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年末年始の思い出②出店と機材レンタルと壊れたギターとしんじくんと

どもどもTMGWです。

振り返るとどーしても長くなってしまったww年末年始の出来事続けます!




出張てらや。年末までたくさん出店させてもらいました。


クリスマスイブにてらやガールニューフェイス女子校生二人とワチャワチャ出店して


帰りにケーキ買ってみんなで食べたり、





年末はお馴染みアメ村新神楽のイベント「愛と誠2015」にもレギュラー参戦して、

大晦日に片付け終わって実家で新年を迎えたのでしたーーーー




そして2016年新年あけましておめでとう。

地元で遊んでくれるかなーと思ってたやつが結局無理で(><)

それでも近所の同い年幼馴染が暇してたので、毎年行ってる神社へ初詣。


自分の幸せと個人的に思い入れのある人の幸せを願った。

そのあとに「心を洗い流そう!」ということで

余り知られていない日本海の絶景スポットに行く。

怖かった。



大阪に戻り、5日よりstudio GREENGREEN&たこ焼きてらや営業開始。

が、すぐに今年最初の体調不良。寝まくって何とか治す。



アメ村大決起集会「MANPOWER2016」

出店や機材レンタルもさせてもらって、とりあえず2016年回り始める。


そしてCROW DRAGON TEA新年一発目は2/11名古屋ロックンロール。

大変だ!!先述した12/20のライブでぶっ壊れたマイギターを直さなければ!!




おれにはギターを修理、改造、メンテしてくれる人がいる。

連絡、日程合わせてこのギターを造ってくれた「しんじくん」に祈る思いで渡す。



このギターには普通じゃない思い入れがある。

完全オーダーメイドで造った「TAMAGAWAモデル」なのです。


遡ること13年前?

ライブハウスでよく見かける人と気が付けば仲良くなった。

ひと言で言えば、パンクロックな人。

パンクロックをしてる人ではない。パンクロックな人間という意味だ。




当時バンドの打ち上げに出たら、しんじくんが隣の席に。

普通にライブハウスで仲良くなっていて、ギターを造る仕事をしているというのは

知ってた。いいなあ、おれもいつかは。。。とか思ってた。



打ち上げで楽しい時間を過ごし、隣のしんじくんとも酔いに任せてトーク、トーク。




いきなり

「おい、お前何でおれにギター造ってくれって言わへんねんコラ」

酔ってトロンとした眼で言われた。



知り合ってから間もなく職場の工房にお邪魔して

当時使っていたテレキャスターというギターの故障をよく直してくれた。

修理代も極限まで安くしてくれて、お金の無いおれには感謝のふた文字しかなかった。



でも、オーダーメイドギターなんか選ばれた人しか使っちゃいけないもの(笑)と思ってたし、

そもそも自分の知識では30万~ぐらいはするんちゃうん??

言えるわけないやんそんなん!無理やってしんじくん


色々話すと

もう、今でもそのときのこと思い出すんやけど

「金とか無いのわかってるわ。お前はおれにギター造って欲しいんか、欲しくないんか、どっちやねん」

「造って欲しいよそりゃあ」

「分かった、金はうまいこと安くやるから。やろうぜ」



こんな酒の席の口約束で造ることになったのだ。

後日本当にギター造ることになって恐る恐る工房へ。

色、形、自分の求める音、ミーティングを重ねて

時は経ち、


遂に完成したのだった。

値段は言えないけど、安いとかそういう問題ではない値段だった。





ライブが激しいからよくメンテナンス持って行った。

CROW DRAGON TEAに入ってから「打痕」がひどくなった。

しんじくんはいつも言う。

「ムチャクチャにやれや。それが玉ちゃんやん。壊れても直してやるから。」


もう、見た目はボロボロだ。



でも、常にサイコーに弾きやすくて大好きな音が出せる。



今回、初めてネックが折れた。ショックだった。

もうダメかと思ったけど、今回も直してくれた。



プロってすげーな。感動した。

ありがとうと何度も言って、飲みに行った。


スマホ意外と使えています



カメラ向けられてるの気付いてオチャメなポーズ


「終電で帰る」と言って大体逃してタクシーで帰る



性格は気難しかったりハッキリしたり、ほんで基本的に酒癖が良くない。

深酒してケンカして、、、

正しい、間違いとかじゃない。きっと彼はそれでいい、それが普通と思ってる。


おれはしんじくんのそんな一面にあこがれる。

やっぱり自分なら周りの目は少なからず意識してしまうし、敵は作りたくないなあって思うもん。

そして寂しがりなところもあり。笑

もう、何歳上かようわからんけどw同じ目線で仲間として話してくれる。



ここ1,2年体調崩して心配してたけど、ゆっくり良くなってるみたいやし、

人生初のUSJはしんじくんと行ったしwまた今年も行きたいな!

これからもよろしくお願いします!!!


年末年始の思い出①ISCREAM 7 SHOWERSラストライブ

どーーーも、TMGWです。

なんか忘れてる・・・と思ってたら、

ブログ全然書いてなかった!!!!汗



前に更新したのが12/10やから、丸三か月はさすがにダメですね。反省。

というわけでスタジオというかたこ焼きというか個人的にというか
今日現在までの日常を幾つかに分けて振り返りたいと思います。

そしてもう少しちゃんと更新しますので、たまに覗いてやってください!!





12/20@神戸ブルーポート。

CROW DRAGON TEA&ISCREAM 7 SHOWERS最後のダブルステージ。

この日でI7Sのサポートを終了すると数か月前にメンバーと相談して決めていた。

I7Sの活動方針もあり、このことを告知しなかった。





サポート初日は2013年か。


数えたら約3年もやってた。サポートの域を超えたギターになっていたし、

3年前から好きになってくれた人もいるはずやし、お願いして

イベントの10日前にこのブログで告知させてもらった。前回の更新のやつね。



2ステージはメリット、デメリットがある。




自分はバンド、ライブが生き甲斐なので1日に2回もライブさせてもらって嬉しい反面、

終了後に立てないぐらいの疲労からすぐに別バンドの体にシフトチェンジして迷惑かけないように

疲れてるそぶりも見せない。当然切り替えには多少の時間が必要なので

対バンがほとんど見れない。これが辛かった。



でも色々考えても身体は一つ、無理してることには変わり無いので

どうせやるならポジティブに誰より目立ってやれ!という気持ちでやっていた。




ここに「出張てらや」が入ってくると、もう目の前しか見えないトランス状態に

なってたことは想像して頂けるかとwww

何度も言いますが、身体は一つやから。これが仕事だったらむっちゃ出来るオトコやでw




そんな思い出を作ってくれたI7Sは、かけがえのない腐れ縁だ。



しんのすけのやり方に疑問を持ったことは正直何度もある。
ただ、そのやり方に「ブレない感じ」が見えてるから嫌いにならない。



ヨネは最初は典型的な子分肌で、やりやすい反面
言われたとおりやって、エゴが見えず
こいつ本当はやりたくないんじゃないか?と思ったときもあった。



ユウダイはスタジオでいつもみんなに怒られてばっかりで
びびって何も言い返さず、ひと言も喋らんし、
こいつ本当は脱走したいんじゃないか?と思うときもあった。




でも、I7Sはそういった「ストイックなスタイル」だからこそ

鬼気迫るオーラというか、

観た人を魅了出来るのだと思う。


もう、ついて行くの精一杯でしたw


特筆したいのが、

そういうの苦手な人は居ると思うし、厳しい部分もあり

居なくなってしまったやつも居たけど

どっちが悪いとかじゃ無かったのかなと思う。

さんざん怒られながらI7Sローディーを長年務めてくれたイサム、

FIGHT BACKという復興支援TシャツをI7Sとコラボして販売

ついでに色々手伝ってくれるユウセイ、


寄って来て居残ってくれるのは本当に芯のあるいいやつばかりだ。絶対裏切らない。

そんな活動方法は、自分のやりたいことではないけれど

素晴らしいと思った。



当日。

CDTは真逆の「平和な」バンドなのでwwwいつもこんな時でも迷惑がらず

どんな状況でもやれるバンドやし、I7S最後だからと言ってCDTに気合いが入ってないとか

思われるのが嫌だったので、いつも以上にやったら





ギター折れました。
やべーもう1ステージあるのに!!


そこに観に来てくれてたガナリヤ、サイレントニクス/てらやボーイのたいすけが

ギター持って来てますと。ありがとう、借ります!!


バタバタしながらI7S本番。フロア最高潮。

色々やってきたこと、やり切れなかったこと、

思い出しながらライブを楽しんでいた。


ここからのことは言葉に出来ないシーンがあるので、写真で。








嬉しかった。本当に嬉しかった。ありがとう。ほんまにありがとう。

この瞬間をバッチリ残してくれたカメラマンのシャショー、最高でした。感謝。



ストンピンもノットアネームもフリーキックも、本当これからもよろしくお願いします。


ISCREAM 7 SHOWERSのギター、2015年12月20日ブルーポートで辞めます。

どーも、TMGWです。

ISCREAM7SHOWERS(I7S)が大好きな皆さんへ。

突然ですが、今年最後のライブ

2015.12.20sun@神戸ブルーポート
「PUNK ADDICTSHOW」で





長い間していたギターサポートを辞めます。






サポートやからイチイチ言わんでええやん

って思いも無くもないのですが、

メンバーと勘違いしている人も多いぐらい笑 精一杯サポートしていたので

メンバーにお願いしてここで書かせてもらうことにしました。




元々Gvoしんのすけとは前のバンド

「ダイナモ」と「GLADIATOR」で2000年の春ぐらいに神戸で出会った。

いいところもイヤなところもほぼすべて知っている。

駆け出しで、勢いだけでどこまでも行けると思っていた。





GLADIATORは本当にあまのじゃくなバンドだった。

パンク/ハードコア/メロディックの音なのにそう呼ばれることを嫌い、

「自分たちはROCKだから」と敢えて自分たちのことを知らないような場所を好み

色んなジャンルと闘っていた。

それが間違っているとは微塵も思わないけれど、『CDを出す』『セールスに繋げる』

事に関しては本当に真逆な活動だったと今振り返って思う。







そんな自分達にウチから音源出そうと言ってくれたのが

I7S所属、ROCK ROOM RECORDSのレーベルオーナーであるしんのすけだった。


そして出した音源はやはりそこまで売れず。それでも次回の話もしてくれていた。

(本当は言うこと聞かない俺らにムカついてたと思う。w)



その話をまとめる前にひょんなことからGLADIATORは解散してしまい、

恩義を返すことが出来なくなってしまった。



その後CROW DRAGON TEAに入ったおれはI7Sとまた対バン出来ることに心から喜びを感じていた。



数年経ったある日しんのすけから電話。

ギターに辞めてもらおうと思う、という相談だった。

もちろん何度も止めたし、励ました。


でも所詮外部の人間、バンド内のことに首を突っ込むわけにはいかなかったし

結果的に前任のギターつよは脱退した。


その時に「自分がやればI7Sは止まらなくて済む」「あの時返せなかった恩を少しでも返せる」

と思ったのだけれど、

何人もメンバー辞めていくのを見てきたし、外様から見たI7Sはとても厳しい、怖いイメージあるし。

おれもその中でやっていけるか不安だったし、ギターはムズイし、

めんどくさいバンド内ゴタゴタとか嫌やし、



でもそれよりもI7Sを助けたい、

恩返しがしたい、

この気持ちが勝ったのでヘルプを名乗り出た。



ギラギラした胃が痛くなるようなピリピリ感はもちろんある。

でも『そういうバンドなんやな』と思うだけで、イヤではなかった。







「もう、メンバーになったらいいのに」

何人に言われただろう。メンバーにも言われたしw


違うんです。もうこれはおれにしか分からないと思うし細かに説明する気も無いです。




サポートだから2年8か月もやれたんです。

自分が発信するバンドじゃないんです。

大好きな仲間が求めている助けに応えたい、それが自分のやってきた理由です。


これからもメンバー以外で1番の仲間で有りたいし、

ライブも休み取ってでも見に行きたい。

何より本当の意味での『対バン』を心から楽しみにしている。

CDTとI7Sは仲が良いからね。当たり前で。



I7Sでステージに立ったお陰でいろんな出会い、再会があったし、

最後に「STOMPIN'BIRD」という今まで何回も対バンして

勝ったと思えたことが無いような最強の仲間のレコ発で挑戦するのも

燃えています。







お客さんへ。


メンツ見ても申し分無いし、来れそうな人は絶対来るイベントですね。

でも迷っている人。

偉そうで申し訳無いですが、

自分の最後にISCREAM 7 SHOWERSでプレイする姿を見て欲しい。


I7Sは告知活動をあまりせずにLIVEに懸けるスタイルでやっています。

本当はこの告知もしたくなかったかも知れない。


そこをおれが敢えてお願いして書かせてもらっています。

I7Sを知ってくれてるひとは、これが20日に対する覚悟の度合いと判ってもらえると思います。



I7Sの第何章か知りませんが、この章は20日で終わりです。

少しでもスケジュール無理が効きそうなら、絶対来てください。楽しいのは判りきってるんで。




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あーー最後かーーー

2ステージしんどかったなあああ!!笑

やりきるぞ!!!!!!!!!



ではまた!