"Ditto" ~another story~ Episode 003
この小説はSTUDIO TKYの制作した新作のMASHUP
「NewJeans x back number ― Ditto : Another Story Episode 003」の世界観です。
この「Ditto」Another Story MASHUPは、
XでDittoを楽しそうに踊る女の子の姿を視た瞬間にインスピレーションが生まれ、
不思議な事に音や物語のすべてが頭の中に溢れ出し、一気に制作した作品です。
音源が完成して、頭の中にあるストーリーイメージを映像で組み立てながら
何度も見返して感極まっているうちに、頭のイメージを形に残しておきたくて
Ditto : Another Storyの短編を書き上げてみました。
過去へとタイムスリップしたアイドルを目指す高校生のNewJeansの5人と、
そこで出会った一人の少女・ヒジンとの間に芽生えた、美しくも切ない絆の物語です。
つたない文章ですが、読んでいただけると嬉しいです。
Chapter 001 光のファインダー、1998年の世界
放課後の旧校舎。
西日に照らされた廊下は、飴色に濁った静寂に包まれていた。
アイドルを目指すダンス部の5人
ミンジ、ハニ、ダニエル、ヘリン、ヘインは、
立ち入り禁止の看板をすり抜け、
取り壊しが決まったばかりの旧校舎へと足を踏み入れた。
目的は、学園祭ライブで流す
MV風のイメージビデオを撮影する為の
「ビデオカメラ」を探し出すこと。
ギィッ、と床が鳴るたびに、
ヘリンがミンジの制服の袖をぎゅっと掴んで歩みを止める。
「ねぇ……やっぱり帰ろうよ。」
「ここ、なんか怖いし、変な感じがする」
「もうiPhoneでいいじゃん」
不安そうに周囲を見渡すヘリンを、ハニが明るく振り返って笑った。
「大丈夫だよ! 誰もいないし」
「探検みたいでワクワクして楽しいじゃん。」
「ねっ?」
ハニの屈託のない笑顔に、
ダニエルとヘインも顔を見合わせて小さく頷く。

放送室として使われていた部屋の重い扉を静かに開けると、
湿った木材と重い埃の匂いが一気に立ち込めた。
そこは、過去の断片が乱雑に放置された吹き溜まりのようだった。
断線したマイクケーブル、
色褪せた古い公演ポスター、
誰かが書き残したままの台本など、
足の踏み場もないほど床に散らばっている。
「……これかな?」
部屋の一番奥。
歪んだスチール棚のさらに下に押し込まれるように置かれた
ボロボロの段ボールをミンジが見つけた。
湿気でふやけ、角が潰れた箱を慎重に引き出し、中を覗き込む。
幾層もの埃を被った機材のなかで、
ひときわ異彩を放つ日本製の8mmビデオカメラが眠っていた。
「これ、動くかな?」
ミンジがそっと埃を振り払い、
サイドにある赤い録画スイッチを押す。
その瞬間だった。
ファインダーの奥から、
古いブラウン管が弾けるような音とともに、
まばゆい光が奔流となって溢れ出した。
視界は一瞬で白く染まり、
耳の奥でキーンという高いハウリング音が鳴り響く。
「……えっ?」
「……うそ、何これ」
光が引いた後、最初に声を上げたのはヘインだった。
つい数秒前まで
足元を埋め尽くしていた埃まみれのガラクタや、
断線したケーブルは跡形もなく消えていた。
湿ったカビの匂いは消え、
代わりに微かなワックスと石鹸のような匂いが鼻をくすぐる。
傷一つない床の、隅々まで掃除の行き届いた清潔な放送室。
さっきいた場所と同じはずなのに、
全く別の世界に放り出されたような強烈な違和感を覚え、
5人は息を呑んで立ち尽くした。
「ここ、さっきの場所だよね……? 」
「なんでこんなに綺麗なの?」
ハニが戸惑いながら壁に触れる。
そこには色褪せていたはずのポスターが、
まるで刷りたてのように鮮やかな色彩で貼られていた。
状況が把握できず、5人の間に重苦しい困惑が広がる。
そんな中、壁際にいたダニエルが何かに気づき、声を震わせた。
「ねぇ、みんな……これ見て!!」
ダニエルが指差した先の掲示板に掛けられていたのは、
一枚のカレンダーだった。
『1998年10月』 その数字を目にした瞬間、思考が止まる。
20年以上も前の日付。
冗談にしてはあまりに出来すぎた光景に、誰も言葉を返せない。
ヘインは無意識に、iPhoneを取り出した。
しかし、画面には冷酷な**『圏外』**の二文字が無機質に表示されている。
自分たちが本当に見知らぬ時間に置き去りにされたのだと悟ったヘインの手は、
目に見えて細かく震え始めた。
現実味のない静寂の中、
5人はただ、西日の差し込む見知らぬ教室で、
石のように立ち尽くすしかなかった。
「あなたたち、見かけない顔ね……」
「ここの生徒?」
不意に背後からかけられた声。
そこには、制服に『放送部』の腕章を巻いた一人の少女 ヒジンが立っていた。
彼女の視線は、ヘインが胸元握りしめているiPhoneに釘付けになる。
「それは……何? 鏡?」
ヒジンが指差したのは、
ヘインが握りしめているiPhoneだった。
ヒジンの問いかけに、5人は顔を見合わせた。
「iPhoneだけど……」
ヘインは答えながら画面を見せるが、
ヒジンにとってはSF映画の小道具にしか見えない。
まだ見たことのないiPhoneにヒジンは戸惑いながらも
吸い寄せられるように5人の元へ歩み寄った。
ミンジが震える声を抑えながら
これまであった事、起きたことを説明し始めた。
自分たちが2024年で過ごしている事、
放送室にあった古いカメラの電源を入れたら、
突然この景色に変わっていたこと。
ヒジンは最初、困ったような笑みを浮かべていた。
「面白い冗談ね」
しかし、ヘインが必死な面持ちでiPhoneの画面をスワイプし、
カメラロールに並ぶ鮮明な写真や動画を見せた瞬間、
彼女の表情が固まった。
「これ、どうなってんの……? 」
液晶の中に映る、
見たこともないほど高精細な未来のソウルの街並み、
色鮮やかなダンス動画、
そして5人が笑い合う自撮り。
ヒジンにとって、
それは魔法の鏡を見せられているような衝撃だった。
「……信じられないけど...」
「あなたたちの目は嘘をついていないみたい」
ヒジンは映像の中の「未来」を凝縮したような光を見つめ、ゆっくりと頷いた。
ようやく、目の前の5人が途方もない時を越えてきたことを受け入れ始めたのだ。
「もし、そのカメラの電源を入れたことでここに来たのなら……」
「もう一度、その電源を落としてみたら? 」
「逆の動作をすれば、元の場所に帰れるかもしれない」
ヒジンはミンジの手元にある、
まだ微かに駆動音を立てている8mmビデオカメラを指差した。
「そっか……!」
藁にもすがる思いで、
ミンジはカメラのサイドにある赤いスイッチを「OFF」へとスライドさせた。
「カチッ......」
乾いたプラスチックの音が響き、
カメラのランプが消える。
カメラの駆動音が消えた瞬間、
5人は無意識に身を寄せ合い、
あのまばゆい光が再び自分たちを包み込むのを待つために
強く目を閉じた。
しかし、何も起こることはなく
無情にも静寂した時間だけが過ぎてゆく。
十秒、二十秒……。
期待が重苦しい沈黙へと変わり、
止まっていた時間が再び動き出す。
窓の外で遠く響く、運動部の掛け声。
廊下を歩く誰かの足音。
それらすべての「1998年の生活音」が、
彼女たちがこの世界に繋ぎ止められてしまったことを、
言葉もなく告げていた。
「まさか……戻れないの……?」
ミンジの声が、静まり返った部屋に虚しく響いた。
電源を切ればすべてが元通りになるという微かな希望は、
残酷なほどの静寂にかき消されてしまった。
「まだ……、諦めるのは早いよ」
沈み込んでいた5人の間に、
ヒジンの澄んだ声が響いた。
彼女はミンジが持っていたカメラを手に取ると、
愛おしそうにその重みを掌で確かめた。
「このカメラの電源を入れてここに来たのなら、絶対にこの中に『秘密』があるはず。」
「どうすれば帰れるか、今はまだ私にも分からない。」
「……だけど」
ヒジンはカメラのサイドにあるテープを5人に見せるように指差した。
「ただ待っているだけじゃ、何も変わらない……。」
「ねぇ、とにかくこのテープを最後まで使い切ってみようよ。」
「何があっても、最後まで。……」
「何かを最後まで記録しきったとき、きっと帰り道のヒントが見つかるかもしれないから」
その言葉に、帰る希望を失い項垂れていた5人がゆっくりと顔を上げた。
「不安かもしれないけど、せっかくここに来たんだもん。」
「世界一カッコいいダンス、撮ろうよ。」
「私がこのカメラで、あなたたちを誰よりも輝かせてあげる。」
「約束する」
純粋無垢な、キラキラとした眼差しで語りかけるヒジンの言葉は、
冷え切っていた5人の心を温かな光で溶かしていくようだった。
その真っ直ぐな瞳には、
見知らぬ未来から来た5人を
守るべき「仲間」として受け入れる
深い優しさが湛えられていた。
「……うん。」
「撮ろう、私たちのダンス!」
ハニが弾けるような笑顔で叫び、
真っ先にヒジンの手を取った。
それを合図に、
ミンジ、ダニエル、ヘリン、ヘインも、
磁石に引き寄せられるように集まっていく。
誰からともなく、6人は自然と輪になり、
お互いを強く抱きしめ合った。

1998年の柔らかな西日が、
抱き合う彼女たちの背中をオレンジ色に染め上げる。
さっきまでの絶望が嘘のように、
教室には少女たちの弾んだ笑い声と、
希望を祝うような歓喜の叫びが響き渡った。
「私たち、6人で最高のものを作ろう!」
「よろしくね、ヒジンちゃん!」
体温が伝わる距離で、
お互いの呼吸を感じ合いながら、
6人は心を通わせる。
ただの「迷い人」と「案内人」の関係は終わり、
ここから、かけがえのない青春を共にする「仲間」になった。
西日に包まれた清潔な教室で、
はしゃぎ合う彼女たちの影が一つに重なり、
物語は鮮やかな色彩を帯びて動き出した。
Chapter 002 プリズムの放課後、6人の約束
放課後の旧校舎。
西日に染まる教室で交わした固い抱擁と約束。
それが、すべての始まりだった。
あの日から、5人が「未来から来た」という事実は、
彼女たち6人と、ヒジンの祖父と祖母
このたった8人だけの秘密になった。
両親と離れ、学校から近い祖父母の家に暮らしていたヒジン。
突然、見ず知らずの少女5人を連れて帰ってきた孫娘に、
老夫婦は最初こそ目を丸くしたものの、
ヒジンの必死な説明と、不安そうに身を寄せ合う5人の姿を見て、
深く何も聞かずに優しく微笑んだ。
「賑やかになっていいわねぇ」
「ご飯なら、たくさんあるから」
祖母の温かいその一言で、
6人の弾けるような歓声が重なった。
不安が吹き飛んだ5人は、ヒジンと手を取り合ってその場で飛び跳ね、
祖母に向かって満面の笑みを咲かせ喜びを分かち合う
こうして、庭にある古びた離れの客間で共同生活がはじまった。
木造の離れは、少しカビ臭いけれど、
彼女たちだけの秘密基地には十分だった。
毎晩、修学旅行のように布団を6枚隙間なく並べ、
小さな裸電球の琥珀色の明かりの下で、
終わりのないガールズトークが始まる。
「で、ヒジンの好きな人って誰なの?」
ハニが枕を抱えて身を乗り出し、
みんながワクワクした目でヒジンを見る。
「えっ、い、いないよそんな人!」
「 いたとしても絶対に教えない…」
「え~やっぱり好きな人いるんじゃん~」
顔を真っ赤にして否定するヒジンを、
5人は楽しそうに冷やかすのだ。
そして夜が更けると、
話はいつしかそれぞれの未来へと移っていく。
「絶対に大きなドームでライブがしたい」
「大歓声に包まれて、ステージから見渡すとあたり一面キラキラしてるの」
「そんな世界中の人を笑顔にできるアイドルになりたい」
彼女たちが語る「アイドル」という夢。
その瞳は、部屋のどんな明かりよりも強く輝いていて、
ヒジンはその横顔をただ眩しく見つめていた。
1998年の時間は、
2024年よりも少しだけゆっくりと、
そして濃密に流れている気がした。
「ヘイン、遅れるよ!」
「待って、いま行く!」
朝のまぶしい光の中、
自転車のペダルを漕ぐ音が、
静かな町に重なり合う。
6台の自転車で風を切って坂道を駆け下りると、
彼女たちの長い髪がなびき、
笑い声が朝の空気に溶けていく。
校門をくぐり、自転車を降りた瞬間から、
そこはもう彼女たちのステージだった。
カバンを置くのももどかしく、
朝のホームルームが始まるまでのわずかな時間さえ、
楽しそうにステップを踏み、
ヒジンはそれをいつもカメラ越しに微笑んで見つめる。
授業中、教科書を立てた壁の向こうで
こっそりリップを塗り合ってはクスクスと笑い合い、
誰かの背中に『おやつちょうだい』と書いた付箋を
こっそり貼るいたずらで盛り上がる。
スマートフォンも使えない、
現代とはまるで違う不便なはずの暮らし。
けれどそれは、彼女たちにとってはむしろ、
余計なノイズに邪魔されず、目の前の「今」だけに没頭できる、
かけがえのない楽園だった。
どこへ行くのも、何をするのも、6人はいつも一緒。
「放送部のヒジンの従姉妹たち」といういささか強引な設定で、
5人はヒジンと共に、二度と戻らない
「1998年の青春」を全力で駆け抜けていた。
そして戦いの合図の昼休みを告げるチャイムが鳴る。
6人は一斉に教室を飛び出し、
渡り廊下で繋がれた隣の棟にある購買部へ向かって、
全力疾走を開始する。
スカートをひるがえし、
上履きの底をキュッと言わせながら
廊下を滑るように駆け抜けていくが、
購買へたどり着くころには、
すでに大勢の生徒であふれかえっていた。
「うそ……もうこんなに!」
そこは、お腹を空かせた運動部の男子や、
お目当てのパンを狙う女子生徒たちで溢れかえり、
人の壁ができている。
「任せて! わたし行ってくる!!」
ハニはリュックを預けると、
軽やかなステップで人混みの隙間を見つけ、
ダンスで鍛えた驚異的な身のこなしで群衆へ飛び込んだ。
ダンス振付のように体をひねり、
荒波のような生徒の壁をかきわけ、
するりとすり抜けていく。
「ハニ! お願い!」
「チョコデニッシュ、絶対確保!」
「私はイチゴ牛乳!」
「ないと午後頑張れない!」
残された4人は、人混みに埋もれていくハニの小さな背中に向かって叫び、
両手を組み合わせて必死に祈りを捧げる。
「頑張れ、ハニ……!」
ヒジンはその様子をカメラに収める。
ファインダー越しの、祈る4人の表情は真剣そのものだが、
どこかコミカルで愛おしい。
やがて、揉みくちゃにされた人波を割り、
ハニが誇らしげに帰還した。
激戦を物語るように髪は乱れ、
ネクタイも少し曲がってしまっている。
けれど、その顔には
一点の曇りもない勝者の笑みが浮かんでいた。
「ねぇ、見て! やったよ!!」
ハニは、まるで世界で一番の宝物を守り抜いたかのように、
胸いっぱいに戦利品を抱え込み微笑んでいる。
その腕の中では、奇跡的に形を保った『チョコデニッシュ』と、
まだ冷たく汗をかいている『イチゴ牛乳』が、無傷で輝いていた。
「キャーッ! ハニ最高!!」
「愛してる!!」
4人が歓声を上げてハニに抱きつく。
ヒジンは笑いながらズームアウトし、
戦利品を囲んで喜びを爆発させる5人の姿を、誇らしげに記録した。
戦利品のパンを抱え、
6人はいつもの屋上へと雪崩れ込む。
秋晴れの空の下、
コンクリートの地面に車座になってパンを頬張る。
「んー! 最高! 」
「昔のパンってなんでこんなに味が濃いの?」
ヘインが口の端にチョコをつけながら無邪気に笑う。
「走ったからだよ(笑)」
「……ほら、じっとして」
ミンジがハンカチでヘインの口元を拭き取る。
まるで本当の姉妹のようなその光景を、
ヒジンはまたテープに収める。
「ねえ、早くダンスの練習しよう! 」
「さっきのステップ、もう一回合わせたい」
食べ終わるや否や、ハニが立ち上がり、
ヒジンが手慣れた手つきでラジカセからBGMをかける。
5人が踊り出すと、
殺風景な屋上が
一瞬で彼女たちのステージに変わった。
制服のまま、汗ばんだ髪をかき上げ、
互いにアイコンタクトを取りながら
軽快なステップを踏む。
ヒジンの構えるカメラの前で、
彼女たちはふざけ合いながらカメラを奪い合い、
レンズに顔を近づけて変顔をする。
ファインダーの中で弾ける笑顔は、
太陽の光を反射するプリズムのようだった。
(すごい……)
ヒジンは録画ボタンを押したまま、息を呑む。
ただ遊んでいるように見えて、
その輝きは今までに感じたことがない
圧倒的なオーラを解き放っていた。
放課後、
西日が校舎をオレンジ色に染め始めた頃。
体育館の片隅で、
ミンジとヒジンは二人きりで向かい合っていた。
赤いマニキュアの小瓶を鞄から取り出し、
マットに寝ころびながら夕日に透かしている。
「ねぇヒジン、知ってる?」
「初雪が降るまで小指のマニキュアが残っていたら、初恋が叶うんだって」
ミンジがいたずらっぽく笑いながら、ヒジンの左手を取る。
「初恋……?」
「そっ……そんなの、私にはどうでもいい……」
照れくさそうに笑うヒジンの小指に、
ミンジは丁寧に筆を滑らせ、
ぽつり、と赤い色が灯る。
「恋じゃなくてもいいの」
「……例えば……」
「私たちが元の世界に戻っても……」
「ヒジンが幸せでありますように、とか」
ミンジの言葉に、ヒジンの胸がちくりと痛んだ。
彼女たちが居るべき場所はここではない。
分かっていたことなのに、
ミンジの言葉が別れの予行演習のように響く。
「じゃあ、私はミンジに」
ヒジンは震える手で筆を受け取り、
ミンジの差し出した小指に色を乗せた。
互いの小指に灯った赤い約束。
二人は顔を見合わせ、
照れ隠しのように「ふふっ」と笑い合った。
「ヒジン! ミンジ! 早く来てー!」
ダニエルが遠くから2人を呼びつける。
「呼んでる。さぁ行こうっ」
ミンジがヒジンの手を引いて走り出す。
その背中を見つめながら、
ヒジンはいつか来る別れの日が
そう遠くないことを予感していた。
みんなの元へ戻ると、
茜色の空が世界を包み込んでいた。
「ヒジン、撮って!」
5人が夕陽に向かって叫ぶ。
「絶対にこの5人でアイドルになるっ!!」
「世界中の人に愛されて、人を笑顔にするアイドルに絶対になるっ~!」
「ドームみたいな大きなステージに絶対に立つ!」
「会場をキラキラに輝く光で埋め尽くそう!!」
誰一人として、
「元の世界へ帰りたい」と言う事もなく、
毎晩寝る前に語り合っていたそれぞれの夢を、
夕陽に向かって誓いの様に叫んでいた。
ヒジンは涙で滲むファインダー越しに、
ずっと彼女達を見つめている。
「私、決めた」
「いつかあなたたちを、最高にキラキラと輝く場所へ連れて行く」
「これは私の夢……いや、約束」
「……さあ、いつものいくよ!」
ヒジンの言葉に、
5人が弾けるような笑顔で振り返り、
中央に手を差し出しヒジンもそこに自分の手を重ねる。
6つの掌が重なり、
熱い体温が伝わってくる。
「せーのっ!」
「We Love!!!」
いつの間にか合言葉の様になっていた、
誰からともなく叫んだ言葉が、
1998年の空高く吸い込まれていく。
テープの残量は確実に減っていくけれど、
その分だけ、
永遠に色褪せない青春がそこに刻まれていた。
映像の中の彼女たちは、
未来への不安なんて微塵も感じさせないほど、
ただただ眩しく、
そして切ないほどに楽しそうだった。
Chapter 003 永遠への"Ditto"
ある日、5人とは別に、
進学のための特別授業を終えたヒジンは、
重い鞄を背負い暗くなった夜道を帰宅していた。
静まり返った街の中で、
不意に耳に届いたのは、
聞き覚えのある楽しげな笑い声と
リズミカルに靴底がアスファルトを擦る音。
誰もいない高架下の駐車場。
そこには、汗を流しながら
無心でダンスの練習をする5人の姿があった。
ヒジンは足を止め、
物陰からそっとその光景を見つめる。
頭上を轟音と共に走り抜ける電車の閃光、
通り過ぎる車のヘッドライト、
遠くのマンションに灯る窓明かり、
そして古びた街灯の滲んだオレンジ色。
その全ての光が、
まるで示し合わせたかのように5人を照らし出し、
薄暗いコンクリートの広場を
「世界で一番輝くステージ」へと変えていた。

(――やっぱり、ここにいちゃいけない)
ヒジンの胸に、鋭い痛みが走る。
本当はずっと、このまま5人と一緒に
馬鹿なことをして笑い合っていたい。
この温かい時間が永遠に続けばいいと、
心の底から願っている。
けれど、
目の前にある圧倒的な才能と輝きは、
この「時代」という過去の枠に
閉じ込めておけるものではないと、
ヒジンは痛いほど理解してしまった。
彼女たちが本当に輝くべき場所は、
ここではない。
彼女たちの溢れ出す光を留めておくには、
この時代はあまりにも狭すぎるのだ。
ふと、脳裏に
これまでの日々が走馬灯のように蘇る。
廊下を走った音、
屋上で食べたお菓子、
ふざけ合って撮ったビデオテープの映像。
しかし、それら全ての煌めく思い出が、
まるで最初から存在しなかったかのように、
一瞬にして足元から崩れ去っていく錯覚に襲われた。
確かな終わりの気配が、
ヒジンの足をそっと動かす。
ヒジンは溢れ出す感情に
押しつぶされそうになりながら、
逃げるように背を向け、
胸を締め付ける悲しみに打ちひしがれ、
足早にその場を立ち去った。
翌朝、
まだ空が白む前の薄暗い時間。
ヒジンはテーブルに一枚の紙切れを残して、
静かに家を出た。
『自習のため、先に学校へ行きます』
起きてきたミンジがその走り書きを見つける。
いつもなら起こしてくれるはずのヒジンの不在と、
素っ気ない文字。
ミンジの胸に、
小さな棘のような違和感が走った。
学校に着いても、
ヒジンの様子は明らかにおかしかった。
いつものような元気はなく、
ずっと教科書に視線を落としたまま。
5人が明るく話しかけても、
ヒジンは頑なに顔を上げようとせず、
ただ曖昧に力なく微笑むだけだった。
昼休み、
ヒジンの様子を心配した5人は、
校庭のベンチに彼女を連れ出した。
「何かあったの?」
「話してよ」
5人が覗き込むその瞳は、
あまりにも純粋で、優しかった。
けれど、その温もりこそが、
今のヒジンには何よりも辛く、
優しくされればされるほど、
近づく別れの冷たさが際立ち、
寂しさが増幅されていく。
(もう、耐えられない……)
限界だった。
ヒジンは溢れそうになる涙を堪えきれず、
5人を振り切って走り出した。
そのまま教室から鞄を掴み、
誰の声も届かない場所へと
逃げるように早退した。
ヒジンが向かったのは、
いつもの祖父母の家ではなく、
両親の暮らす自宅だった。
今は5人に
いつもの様に会う自信がなかったからだ。
放課後、
祖父母の家に帰ってきた5人は、
心配そうな顔で祖母にヒジンの行方を尋ねた。
しかし、事情を聞いていた祖母は、
深く傷ついているヒジンの心を想い、
ミンジたちには居場所を教えなかった。
その夜。
ヒジンは電気もつけない暗い部屋の隅で、
膝を抱えてうずくまっていた。
机の上に置かれた携帯電話が震える。
画面にはミンジの名前。
何度も、何度も、着信音が鳴り響く。
[ブー、ブー、」という無機質な振動音が、
彼女たちの「会いたい」「心配だよ」という
切実な声に変換されて聞こえてくる。
その音を聞くたびに、
今まで体感したことのない
底知れぬ寂しさと悲しみが胸を突き刺した。
「ごめんね……」
携帯電話を取ることのできない自分を責めながら、
ヒジンは孤独な闇の中で一晩中泣き崩れた。
あくる日、
ヒジンはミンジたちのいる教室には姿を現さず、
一人、薄暗い自習室の隅で参考書に向かっていた。
文字を追っても頭には入らない。
ただ、5人と顔を合わせるのが怖くて、
息を潜めるように時間をやり過ごしていた。
放課後、
空が急激に暗くなったかと思うと、
世界を灰色に塗りつぶすような
激しい雨が降り出した。
下校する生徒たちが駆け足で去っていく中、
傘を持たないミンジたち5人は、
昇降口で降りしきる雨を
呆然と眺めて立ち尽くしていた。
そこへ、ヒジンがゆっくりと現れる。
手には一本の傘。
5人がヒジンの姿に気づき、
パッと表情を明るくして駆け寄ろうとした、
その瞬間だった。
バサッ――。
ヒジンは勢いよく傘を開き、
その布地で自分の顔を隠すようにして、
5人との間に壁を作った。
彼女たちに、今にも崩れそうな泣き顔を見せないために。
傘の向こう側から、ヒジンの声が聞こえる。
無理に感情を押し殺した静かな声。
それは別れの言葉でありながら、
未来への祈りのようにも聞こえた。
「今まで、楽しい時間をありがとう」
5人が何かを言いかけるよりも早く、
ヒジンは言葉を重ねる。
「でも、あなたたちが輝くのは……この時代じゃない……」
傘を持つ手が微かに震えている。
ヒジンは傘越しに、
愛する5人の未来を想い、
最後の言葉を告げた。
「だから、本来の場所で……」
「あなた達らしく輝いて……」
そう言い残すと、
ヒジンは一人激しい雨の中へと歩き出した。
背中に5人の呼ぶ声が聞こえた気がした。
けれど、一度も振り返らなかった。
振り返ってしまえば、
二度と離れられなくなるから。
雨音と涙でぐしゃぐしゃになった顔を
誰にも見られないよう、
ヒジンはただ前だけを向いて走り去った。
雨の中、
傘を差して遠ざかっていくヒジンの背中。
あえて突き放すような態度の裏に、
自分たちの未来を案じるヒジンの、
痛いほどの愛情があることを、
残された5人は身に沁みて感じ取っていた。
(もう、行かなくちゃいけないんだ)
彼女たちはヒジンの言葉を受け入れ、
雨に濡れながら祖父母の家へと戻った。
部屋に戻り、
荷物をまとめる5人。
今まで過ごした部屋が、
少しずつ元の「客間」に戻っていく。
最後に、伝えきれなかったヒジンへの
感謝の想いを手紙に綴り、祖母へと託した。
「おじいちゃん、おばあちゃん……」
「今まで本当にありがとうございました……」
5人は感謝の涙を流しながら祖父母の手を握り、
深々と頭を下げ、温かい思い出の詰まったその家を、
静かに後にした。
翌日―
5人の姿は学校から消えていた。
空っぽになった教室。
ヒジンは震える手でビデオカメラを握りしめ、
レンズ越しに「彼女たちがいた風景」を一つひとつ辿った。
何もない空間にカメラを向けるヒジンを、
クラスメイトたちは不思議そうに見つめ、
教室中でざわめいている。
けれど、ヒジンには見えていた。
たくさんふざけ合った教室、
一緒に走り回った廊下、
そして夢を語り合った屋上。
肉眼ではもう誰もいないその場所も、
ファインダーの向こう側だけに、
今も笑い合う5人の残像が鮮やかに焼き付いていた。
誰もいない屋上。
かつては5人の笑い声や
はしゃぐ足音が弾けていたこの場所。
けれど今は、ただ風が吹き抜ける音だけが、
静かに響いている。
ヒジンは柵の向こう、広がる空を見上げた。
「ミンジ、ハニ、ダニエル、ヘリン、ヘイン……」
「みんな楽しかったよ」
「いままで、本当にありがとう」
ヒジンは
ビデオカメラを強く握りしめた震える右手を、
そっと虚空へ差し出した。
「がんばれ……」
「いつまでも5人で輝き続けて……」
溢れる涙が頬を伝い、
静寂の中に落ちていく。
「WE…… LOVE……!」
その言葉は、
きっと時を超えて彼女たちに届くと信じていた。
ヒジンは祈るように、
ゆっくりと指先の力を抜いた。
支えを失ったカメラが、
重力に引かれて手から離れ、
回転しながら
下のコンクリートへと吸い込まれていく。
一瞬の静止のような時間の後、
ガシャッ――
という鋭い破壊音が静寂を引き裂いた。
その瞬間――
飛び散った部品とフィルムは
無数の光の粒子へと姿を変え、
風に乗ってキラキラと高く舞い上がっていった。
光の粒が空の彼方へ吸い込まれていく
幻想的な光景を見つめ、
ヒジンは静かに確信した。
この輝きと共に、彼女たちは無事に、
本来輝くべき「未来」へと還っていったのだと。

ふと気がつくと、
5人は見慣れたレッススタジオに立っていた。
窓の外には、
ソウルの高層ビルと現代のネオンが輝いている。
1998年の雨の匂いも、
古びた校舎の感触も、
まるで同じ長い夢をみていたかのように
急速に薄れていく。
「……」
5人は顔を見合わせるが、
誰もあの不思議な日々のこと、
そして「ヒジン」の名前を口にはしなかった。
言葉にしてしまえば、
あの温かい記憶が
本当にただの夢になってしまいそうな気がしたからだ。
けれど、胸の奥には確かな温もりと、
誰かからの深い愛情が刻み込まれていた。
(輝き続けて――)
その声なき約束だけを道しるべに、
5人はNewJeansとして、
めまぐるしい現代の日々を駆け抜けてきた。
そして時は流れ、2024年。
東京ドーム。
大歓声の中、ステージに立つ5人は、
ラスト一曲を前に息を整えていた。
ミンジがマイクを握り、
溢れる想いをファンへ語りかける。
「それでは最後の曲です」
「私たちの大切な仲間と過ごした、宝物のような思い出を詰め込んだ曲です」
「聞いてください、Ditto」
『Woo woo woo woo ooh...』
イントロが鳴り響き、
ドーム全体が切なくも温かいメロディに包み込まれた。
5人は目を閉じ、
あの楽しかった日々へと宛てた手紙のように
ヒジンとの思い出を思い返していた。
『Stay in the middle ~♬』
『 Like you a little~♬』
『Don't want no riddle...♬』
歌詞を口ずさむたび、
脳裏にはあの1998年の情景が鮮やかに蘇る。
屋上で夢を語り合った日々
ボロボロの靴でステップを踏んだ駐車場、
雨の匂いが充満した昇降口、
そして、いつもレンズ越しに自分たちを見守ってくれていた
ヒジンの、少し寂しげで優しい瞳。
もう二度と戻れない時間だからこそ、
この一瞬を永遠に焼き付けたい。
5人はそれぞれの胸にある
「ヒジンへの愛」をメロディに乗せ、
祈るように歌い続けた。
『I got no time to lose...♬』
心臓の鼓動のようなビートに乗せて、
5人の想いが最高潮に達し、
曲がブリッジからサビへと差し掛かかり
ぐるっと振り返った瞬間、
5人は息を呑んだ。
広大なスタンド席を埋め尽くした
ペンライトの輝かしい光が、
ひとつの巨大なメッセージを描き出していた。
『WE ♡ NJ』
その文字を見た瞬間、
5人の時間は引き戻された。
それは、あの1998年の屋上で、
いつしか自分たちの合言葉のようになっていた言葉
誰からともなく叫び、
笑い合った「We Love!!!」という掛け声への、
時を超えた返答(Ditto)だった。
「ヒジン……」
溢れ出した想いが、
誰かの唇から小さな名前となって零れ落ちる。
同時に、5人の脳裏には、
あの日々の記憶が走馬灯のように一気に蘇っていた。
自分たちを見守るレンズの優しい眼差し、
雨の中の背中、
そして空へ向かって叫んだ声。
「あの時の……約束……」

ハニとヘインは、
あまりに美しすぎるその光景に感極まり、
熱い涙がほほを伝う。
5万人が照らすその光の海こそが、
あの日、ヒジンが「見せてあげる」と心に誓った、
最高にキラキラと輝く景色そのものだった。
過去の屋上で放たれた願いと、
未来のドームで輝く愛。
それは遠く離れた二つの想いが、
音楽を通じて奇跡のように一つになった瞬間だった。
エピローグ : 残された色、永遠の記憶
5人が去った後の学校は、
まるで何事もなかったかのように
日常を取り戻していた。
クラスメイトも、
一緒に暮らしていた祖父母さえも、
あの騒がしくも愛おしい
5人の少女たちがいたことを覚えていない。
彼女たちの存在は、
季節外れの雪のように、
跡形もなく
記憶から溶けて消えてしまっていた。
ただ一人、
ヒジンを除いて。
放課後の部室。
西日が差し込む部屋の隅には、
みんなで身を寄せ合って昼寝をした
革張りのソファーがある。
しかし、そこにはもう誰もいない。
残されているのは、
胸を締め付けるような静寂と
寂しさだけだった。
ヒジンはそっと自分の左手を見つめた。
夕日に映し出された小指の先には、
ミンジが塗ってくれた赤いマニキュアが、
今も鮮やかに残っている。
「……いるよ、ここに」
この色がある限り、
あの日々は夢じゃない。
ヒジンは愛おしそうにその爪を撫で、
一人、彼女たちがいた温かい時間を噛み締めた。
やがてヒジンは、新しいカメラを手に取り、
ファインダーを覗いた。
そこにはもう5人の姿はない。
けれど、ヒジンは誰もいない空っぽの舞台に向かって、
確かな希望と共にフィルムを回す。
レンズの向こうに、彼女たちがいつか立つであろう、
輝かしい未来のステージを空想しながら。
「あなたたちは、5人でいつまでも輝き続けて」
心の中には永遠に消えない青春が焼き付いている。
ヒジンは、いつか果たされる約束の先を信じて、
ひとり前だけを見つめて力強く歩き出した。
Fin.
このストーリーが私が映像を作りながら見ていた世界です。
私はONCEですが、彼女達にはこれまでたくさん魅了されてきました。
そして彼女達を支える最高のクリエイティブチームがあったからこそ
彼女達にしか出せない光を解き放っていたと思います。
どれだけ汚い色で汚されようとも、彼女達が放つ輝く光は
世界中に届き続けるだろうし、今は苦し時間が続くけれど
どれだけ時間がかかったとしても、いつかきっと
ミンジ・ハニ・ダニエル・ヘリン・ヘイン 5人が
また最高に輝くステージに帰ってくると思っています。
苦しい日々はまだま続くかもしれないけど
ミンジ・ハニ・ダニエル・ヘリン・ヘイン・バニーズ
そして彼女達5人を愛する世界中の皆様!
がんばろう! 파이팅(ファイティン)!!
In a moment we unite💙💗💛💚💜
STUDIO TKY / DJ TKY




