いまがあって なぜ、僕はここにいるんだろう。 生まれ育った場所ではなく オーストラリアを選び イタリア社会の職場で働き 中国人の奥さんと一緒に暮らしている たぶんたくさんの選択肢を そこには意識、無意識関係なく 一つ一つ選び取っていった末の今があって これからも変わり続けながら 生きていくのだろう