今僕は、どうやったら英単語を効率よく、楽しく覚えられるのだろうかと考えているわけですが、こういう話をすると決まって言われるのが、「AIのおかげで英語を勉強する必要がなくなるから、英語を効率良く覚えようとする人はいなくなる」という意見です。しかし、僕の見解では「英語学習に意欲を燃やす人は増える」と考えてます。
これには大きく2つの理由があると思っていて、その一つ目はAI技術の問題点です。
AIにコミュニケーションを任せられない
おそらく、英語学習の不要説を唱える人は「機械翻訳の精度が上がっている」こと等を事実として挙げるのではないでしょうか。
これらは事実として正しいですが、「機械翻訳の精度が上がっている」イコール「英語学習の必要性が減る」わけではないです。
要は、「機械翻訳の精度は上がっていても、正確ではない」ことが問題なのです。
英語は言語であり、単なるコミュニケーションツールです。しかし、様々な国の人同士が仕事をする上で、最も問題となるのが、このコミュニケーションによる齟齬です。
例えば、「私は香川と高知に行った」「みきちゃんと宿題をした」という日本語を英語に訳す時、2通りの解釈があります。
香川(県)と高知に行ったのか?
香川(君)と高知に行ったのか?
みきちゃんと(一緒に)宿題をしたのか?
みき、ちゃんと(しっかり)宿題をしたのか?
こういった簡単な文でさえ、伝わる内容がズレてしまう可能性を秘めています。
こういうと、「AIは賢いから前後の文脈から適切な訳をしてくれる」という人がいますが、AIは別に賢くはないです。
AIがやっているのは数学であり、統計的にAという単語はBという単語と組み合わせられることが多いから・・・みたいな感じで、音から単語を導き出してるんですね。要は確率的な話になるので、間違う可能性もあるってことです。決められたことしか出来ません。
様々な国の人と協働し大きなお金が動くプロジェクトで、意思伝達がうまくいかない可能性のある機械に、コミュニケーションを任せられるでしょうか?
そのリスクを被るぐらいなら翻訳家を雇うし、可能なら人件費削減にもなる日本語と英語を堪能な自分の会社の人材を確保したいと思うのが、多くの企業の判断ではないかと思います。
「英語学習に対する意欲を燃やす人が増える」と考える理由の二つ目が「英語を勉強する目的」の違いです。
ネガティブな目的からポジティブな目的へ
英語を勉強する目的って人それぞれですが、多くの人は学校で強要されたことが始まりじゃないかなーと思います。
いい大学に入るためとか、将来のためとかの理由で英語学習を強いられてきたんだけど、今後は自分の意思で英語を勉強したいって人が増えると思うんです。
それはSNS等で簡単に海外の人とコミュニケーションが取れたり、グローバル化の影響で日本にいながら多くの外国人と関わる機会が増えたからです。
今って優れた商品やサービスって溢れてて、どこにいっても同じ価格帯で同レベルの商品やサービスを受けることができます。
そうなると、「モノ消費からコト消費」に消費者の傾向が流れたように、“体験”に重きが置かれるようになります。
だとすると英語でコミュニケーションをするっていう体験自体に人は価値を感じ出すわけです。
もし仲のいい友人が横で外国人と英語で話してたら、いいなぁとか思いませんか?
目的は意思疎通することではなく、同じ内容・同じタイミングで楽しいと感じたり、面白いと感じる時間を共有すること。
自分の努力が報われる瞬間とか、言葉が通じた時の感動は機械では代替できないです。
以上の理由から英語学習の需要は増えると思ってるんですが、まぁ僕は専門家ではないのでどうなるかは分かりません。
ただ、人には感情が備わっていて、翻訳された機械音によってその感情が動かされるのって滅多にないんじゃないかなーと。
話し手は支離滅裂に話してても、想いがあれば聞き手に感動を届けることってできると思うし、そっちの方が論理的に話すよりずっと大事だと思うんすよね。
まぁうだうだ言いましたが、英単語暗記に悩む人たちの力になるため、そんな人に役立てる人間になるため頑張ります!!
