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STUDIO VERKの作曲家が綴る随筆的ブログ

せっかく話題になっているので、今回はJASRACの音楽教室に対しての提唱について、私見を述べたいと思います。

 

 

報道されている内容をおおまかに整理すると、

「JASRACは音楽教室(学校ではない。いわゆる「習い事」ね)に対して、演奏権を行使しているとしてレッスン料の2.5%を徴収する方針」だそうです。

ほうほう。なるほど。

 

まず各メディアの論調や芸能人、特定の音楽家、音楽教室の講師などの反論を見ていて思うのは、感情論ばっかで全然建設的じゃねーなーということ。

芸能人や各メディアがそうなってしまうのはもはやお決まりなのでわからんでもないですが(いや、わからんが笑)、音楽家や音楽教室の側の反論が感情で支配されているのはまずいでしょう。

 

感情的反論には、例えばこういうものがあります。

「教育にお金を持ち込むな」「文化的貢献をしているので免除するべき」「先生は生徒に演奏を聞かせているわけじゃない」…などなど、てんでお話にならない主張がほとんどです。

それにまた油を注いだのが、宇多田ヒカルのツイートです。

 

以下原文ママ

「もし学校の授業で私の曲を使いたいっていう先生や生徒がいたら、著作権料なんか気にしないで無料で使って欲しいな」

 

まず、今回の件に「学校」は関係ありません。

あくまで「音楽教室」の話なので、もしこのツイートだけを見てJASRAC自体を批判している方がいるとしたら、もう根っこが違います。

そして、もし宇多田ヒカルが「学校」を「音楽教室」として書いていたとしても、これはおかしな話なんです。

 

というのは、JASRACは、「著作権者から業務委託があった楽曲の著作権料を法律に則って徴収する一般社団法人」だからです。

要するに、楽曲を制作したその瞬間からその著作権を有している著作権者が、自分では到底著作権料を回収できないので、代わりにその徴収をお願いしている団体である、ということです。

 

で、宇多田ヒカルももちろん、その徴収をJASRACにお願いしているわけです。

 

ですから、本当に彼女の主張通り「著作権料を気にせず無料で使ってほしい」のであれば、もともと著作権ごと売り渡してしまうか、自分で個別に契約を結んでしまえば良いのです(現にウチの作曲事務所はそうしています。もちろん経済理念で動いて、のことですが)。それをせずに、都合のいいところは認めてそうでないところは批判する、というのはダブル・スタンダードでしょう。

 

ちなみに、誤解されないように言っておくと、僕は今回のJASRACはやり過ぎなんじゃないかと思っています。

ただ、JASRACへの批判の仕方があまりにも幼稚なので、それは建設的ではないだろうと思っているのです。

宇多田ヒカルももちろん、あれだけの有名なミュージシャンが著作権を売り渡す、なんてことはよっぽどのことがなければ(以前の小室哲哉のような)ないし、個人の意思では難しいということはわかっていますが、それを差し引いても、ちょっと批判の角度がおかしい。

 

 

じゃあ、どういう議論が必要かと考えているかというと、今回の件、重要なのは「著作権法の22条に定めてある演奏権を音楽教室内の講師が行使(ん??まいいや笑)しているとみなされるかどうか」ということかなと思います。

 

演奏権を行使しているとみなす場合、音楽教室の生徒を「公衆」とみなさなければなりません。

おそらくここが、一般的な感情だと一番抵抗を覚えるところかなと思います。

ただ調べてみたところ、司法的に生徒を「公衆」とみなさない、ということもなかなかに難しいようです。

簡単に書くと、音楽教室の生徒を「公衆」とみなすにはその定義を「特定少数」としなければならないようなのですが、各種判例から見て生徒は「不特定少数」「不特定多数」にならざるを得ないのではないか、ということです(なぜ生徒が「不特定」になるかというと、誰でも希望さえすれば生徒になることができるからです)。

 

むむむ…という感じですが、もしかしたら裁判になった場合、音楽教室側(音楽教育を守る会、というものが発足しているようです)が不利かもしれませんね。

 

 

で、もし徴収するとなった場合の「レッスン料の2.5%」というのも、少し高過ぎる気がします。

なので、その率を下げるために議論をするのは、大いに意味のあることかと思います。

 

 

そもそも、これほど沢山の楽曲制作ソフトが溢れ、自分で楽曲制作することが簡単になった時代に、民間の団体であるJASRACだけがその業務を代行する、というところに無理があるわけです。

全部カバーできるわけがないので、「取れるところから取ろう」となってしまうのも致し方ないのかもしれません。

 

ただその対象が今回「音楽教室」になってしまったことは、ちょっとなぁ、という感はありますね。

 

それもあって、僕は個人的に今回の件、裁判になって大きな動きになればいいと思います。

グレーゾーンが多いなら、新しく法律作っちゃえばいいわけです。

日本の法律上、公立、私立の学校を問わず、音楽の授業では著作権料は発生してないんだから、同じように「音楽教室」についても何かしら決めたらいいんじゃないの?

生徒の人数で決めるとかさ。

 

 

まぁあとちょっと最後に書いておくと、日本人(嘆かわしいことに、日本人の数多くの「音楽家」も含めて)の中に著作権をきちんと権利として認識できている人が少なすぎる、ということは自分が作曲家として活動している今、痛烈に感じることではあります。

 

単純に、芸術にお金の話を持ち込まない、という感覚は、芸術を崇高なものの様に扱う一方でその発展を妨げる大きな要因になっている、ということなのですが、今回の幼稚な反論の多くでそれがまた露呈した形になっている、そしてそのことに気付いていない方々が数多くいらっしゃるのは、非常に残念なことですね。

 

 

森元勇司