■昨日から休暇満喫中。雪も寒さも恐るるにあたわず、ずんずん突き進んで今は摂津国におりまする。おいしい食事もしたし、朝からアルコール入りっぱなし。この旅は「自分の好きなこと」のみを求める旅。
■自分の好きなこと…たくさんあります。文房具だったり特撮だったりほかにもたっくさん。いろいろアンテナを上げているつもりです。で、ここのところ少し影を潜めていた「源平アンテナ」と、毎日必ず練習している「笛アンテナ」に同時に引っかかるものがあって、摂津国まで来てしまったですよ。ずっとずっと行きたかったここ
へ。
■いやぁ…楽しかった。福原関連の展示が中心で小規模ではありましたが、一つ一つがマニアック。ガイドさんにも丁寧に説明していただき、興味深く拝見しました。源平の歴史をマニアックに語れる場所って少ないですからね、貴重でした。小さな「体験コーナー」もあり、十二単(バーチャル)の重さ体験、兜(レプリカ)の重さ体験、長刀(レプリカ)の重さ体験ができますが、十二単には興味ないし、兜と長刀はとおに経験済み。パスしちゃいました。戦好きの私としては、目玉は「兜」。本物らしいですが、驚くほど進んだデザインとカラリング。
■ところで、ここには「おもてなし隊」がいらっしゃいます。この方々
。恐れ多くも平安の世から現代に蘇った平家の公達衆。よもや現身でお目もじ叶う日がこようとは……。本日はまず、三位中将平重衡様とGION殿に遭遇。おりしも節分のため、可愛い鬼のお面を頭に飾られた重衡様は歴史館の入り口入ってすぐの所に控えておられました。薄暗い中に佇む紫の優雅な直垂に身を包んだ色白長身の美丈夫with頭に鬼の面……ツボに剛速球ストライクど真ん中。入館早々ノックアウトされてしまいました。
■GION殿は、軽くお辞儀をするととことこ近寄ってきてくださり気軽にお声がけくださりました。せめても自己主張をと思い、ドッグタグより二周りくらい小さいサイズの平家紋のペンダント(もちろんシルバー)を見せ、「お味方にござりまする!」と宣言すると、彦島や壇ノ浦界隈(地元♪)の話には超詳しい私の濃ゆーーーーーい平家話に付き合ってくださいました。その後、重衡様を手招きして呼び寄せてくださり、三人でお話させてくださいました。ちらちらと雪が舞う中気軽に写真に応じてくださるお二人に感謝。吹き付ける風にひらりひらりと舞う重衡様のご装束が……どストライク。
■ところで他の方々は…? 「今日は青(宗盛様)と黄色(重盛様)がいないんでございますよー。」「色で呼ばないでくださいませ。」「棟梁(清盛様)と知盛様と敦盛様はあと1時間ほどでこちらに戻って参りますよ。今は生田神社の豆まき神事にご参加中でござりまする。」「お会いしとう存じますが、1時間か……。」「源平の歴史がお好きなら"がいどつあー"などにご参加されてはいかがかな? そこで受付をやっておりまするぞ?」と重衡様。重衡様の思し召しとあらば私に否やはござりませぬ。お二人にエスコートしていただいて受付を済ませ、1時間コースで大和田泊界隈を散策。丁度平家寺から授かったお念珠
を持参していたので(旅には必ず持参しています)、それを手にお参りや見学をして参りました。楽しかった! そこそこ勉強はしておりましたが、ガイドさんに「お詳しいですね!」と褒めていただきました。
■で、戻ってきたら…視界の中に時代装束の数が増えている……大相国清盛様、中納言知盛様、無官大夫敦盛様がお戻りになられたご様子。ガイドさんが「清盛を呼んできますので少々お待ちください。」と…うわぁぁぁーーーー…大緊張!! 「どちらからおいでなさりましたか?」「はい、壇ノ浦の向こう、豊前の国よりまかりこしました。」「壇ノ浦! 我々も先日参りましたぞ!」…非常に気さくにお話しくださる大相国様…「太刀が今日から新しゅうなった。おニューじゃ!」と気軽に写真に応じてくださいました。ありがたや、もったいなや…。
■と、とことこ近づいてくる若竹色の水干(モドキ)を着た童子…と、あ、あ、あ、…敦盛様…!? 此度、源平と笛のアンテナに一番強く引っかかってきたのは他でもない敦盛様です。平家好き且つリアルに笛を学んでいる私にとって、敦盛様は憧れて止まないお方。その方が御自ら「ようこそお越しくださいました。」とご挨拶してくださった。なんと、なんと恐れ多く、また喜ばしいことか…!!! そして、ベンチに腰掛けていた私の隣にちょこんとお座りになって、他愛ない話に応じてくださりました。
■敦盛様といえば「青葉の笛」。ちらりと拝見すると、御腰の笛ポケットに収めてあるのが目に入りました。ここで勇気をひと絞り。
■「敦盛様に伏してお願い申し上げまする。そのご愛用の笛、私が手にとって拝見するは叶いましょうや?」……………。
■無言のままにっこり笑って笛を差し出す敦盛様……………舞い上がってそれを受け取らせていただきました。そして恐れ多くもためつすがめつ拝見させていただきました。能管(超意外!!!!)。演舞などもなされるため、耐久性の強い近代的な造作になっておりましたが(所謂樹脂管)、非常に美しい銀の天冠がしつらえてあり、佇まいのよい管にございました(私も能管の樹脂管を一管持ってるけれど、ぺらっぺらの金色の天冠がはまっています。いいなぁ、敦盛様…)。ずっと吹いておられたのか、指孔に施してある朱が擦り切れている辺り、たまらない。「能管でございますな?」「平成の世に蘇ってから手にした笛にございますれば、私も何の笛かようもわかりませぬ。」「では、"青葉の笛・ばーじょん2012かすたむ敦盛もでる"というところでございましょうか。」…敦盛様がにっこり。一応証拠写真。掴んでいるのは私の手にございます。感無量とは正にこのこと。
■恥ずかしながら日々の暮らしのまにまに笛を学んでいることを打ち明け、それが嘘偽りではないことの証に持参の笛をご照覧いただき(旅には必ず持参しています)、たとえ仮初の御姿とはいえ、古今東西に笛の名手として名高い平敦盛様に現身でお目もじ叶い、お言葉を交わし、御愛用の笛まで手に取らせていただいたことが、笛吹きの端くれにとってどんなに大きな励みになるか、滔々と奏上している傍らで、敦盛様は私の笛の袋の紐をくるくると外して管を取り出し、「これは、篠笛でございますか?」としげしげとご覧になっていらっしゃいました(明鏡六本調子、ようやった! 敦盛様が御自らお手に取られた果報者の笛!! 笛袋を揚羽の蝶の模様に取り替えておいてよかった…!)。ほんに愛らしいお方でおわしました。
■笛話が一頻りした敦盛様はその後知盛様を呼び寄せてくださいました。知盛様ですよ…うはーーーーー…もうダメ…へろへろになってしまいそう…………。わいるどだけれどお優しい雰囲気の知盛様も大変気さくにお話をしてくださいました。赤間神宮と対岸の神社には行ったけれど、ご自身の墓を見つけられなかったと仰せでした。「対岸の神社とは、早鞆瀬戸に面した和布刈神社ではありますまいか? 知盛様のお墓はそこから少し離れた甲宗八幡神社拝殿の右の裏手にございまするが…。私もよう訪れまする。」「左様でございましたか…行ってみたいものよのう…。」…どうぞどうぞお運びくださいませ、庭も同然の壇ノ浦界隈、許されるならばがっつりご案内申し上げるものを…!! 先帝祭の話、知盛提灯の話、いろいろな話に興味深く耳を傾けてくださり、ますます大好きになりました。
■そうそう、知盛様は最初はお手に何も持たずにお出ましになっていらっしゃったけれど、「我も鼓を取って参りましょうぞ! しばしお待ちを。」と陣裏へ向かって駆け出していかれました。「なりませぬーーー! こんな乾燥した日に鼓などというでりけーとな楽器を携えて屋外にお出ましなどと…! 何より私めのような田舎住まいの浅ましき平家ファンにお構いくださいますなーーーー!! ご足労が勿体のうござりまするぅーーーーー!!!」…と言い終わらない内に、御愛用の鼓をお手に携えて再びお出ましに。申し訳ないやらありがたいやら…これも勿体無くも手に取って拝見させていただきました。これも平成ばーじょんでした(革が樹脂、レーヨンの紐、腰につけるためにカラビナが付属)が、「どこを狙ってあたっくすれば鳴りましょうか?」という質問に「この真ん中を目掛けて打ちまする。」と何度も打ってくださいました(ティンパレスの音が丸くなった感じの冴えた音)。「明日の演舞でも打ちまする。是非にご覧くださいませ。」…知盛様の仰せとあらば、もちろん否やはございませぬ。しっかりお伺いさせていただきまするとも。
■いやーーー…濃い。本当に濃いわ……。私は話が下手なので、どうすればちゃんとお話できるか「持っていき方」も少し考えはしましたが、それを遥かに凌駕するホスピタリティが感じられました。ほんに楽しゅうござった。平家ファンとしてはたまらない心躍る時間でござりましたぞ。元気をたくさん賜って、3.5日かけて回復するつもりがふるちゃーじされた思いにございます。皆々様のお心遣い、誠に嬉しゅう存じました。ありがとうございました。心より御礼申し上げ奉りまする。
■本日のらぶりぃショット。神戸・清盛隊の音撃戦士のお二方。笛の敦盛様、鼓の知盛様。知盛様は既に鬼になっておいでです。