甲府のCotton Clubで、古楽コンクール開催中に演奏させて頂きました。
お店はとっても素敵なJazz Clubで、マスター、関係者の方もリハから熱心に聴いてくださり、私とマチルドもこの会場の持っているパワーにわくわくしました。
 長年いつか演奏したい、と思っていたドゥシェックのクラヴサン曲『マリー・アントワネットの死』も今回プログラムに入れる機会ができました。マチルドのパントマイムと、紙芝居形式で題名を出すアイディアでしたが、『題名見えませんでした!』とお声を頂きました。
こちらに掲載させて頂きますので、どうぞご覧ください。

ヤン・ラディスラフ・ドゥシェック、クラヴサン曲『マリー・アントワネットの死』
1.マリー・アントワネットの投獄
2.過去の栄光についてのマリー・アントワネットの考察
3.子供たちと引き離されるマリー・アントワネット
4.マリー・アントワネットに対して死の宣告が読み上げられる
5.死刑前夜、マリー・アントワネットの状況と考察
6.衛兵たちが近づき、処刑場広場にマリー・アントワネットを連れ出そうと、監獄に入ってくる
7.行進
8.人々のどよめき
9.死に先立つ瞬間、マリー・アントワネットは至高の神の加護を祈る。ギロチンの音
10.フィナーレ

1793年、10月16日、午前4時

革命裁判所のメンバーによって、マリー・アントワネットにギロチン刑の宣告が下される。

マリー・アントワネットは最後の手紙に次のように書いている。

「息子が父親の最後の言葉を決して忘れることがありませんように。そのために、私はあの子の父親の言葉をことさらに繰り返し聞かせてきたのだから。そう、私たちが死んだことの復讐を決してすることのないようにと。」

革命広場、正午を15分過ぎたところで、

10カ月前に夫ルイ16世がギロチン刑を受けたあの広場で、

マリー・アントワネットは処刑された。

死刑執行人サンソンがマリー・アントワネットの首を人民に示すと、

叫び声が響きわたった。

「共和国万歳!」
(フィナーレ以降の文は、原曲にはありません。)

[訳:秋山伸子]




5月3日19時より、同じプログラムで東京公演がございます。
まだ少しお席がございますので、ぜひご覧ください。
 
予約・お問い合わせ:ciedetrianon@music.email.ne.jp 090-9332-0188 (同事務局)