho.jp/public/statistics/pub/statistics01.htmlによれば、例えば2004年に肺癌を発症した人数は約8万人とされています。そのうち約6万人が65歳以上の高齢者です。また、がん研究振興財団http://www.fpcr.or.jp/publication/statistics.htmlの「地域がん登録における5年生存率(1997~99年診断例)」 によると宮城、山形、新潟、福井、大阪、長崎の6府県のがん登録データからの推計ですが肺癌罹患者の約50%が限局、もしくは領域期です。局所制御率が高く低侵襲な粒子線治療は高齢者には特に有益であり、このグループに「医学的適応性」があるとすれば、適用患者数は早期肺癌患者だけに絞っても年間3万人以上と推計できます。
→森田皓三 愛知県がんセンター名誉病院長らの「苦しまないがん治療の実現に向けて」の提言書 www.city.nagoya.jp/_res/usr/16832/teigen.pdfでは愛知県内の重粒子線治療需要を年間2800人と推定しており人口比で換算しますと全国では4.8万人という推計になります。
また名古屋大学医学部の石垣武男氏は中部地区で推定される12万人の癌罹患者に対して重粒子線治療の推定患者数を年間3200人から6600人と推定しておりますwww.antm.or.jp/06koenkai/koenkai02/02_6ishigaki.pdf。全国では約60万人が新たに癌に罹患しますので全国での推定患者数は約5倍の1.6万人から3.3万人となります。ただし、これらは適応性のある患者の10%が治療を行う事を仮定しておりますので適応患者という意味では約16万人から33万人と推定されます。
→これらは医療現場の医師らの推計ですが、あくまでも根治癌を対象とした現在の適応基準に準じており、粒子線治療を何度も受けた患者の私から見ますと、むしろ過小評価に感じます。現状で治療待ち期間により適応を外れるケース、保険適応されていないことで経済的に治療を諦めるケース、これまでは適応除外されているが医学的に照射が有益な転移癌、などを含めると潜在的な需要がさらに高い事は明らかと考えます。日本放射線腫瘍学会(JASTRO)が2005年にまとめた放射線治療に関する定期構造調査http://www.jastro.jp/report/topic/070419.htmlでは年間約20万人が放射線治療を行っており、その半分が粒子線治療を受けるとしても年間需要は10万人近いと見込まれます。
→以上の様に、推計や仮定によりバラツキは有りますが年間需要は適応患者数の僅か10%と仮定しても年間1.6万人から4.8万人、適応患者数はその数倍から10倍と見込まれており、潜在的には10万人から30万人が粒子線治療により利益を得る事が推定されます。年間利用者数が10万人なのか、あるいは30万人なのか?について議論が生じることは予想できますが、その議論を曲解し、粒子線治療施設が10施設から増加するのを批判するのは定量的に不適切です。仮に20施設が稼働し、1施設で年間1000人を受け入れたとしても年間2万人ですので最低限の需要すら賄いきれません。
もしも本当に御社が適応患者数が判らないとすれば、それは患者需要を推計するのが難しいからでは無く、物事を判断する為に必要な最低限の取材や調査を行う能力と意思が欠如しているからに過ぎません。
ほかの放射線療法と陽子線、重粒子線による治療とどちらが有効か、たとえば治療して五年後の生存率を比較したデータも、まだ十分蓄積されていない。
→「5年生存率」は癌の治療効果を個別に計る指標としては不適切と考えます。少なくとも現在では集学的治療を行うのが一般的であり、かつ分子標的剤の奏効の程度により生存期間の分布は患者毎に年単位でばらつく様になってきました。もしも科学的な評価を望むのであれば、個々の患者が一時期受けた治療の効果を推定する指標として1~5年間の局所制御率と有害事象のグレードを併せ考えるべきと思います。
→重粒子線治療の有効性を示す一例として辻井博彦氏の報告書http://www.nirs.go.jp/hospital/result/index.shtmlを挙げます。この中では各プロトコルに対する3年局所制御率、症例数などが明記されています。それぞれの癌種において安全性と効果の確認を行う第I/II相臨床試験に必要な症例数(例えば最適化2段階デザインにおける閾値反応率を60%、期待反応率を80%、真の効果を見逃してしまう第二種の過誤を犯す率を10%以下とデザインした場合、2段階の合計で53例)は概略確保されており先進医療に移行する際の根拠となっています。またこれらの結果、明らかに治療効果のある技術が医療に寄与するのを優先する人道上の見地から、第III相試験は省略されております。記事の指摘はこれらの経緯と事実関係を踏まえておらず合理性に欠けます。
→尚、対象となる治療(例えば従来の放射線治療)との比較を行う第III相臨床試験では一般的に、観測された効果(差)が偶然である確率が5%以下になる様に、また真の治療効果が統計的に得られる期待値が90%以上になるようにデザインされます。例えば旧来型のリニアックの3年制御率が50%で、重粒子がそれより10%優れている事を示す為には約500例程度が必要とされています。放射線治療は多数の癌腫、部位について細かくプロトコルが分かれており、それぞれのプロトコルについて500例の症例を集める為にはこれまでの数倍、つまり1万5000例~2万例の治療経験が必要になります。今後年間500例ずつデータを収集しても放医研単独では30年から40年を要することになります。
真に患者の利益と医学の進展を望むならば、先駆的な技術を合理的でない理由により40年間も飼い殺しにするのは問題があると言えます。むしろ早期に20施設程度を立ち上げ、2~3年で3万症例程度のデータを蓄積し更なる発展につなげるのが患者と国民の利益という観点で建設的な考え方だと思います。記事の御主張は定量性に欠け、かつ報道機関としての見識が疑われるものだと考えます。
粒子線治療の中核部分は現在、健康保険は適用されない。最高三百万円の治療費は全額、患者の自己負担である。当然、収入の格差が医療の格差を生み出す。健康保険の適用を促すためには、まず症例ごとに治療の有効性が実証できる資料を、多く積み重ねる必要がある。
→例えば重粒子線治療の有効性が既に確認されている事は再三申し上げました。現在保険適応されない理由は「施設数が少ない事による偏在性」とされています。記事では治療の有効性が実証できる資料が乏しいとの科学的に誤った印象を与える記述になっており不適切です。
→収入格差が医療格差に繋がっているのは、こういった事実誤認もしくは医学的・科学的根拠にもとづかない健康保険承認のあり方に原因があると考えます。記事では、新規抗癌剤などでも度々問題視される健康保険の適応性審査に関する諸問題、さらには実質的に適応を遅らす圧力になっている医療費の非効率性や無駄に目を向けず、誤解による理由付けだけに終始しており不見識かつ稚拙だと考えます。
→また、大腸癌骨盤転移、進行性骨転移など、従来なら極めて侵襲性の高い手術か、あるいは緩和的なX線リニアックによる放射線照射しか出来なかった症例にも粒子線であれば根治的な治療が可能です。これらは今後益々必要性が高まる分野であると同時に、従来型の照射装置では治療そのものが不可能だった訳ですから、文字通り比較にならない程の有用性があります。
既存の施設は、福島県から兵庫県までの本州中心部に偏る。これまで期待だけが先行し、半ば無秩序に施設の建設を競い合う結果になったといえないだろうか。
→例えば指宿メディポリスでも陽子線が稼働予定です。そもそも既存施設はまだ非常に少なく、その分布構造から何らかの傾向、恣意、あるいは誰かの監督責任を指摘するには飛躍があり過ぎます。
今からでも国、自治体、放射線医をはじめがん治療の関係者が協議を進め、患者の需要と確保できる医療従事者の数、提供できる医療水準を考慮し、地域ごとの粒子線治療施設再配置のプランを策定すべきである。その上で症例のデータを増やしたい。
→繰り返し述べてきましたが有効性を証明する症例データは既にあります。現在は先行機を20台程度配備し、より詳細で広範な治療データの蓄積と量産機へのフィードバックが求められている段階にあります。記事は事実誤認と論理矛盾が並べられているだけで何ら有効な示唆を含んでいません。さらに具体的・定量的な調査、評価、提案も無く、事実誤認を流布しているに過ぎません。記事では繰り返しデータについて言及されておりますが、各開発段階における意志決定に必要な収集データ数について、もしも定量的なご見解があればご呈示下さい。それら具体的な裏付けも根拠も無いまま、想像だけで意見を述べているのだとすれば、記事執筆者及び関係者には真摯に反省頂きたく存じます。
→例えば粒子線装置の普及には先ずビーム核種の選定が必要と考えます。これは粒子線医療に従事する医療関係者と原子核物理の研究者、及び治療経験のある患者などを入れた小委員会で決定すべき技術的事項です。
並行して粒子線治療装置に投入できる医療費の総額を決定する必要があります。これは医療体系全てを見直し科学的・医学的に検討する必要があり最も難しい課題です。私見ですが国内の叡智だけでは解が見つけられないと感じており、例えばドイツの医学界から20~30人の専門委員を推薦してもらい協力を仰ぐ必要があると思っています。現状で医療行政は各圧力団体の意向で決定される政治的事項になっていますが、本来は医学的・科学的事項ですので適正化が必要と考えます。
粒子線源と総予算が決まれば施設数と建設場所は自動的に決まる統計的事項です。人口分布と癌の罹患率のデータから統計的、機械的に決定できます。決して政治家や医師会、産業界の意向は入れるべきでは無いと考えます。先ず全国のがんセンターに配分し、次に癌拠点病院もしくは中核の大学病院です。地域内の拠点病院間で引っ張り合いが生じた際は当該病院の医師と技師だけで相談し決定すべきです。
人の生命を預かる治療施設が、新たな“箱物”の公共事業になることはあってはならない。
→記事でも見られるような非科学的で無責任なマスコミの姿勢もこれまでの非効率な医療行政を許した一因だったと考えます。既に存在する臨床データを意図的に無視したり、科学的根拠にもとづかない議論をエンドポイントも想定せず継続することは、有効な医療技術の普及を不当に妨げている公害の1つであり、本記事もその典型例と考えます。
→粒子線が普及するまでの期間、効果に乏しい旧技術に従事するメーカー、病院、医師、技師等は既得権益を享受し続ける事になります。事実関係を無視し、何ら必要な取材を行うことなく、矛盾を重ね続けた本記事の意図がこれら「古いハコ物」の保護であるとすれば、有効な治療を待ち望む癌患者、技術集積に寄与してきた医療・研究者、ひいては研究費を負担し将来的に粒子線治療の恩恵を受ける権利を有する国民の利益を著しく損なうものとご理解下さい。