休暇中、教えてもらったハーブティーの専門店に行ってみることにした。

初めてのお店って緊張する・・・

そんなことを考えていたら、間宮彩華が店から出てきた。

私に気づかないふりをしているのか、目を合わすこともなく無言ですれ違った。

 

その直後、間宮さんと一緒に出てきた男性が話しかけてきた。

 

『うたちゃん、小堤(こづづみ)うたちゃんだよね』

 

私を知っているようだが、誰だか分からない・・・

 

『隣に住んでた、楓(かえで)だよ』

 

幼馴染との再会は嬉しかったが、仲良しだと思っていた間宮さんの態度がよそよそしく、会社とのギャップに複雑な気持ちになった。

 

 

その夜、『今度、会って話をしよう』 と楓から携帯にメッセージの着信があった。

 

間宮さんは、楓と私が二人っきりで会うことをどう思うだろう・・・

色々考えはしたものの、結局約束をした。

 

 

楓は、小学4年生まで隣に住んでいた同い年の幼馴染で、親が離婚することになり、母親の実家に住むことになった。

 

彼が引っ越しと転校をして1ヵ月くらい経った頃、手紙が届いた。

『新しい友達もできたし、先生からも褒められた。引っ越し先でも楽しくしている』 と書いてあった。

 

返事を書いたが、楓からの手紙は来なかった。

新しい学校で楽しくしているようだから、私のことは、もうどうでもよくなったんだろうと寂しく思ったが、時が過ぎるにつれ、楓のことは忘れてしまっていた。

 

 

 

水曜日15時にハーブティーのお店の前で待ち合わせた。10分前に着いたのに、楓はもう待っていた。

 

「ごめんね、待った?」

 

『大丈夫だよ、今来たとこだから』

『それより、今日の予定は、もう決めてるから 行こっか』

 

楓が連れて来てくれたのは、生クリームたっぷりのシフォンケーキが美味しそうだから、行ってみたいと間宮さんと話していたカフェだった。

 

楓は、救急救命士であの日は、夜勤明けのデート中だった。

 

長い間会っていないのに、私だと気がついたのは、住田さんが脚立から落下した日、救急車で駆けつけた隊員だったからで、そのとき私の名札を見て気になっていたのだとか。

 

店の前で見かけたときは、今声をかけないともう会えないような気がしたからだと言った。

 

小さな不動産会社の事務員で恋人とも別れたばかりの私には、楓が凄く遠い存在に思えた。

 

 

『行くよ、時間がないから早く』

楓が、お会計の伝票を持って立ち上がった。

 

さっきから時計ばかり見ているのは気づいていたが、もう少し話がしたかったので、敢えて何も言わなかったのに・・・

 

残っている紅茶を急いで飲んで楓を追いかけた。

 

デパートの特設会場の水族館・・・

 

『小学校の遠足で水族館に行ったことあったでしょ、うたちゃん、すっごく楽しそうだったから』

 

規模は小さいが、クラゲの水槽は幻想的な異空間で、まるで自分も海を漂っているような錯覚を起こした。

このまま、ここに居たい・・・

 

 

辺りが薄暗くなると、楽しい時間は終わるんだな・・・

 

街頭に明かりが灯り始め、どこからともなく いい匂いがしてくる。

家に帰ると、お母さんが夕飯を作っている。

誰かが待ってくれていることが当たり前だった子供の頃を駅に向かいながら思い出した。

 

『そうだ、家に来ない?もう少し話しもしたいし、夕飯作るよ』

 

楓がどんな生活をしているのか興味はあるが、間宮さんのことを考えると「うん」 とは言えない。

 

『幼馴染なんだから、大丈夫だよ』

それは、罪悪感を消し去る魔法の言葉だった。

 

電車で4つ目の駅、歩いて8分程のところにある築20年くらいのアパートの二階が楓の部屋のようだ。

集合ポストの201号に名前が書いてある。

 

中に入ると、綺麗に整理整頓されていて生活臭を全く感じない。

 

「綺麗にしてるんだね」

 

『交代勤務だから、家に居る時間が少ないからね』

 

『そんなことより、今朝仕込んでおいた豚肉、これから焼き豚にするよ』

豚肉はビタミンB1が多く含まれてるから疲労回復には優秀な食材なんだと、豆知識を語る楓と実家の母が重なってみえた。

 

楓は料理をあまりしないのだろうか、お世辞にも包丁の使い方が上手とは言えない。

このままだと夜食になりそうなので、手伝うことにした。

 

二人で作っても二倍の速さにはならなかったが、なんとか夕飯と言われる時間には間に合った。

 

食事をしながら、思い出話になった。

 

『うたちゃんって、音痴をからかわれてたよね』

 

クラスの誰かが突然、私のことを音痴だと言い始め、あれほど歌うことが好きだったのに周りの目を気にして人前で歌えなくなった嫌な過去だ。

 

 

「蛙のお墓、憶えてる?」

お母さんのサンダルを履いて急いで庭にでたら、転びそうになって蛙を踏みつけて死んじゃったって、大泣きしててたら一緒に蛙のお墓を作ってくれたこと。

 

「憶えてないの?」

落ち込んでる私に、これで蛙さん天国に行ってまた生まれ変われるから大丈夫って楓が言ってくれたから救われたのに。

 

 

「そうだ、赤いクマのぬいぐるみ、持ってなかった?」

 

『お婆ちゃんが寂しくないようにって買ってくれたんだよ』

 

なんだろう、喉まで出かかってるのに、思い出せないことがある・・・

 

『もう9時だよ、そろそろ帰る?』

 

帰ってほしいのかな・・・

 

『また連絡するよ』

 

駅まで送ってくれてもいいのに・・・

 

 

電車で携帯を開くと、母から一度帰ってくるようにと連絡がきていた。

事故のことがテレビのニュースにもなっていたし事故現場に居合わせ、警察で事情聴取を受けたことを母には話していたから心配しているみたいだ。

 

そんなに遠いわけでもないのに、特に用事もなかったから長いこと帰ってなかったな・・・

明日の予定が決まった。

 

To be continued....