80's HITSONGメドレー

FENにプリセットしたチューナー、朝から流れるウィリー・ネルソン、スティーブンビショップ、ムッシュニコル、グルーミーな気分、レイブラッドベリ、洗足のコーポラス、バークレー、シップスのトレーナー、ミハマの靴、リーのジーンズ、アルファキュービックのワンピース、東急東横線、ヨット部の男の子達、スキーツアー、ボールデイヴィス、サーファースタイル、カルアミルク、テディペンダーグラス、ロベルタのバッグ、ランバンのベルト、マルボロのシャツ、スイングトップ、キラー通り・・・・・



¥460

発売初日に2万部が売り切れ、増刷が消費に追いつかず、忽ちミリオンセラー。
という『なんクリ』が出版されたのは1980年。自分の初読は高校生、87年。全くクリスタル気分がわからず10ページで閉じました。

が、90年代に大学生となり、たっぷり10周遅れでこの世界の残滓を追いはじめました。

ルイヴィトン、サンローラン、ウィルスミス、クラプトン、カンズアンドローゼズ、ディオール、ジュリアナ、クレージュ、セーラムの煙草、エルメスのスカーフ、レノマのライター、W・ヒューストン、JJ、CanCam、カーディガンズ、ソルティドッグ、DJホームパーティ、ニューハマトラ、紀伊国屋、キャンティ、ブルックスブラザーズ、元街デート、駒沢公園、鴎外記念図書館、いせ辰、デヴィッドリンチ、エスティローダー、ベスパ、ボルボ、プワゾン、ハナエモリビル、米軍基地パーティ、ウンガロ、カルバンクライン・・・何か変な物もまじってる ?

そして『なんクリ』を再読したら、腹が立つの立たないの。こちらバブル崩壊後の多摩のボロアパートに住む田舎っぺ女子大生、「必死でクリスタル」なのです。読むに耐えず、50ページで終了。


それから数年後、90年代なかば編集プロダクションに入った私の初仕事。

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…ではなくこちらは先輩が作られた87年頃の物。雑誌の「読者プレゼントページ」というものです。まだバブル時代、「悪女」がブイブイにイケている。



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95年産はこっち。

「なんつうか、まだまだ皆さんわかりやすーいブランドが大好きですよね。でも自分、ただの物欲促進っぽいページは作りたくないんスよ。なんかこう、気分って大事じゃないスか。気分」

↑どこかで聞いたようなことを言っている、「遅れてきたクリスタル」がいるよ。小粋でクール、は夏のステイタス。って、意味がわからないぞ。

そんな私は『なんクリ』を読破もせず「バブル小説」と一括りにし、「80年代のなんクリ子(なんクリ夫)さんじゃあるまいし」というような用い方をしておりました。



それからまた20年弱経ち、2013年現在。初めて本書を完読し、鳥肌が。

新装版 なんとなく、クリスタル/河出書房新社

¥798


ブランド・モノ・ヒト・音楽・マチ・・ハイカルチャーからサブカルチャー。そこを彷徨う人々の気分を記号化し集積し、こんな手法で表現してみせた、田中康夫の凄さ。

彼は、これを執筆したときまだ一橋大学の4年生だったのですね。

世を見通す これだけの鳥の目、俯瞰の目があったら、これは作家じゃいられない。政治に行かれるでしょう・・

そして本文の最後に記されたデータにまた衝撃。(合計特称出生率が仮に2.1人で推移した場合、2025年に人口の増減がストップし、静止人口の状態になると予測)

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実際には日本は、2008年から人口減少しはじめている。現実が予測を追い抜いたんですね。

康夫ちゃんは、何のためにこんなデータを最後につけたのでしょう。

そう考えると、今年54歳になる(主人公は昭和34年生まれだと言う)なんクリ子さんのジュニア世代のことを考えずにいられません。

「初デートもユニクロ来てファストフードでOK。車いらない旅行めんどい女くどくのもっとめんどい」という20代の「なんクリジュニア」達は、この本をどう読むのか。

もっと下の世代の、「なんとなく、将来は地球貢献したいです」などと言っちゃうノー野心ノー物欲型ティーンズは、この本をどう読むのか。

そう考えたとき、康夫ちゃんが冷静に記号集積化してみせたこの世界観には、「飽和」を表す位相学があったんじゃないか。ある種のホラー小説なんじゃないか。あの頃、もてはやしたメディアも読者も、漠然と不安を感じたんじゃないか。

と言った私の解釈に対し、指導のN先生はおっしゃいました。

「日本はもうアメリカなしにはやっていけない、アメリカに隷属しなければ生活水準が下がってしまう」

・・・という不安に拮抗したのが1976年に発表された『透明に近いブルー』。
・・・皮肉りつつも、アメリカ的なものに抱かれるしかないアイロニーを描いたのが『なんとなくクリスタル』。
・・・そして「アメリカ的なもの」と融合しきってしまった新世代が村上春樹。




かつて様々な文芸誌編集長を歴任されたN先生の指導で、こうした本を読んでいるのですが、先生、出版したい人への大ヒントをくださいました。

「なんクリのこの手法は、誰でも人生で1回は使えます。日本でやるには1回きりかもしれませんが、海外ではこういう手法が結構ありますね」

なるほど。むしろ文芸ではなく、ノウハウや実用ものをストーリータッチで表現したいときに、使えそう。

ただしこの手法=「主の文」×「註」のような構成をセンスよくできるか。下手にやると「なんとなく、残念」と言われること必至ですね^^