GOOD RIDDANCEとDROWNED MIND
ど-----も。TMGWです。
週末はてらや店舗はテラシマくんに任せ、TMGWは出店してました。
おれの中で特別なイベント『GOOD RIDDANCE』。
この日てらやガールが誰も居なかった為、
ブーイング覚悟でてらやのルーキー、てらやボーイ松尾くんを連れて行った。
11月18日に枚方で行われる『水都音楽祭』に彼がリーダーとして
出店することが決まっているし、場数踏ませないとね。

お世話になりまくっているLOVE IS DEADとDROWNED MINDをはじめ、
出演バンドの皆様、ロケッツの皆様、オーディエンスの愛すべき方々、
このグルーヴ。たまりません。

松尾くんも頑張ってた(写真無しww)。お陰でたくさん食べて頂いたよーー。
今回はそれよりもひとつ、どうしても記さなあかんことが。
今回のライブでDROWNED MINDが活動を止めた。
さきに言っておくが、いつか必ず復活する。解散ではない。
ただ、おれにとってのドラウンドマインドというバンドの偉大さを
ここを読んでくれるあなたにも知ってもらいたい。
少々お下劣な話も出すかもしれないが、許してください。
2000年ぐらいにおれが当時やっていたGLADIATOR(超駆け出し)は
京都ウーピーズでLOVE IS DEADと対バンした。
当時、はっきり言ってバンド活動の何も分かってなかった。

今、僕の周りに居てくれる人達には信じられないと思うが、
当時のGLADIATORは打ち上げに出たことが無かった。
理由は、打ち上げの意味がよく解らないから。知らん人と何を話すねん。
こんな感じだった。その日の打ち上げも断って、電車で大阪に帰った。
後日、LOVE IS DEADから連絡があり、なんばロケッツでイベントをするから
出演しないかとオファーを頂いた。
おれらは嬉しくて、お願いしますと快諾した。
そのイベントが『GOOD RIDDANCE(グッドリダンス)』だ。
ちなみに外人でGOOD RIDDANCEというバンドがいるが、全く関係無い。
出演バンドのレベルの高さにマジでびびった。
同時にハーフみたいなやつや外人、色んな地方から来阪してるバンド、
色んなひとが普通にいるこの空間が不思議でかなわなかった。異空間だった。
お酒を飲んでライブすることはバンドマンは賛否両論だが、
おれは反対派だった。
でもこのイベントはリハーサル終わりで近くのシューマイ屋さんに移動、
出演者みんなでカンパイ、宴が始まる。
何もかもが新しく、おれもわけがわからんまま、呑んだ。
頭の中がハテナでいっぱいだったおれたち。
それを見てかどうかはわからんが、おれたちにひとつひとつやさしく
説明してくれたのがDROWNED MINDだった。
地方のバンドが少しでも来て良かったなと思ってもらえるようにする。
ライブハウスとバンドは共存しないといけない。だから絶対迷惑をかけない。
出演してる時間帯以外は気取らず、自分が一番楽しめばいい。
出演者からイベントを盛り上げていこう。だってライブしてないときは客になれるのだから。
『ハカセのおっさん』『ブタ』『エロ教師』と他のみんなから呼ばれて嬉しそうに笑ってる
三人をみて、『自分はこんなふうに言われたら腹立つし耐えられないなあ。』と思った。
ライブが終わり、すぐに打ち上げへ。この『すぐに』っていうのも驚いた。
要するに『完全撤収』と言われる時間を守っているということだ。
その日の打ち上げがおれの音楽人生にレールを敷いてもらったようなものだ。
今思い返しても、悲惨な光景だったww
パンツびりびりに破って、たすき掛けにしてるやつ。
フルチンになって体中の体毛を燃やすやつ。
身体にコップがたくさん引っ付いてるやつ。
タバスコを。。。。もういいか。笑

衝撃的な光景を目の当たりにして、負けず嫌いなおれは
そんな『異国』へ、びびってねーぞと飛び込んだ。
グッドリダンスによく呼んで貰えることが誇りだった。
二十歳そこそこのおれは大分失礼だったと思う。
そんなおれを、ぱっと見ほとんどすべてが年上だったであろう人達は大きな心で許してくれた。
おれは『これがおれの求めていたバンド活動だ』と思った。
そしてグッドリダンス以外のライブイベントでも
毎回朝まで負けないぞという意気込みでライブ、打ち上げをした。
毎回毎回覚えてないぐらい酒を飲み、年上年下関係無く『絶対負けへんぞ』と
睨みを利かして強く握手した。
そんなバンド活動は他の環境では合わないこともあった。
でもおれはこうしたいというモノがあったので、曲げなかったかな。
今になって解かることなのだが、ドラウンドやL.I.Dがそんな失礼なおれを怒らなかったのは
おれが一生懸命やってたのを理解してくれてたからだと思う。ありがたや。
もしおれならこんなクソガキ、絶対殴ってる 笑。

ドラウンドに一度ショートツアーに一緒に行こうと言われ、何箇所かライブした。
そのときにリハ終わりでギターのツカさんに初めて怒られた。
内容は、リハの時間をオーバーしていたことについてだった。
『ライブをお願いしてるのはこっちだ。
お前らは与えられた時間で音を作れない未熟なバンドだ。
時間オーバーしてるのにヘラヘラすんな。勘違いすんな。』
ヘコんだ。反省した。
バンドマン、バンド活動していくなら、ライブ以外のところをしっかりやれ、と。
身に染みて納得した。おれはまだまだ甘ちゃんだと。
隠れて涙を流した覚えがある。
その日の打ち上げはいつにも増して悲惨だった。もう書けない。笑

おれはバンドをしているとき、いつもドラウンドマインドを意識していた。
音楽性のかっこよさ。ライブの気合い。曲げない信念。
絶対ライバルと呼ばせてやると。
何か迷ったら『ドラウンドは喜んでくれるかな』と考えながらやったこともある。
そんな大好きな三人組。
活動停止。
悲しいにきまっている。でもドラウンドはいつものように爆裂ライブをかましてくれた。
おれはフードのことを忘れるぐらい暴れ狂った(ごめんなさいもうしません)。

なんかなあ、
いつも見てくれてるような。
ちっぽけなことで悩むなと言われてるような。
大丈夫や、おれらがいるじゃないかと言ってくれてるような。
すぐ戻って来そうな。数年後戻って来ると思うが。
そんなドラウンドがL.I.Dと共に作り上げたGOOD RIDDANCE。続いていく。

あんな楽しい空間、知らない人。ぜひ体験しに行って欲しい。
そこにはどんな人が遊びに来ようと、すぐにみんなと仲良くなれる世界がある。
今おれ34歳。
増えていくのは後輩ばっかりで、たくさんの先輩の方々に会えるのは本当にうれしい。
みんな尊敬出来るいい人ばかりだ。
あの環境に参加出来たことを誇りに思います。
週末はてらや店舗はテラシマくんに任せ、TMGWは出店してました。
おれの中で特別なイベント『GOOD RIDDANCE』。
この日てらやガールが誰も居なかった為、
ブーイング覚悟でてらやのルーキー、てらやボーイ松尾くんを連れて行った。
11月18日に枚方で行われる『水都音楽祭』に彼がリーダーとして
出店することが決まっているし、場数踏ませないとね。

お世話になりまくっているLOVE IS DEADとDROWNED MINDをはじめ、
出演バンドの皆様、ロケッツの皆様、オーディエンスの愛すべき方々、
このグルーヴ。たまりません。

松尾くんも頑張ってた(写真無しww)。お陰でたくさん食べて頂いたよーー。
今回はそれよりもひとつ、どうしても記さなあかんことが。
今回のライブでDROWNED MINDが活動を止めた。
さきに言っておくが、いつか必ず復活する。解散ではない。
ただ、おれにとってのドラウンドマインドというバンドの偉大さを
ここを読んでくれるあなたにも知ってもらいたい。
少々お下劣な話も出すかもしれないが、許してください。
2000年ぐらいにおれが当時やっていたGLADIATOR(超駆け出し)は
京都ウーピーズでLOVE IS DEADと対バンした。
当時、はっきり言ってバンド活動の何も分かってなかった。

今、僕の周りに居てくれる人達には信じられないと思うが、
当時のGLADIATORは打ち上げに出たことが無かった。
理由は、打ち上げの意味がよく解らないから。知らん人と何を話すねん。
こんな感じだった。その日の打ち上げも断って、電車で大阪に帰った。
後日、LOVE IS DEADから連絡があり、なんばロケッツでイベントをするから
出演しないかとオファーを頂いた。
おれらは嬉しくて、お願いしますと快諾した。
そのイベントが『GOOD RIDDANCE(グッドリダンス)』だ。
ちなみに外人でGOOD RIDDANCEというバンドがいるが、全く関係無い。
出演バンドのレベルの高さにマジでびびった。
同時にハーフみたいなやつや外人、色んな地方から来阪してるバンド、
色んなひとが普通にいるこの空間が不思議でかなわなかった。異空間だった。
お酒を飲んでライブすることはバンドマンは賛否両論だが、
おれは反対派だった。
でもこのイベントはリハーサル終わりで近くのシューマイ屋さんに移動、
出演者みんなでカンパイ、宴が始まる。
何もかもが新しく、おれもわけがわからんまま、呑んだ。
頭の中がハテナでいっぱいだったおれたち。
それを見てかどうかはわからんが、おれたちにひとつひとつやさしく
説明してくれたのがDROWNED MINDだった。
地方のバンドが少しでも来て良かったなと思ってもらえるようにする。
ライブハウスとバンドは共存しないといけない。だから絶対迷惑をかけない。
出演してる時間帯以外は気取らず、自分が一番楽しめばいい。
出演者からイベントを盛り上げていこう。だってライブしてないときは客になれるのだから。
『ハカセのおっさん』『ブタ』『エロ教師』と他のみんなから呼ばれて嬉しそうに笑ってる
三人をみて、『自分はこんなふうに言われたら腹立つし耐えられないなあ。』と思った。
ライブが終わり、すぐに打ち上げへ。この『すぐに』っていうのも驚いた。
要するに『完全撤収』と言われる時間を守っているということだ。
その日の打ち上げがおれの音楽人生にレールを敷いてもらったようなものだ。
今思い返しても、悲惨な光景だったww
パンツびりびりに破って、たすき掛けにしてるやつ。
フルチンになって体中の体毛を燃やすやつ。
身体にコップがたくさん引っ付いてるやつ。
タバスコを。。。。もういいか。笑

衝撃的な光景を目の当たりにして、負けず嫌いなおれは
そんな『異国』へ、びびってねーぞと飛び込んだ。
グッドリダンスによく呼んで貰えることが誇りだった。
二十歳そこそこのおれは大分失礼だったと思う。
そんなおれを、ぱっと見ほとんどすべてが年上だったであろう人達は大きな心で許してくれた。
おれは『これがおれの求めていたバンド活動だ』と思った。
そしてグッドリダンス以外のライブイベントでも
毎回朝まで負けないぞという意気込みでライブ、打ち上げをした。
毎回毎回覚えてないぐらい酒を飲み、年上年下関係無く『絶対負けへんぞ』と
睨みを利かして強く握手した。
そんなバンド活動は他の環境では合わないこともあった。
でもおれはこうしたいというモノがあったので、曲げなかったかな。
今になって解かることなのだが、ドラウンドやL.I.Dがそんな失礼なおれを怒らなかったのは
おれが一生懸命やってたのを理解してくれてたからだと思う。ありがたや。
もしおれならこんなクソガキ、絶対殴ってる 笑。

ドラウンドに一度ショートツアーに一緒に行こうと言われ、何箇所かライブした。
そのときにリハ終わりでギターのツカさんに初めて怒られた。
内容は、リハの時間をオーバーしていたことについてだった。
『ライブをお願いしてるのはこっちだ。
お前らは与えられた時間で音を作れない未熟なバンドだ。
時間オーバーしてるのにヘラヘラすんな。勘違いすんな。』
ヘコんだ。反省した。
バンドマン、バンド活動していくなら、ライブ以外のところをしっかりやれ、と。
身に染みて納得した。おれはまだまだ甘ちゃんだと。
隠れて涙を流した覚えがある。
その日の打ち上げはいつにも増して悲惨だった。もう書けない。笑

おれはバンドをしているとき、いつもドラウンドマインドを意識していた。
音楽性のかっこよさ。ライブの気合い。曲げない信念。
絶対ライバルと呼ばせてやると。
何か迷ったら『ドラウンドは喜んでくれるかな』と考えながらやったこともある。
そんな大好きな三人組。
活動停止。
悲しいにきまっている。でもドラウンドはいつものように爆裂ライブをかましてくれた。
おれはフードのことを忘れるぐらい暴れ狂った(ごめんなさいもうしません)。

なんかなあ、
いつも見てくれてるような。
ちっぽけなことで悩むなと言われてるような。
大丈夫や、おれらがいるじゃないかと言ってくれてるような。
すぐ戻って来そうな。数年後戻って来ると思うが。
そんなドラウンドがL.I.Dと共に作り上げたGOOD RIDDANCE。続いていく。

あんな楽しい空間、知らない人。ぜひ体験しに行って欲しい。
そこにはどんな人が遊びに来ようと、すぐにみんなと仲良くなれる世界がある。
今おれ34歳。
増えていくのは後輩ばっかりで、たくさんの先輩の方々に会えるのは本当にうれしい。
みんな尊敬出来るいい人ばかりだ。
あの環境に参加出来たことを誇りに思います。
10月14日その2 アメ村新神楽POT企画に出張てらや!
ども。TMGWです。
長かった10月14日。後半。
ATATAとタワーレコードに名残惜しくもお別れし、
おれは次の現場へと向かう。
心斎橋新神楽。若手メッセージメロディックポップバンド『POT』の企画
「勝手にMINAMI WHEEL 2012 サブ ステージ」 ~Road to MINAMI WHEEL 2013~に出張てらや!
前回のブログでも書いたが、実はスタート時間がタワレコと被っていた。
何とか少しでもPOTの迷惑に、イベントの迷惑にならない方法を考える。
思いついた最善の手段がこれ↓。
・まずたこ焼き道具を前日搬入でセッティングしておく。
・要冷蔵のものだけ翌日の入りでてらやガールに持っていってもらう。
・おれが神楽に到着するまでてらやガールにたこ焼き作ってもらう。
・ダッシュで向かい、バトンを受け取る。TMGWたこ焼き開始。
という壮大なスケールでの作戦を実行。(これしかありませんでした。)
新神楽に到着次第、ソッコーバトンタッチ。

てらやガールリーダーエリコはん、よう守ってくれたのう。ありがとう。
てらやガールまめ子はすでにご機嫌。POTとは昔から仲がいいと。
ちなみにPOTから一時期『たこ焼き』と呼ばれていたそうなww


オラオラオラといきなり全面焼き上げる。
夕方も過ぎ、お客さんもお酒とたこ焼きを欲し始める。



外はミナミホイール最終日。その中、こんなに満員にするとは
POT、やるでねえか。愛されてますな。

POTは愛されるバンドやと思う。『いっしょに頑張っていこうぜ!』ってライブ。
頼りない部分でさえ(ごめんね)オーディエンスからの『愛』に包まれる。
次はその貰った愛を10倍ぐらいにしてステージから放つようなライブが見たいなー。
とかなんとか昔のクセで分析してみたり。
そしてイベント終了にかけて何度も『打ち上げに一緒に出て欲しい』と言ってくれた。
ごめん、片付けと翌日の準備があってどうしても無理やと伝えた。
そしてズタボロになりながらてらや/GREENGREENに戻り、片付け。
家に帰ったら4時半ぐらいやったかな。。覚えてないや。
そして何事もなかったかのように翌日も営業するのでした。。。(美学)
今回身体ひとつでは100パーセント無理でした。
どっちつかずにならないように最大限努力しましたが、
色々ご迷惑をお掛けしたと思います。
その中で両会場の主催誘ってくれたATATAとPOT、タワーレコード梅田NU茶屋町店と新神楽、
おれの周りでサポートしてくれた松本ユースケ、大橋君、エリコはん、まめ子。
本当に感謝しています。面と向かっても言いましたが、改めてありがとうございました。
そして。。。オツカレサマデシタ。。。。バタッ
長かった10月14日。後半。
ATATAとタワーレコードに名残惜しくもお別れし、
おれは次の現場へと向かう。
心斎橋新神楽。若手メッセージメロディックポップバンド『POT』の企画
「勝手にMINAMI WHEEL 2012 サブ ステージ」 ~Road to MINAMI WHEEL 2013~に出張てらや!
前回のブログでも書いたが、実はスタート時間がタワレコと被っていた。
何とか少しでもPOTの迷惑に、イベントの迷惑にならない方法を考える。
思いついた最善の手段がこれ↓。
・まずたこ焼き道具を前日搬入でセッティングしておく。
・要冷蔵のものだけ翌日の入りでてらやガールに持っていってもらう。
・おれが神楽に到着するまでてらやガールにたこ焼き作ってもらう。
・ダッシュで向かい、バトンを受け取る。TMGWたこ焼き開始。
という壮大なスケールでの作戦を実行。(これしかありませんでした。)
新神楽に到着次第、ソッコーバトンタッチ。

てらやガールリーダーエリコはん、よう守ってくれたのう。ありがとう。
てらやガールまめ子はすでにご機嫌。POTとは昔から仲がいいと。
ちなみにPOTから一時期『たこ焼き』と呼ばれていたそうなww


オラオラオラといきなり全面焼き上げる。
夕方も過ぎ、お客さんもお酒とたこ焼きを欲し始める。



外はミナミホイール最終日。その中、こんなに満員にするとは
POT、やるでねえか。愛されてますな。

POTは愛されるバンドやと思う。『いっしょに頑張っていこうぜ!』ってライブ。
頼りない部分でさえ(ごめんね)オーディエンスからの『愛』に包まれる。
次はその貰った愛を10倍ぐらいにしてステージから放つようなライブが見たいなー。
とかなんとか昔のクセで分析してみたり。
そしてイベント終了にかけて何度も『打ち上げに一緒に出て欲しい』と言ってくれた。
ごめん、片付けと翌日の準備があってどうしても無理やと伝えた。
そしてズタボロになりながらてらや/GREENGREENに戻り、片付け。
家に帰ったら4時半ぐらいやったかな。。覚えてないや。
そして何事もなかったかのように翌日も営業するのでした。。。(美学)
今回身体ひとつでは100パーセント無理でした。
どっちつかずにならないように最大限努力しましたが、
色々ご迷惑をお掛けしたと思います。
その中で両会場の主催誘ってくれたATATAとPOT、タワーレコード梅田NU茶屋町店と新神楽、
おれの周りでサポートしてくれた松本ユースケ、大橋君、エリコはん、まめ子。
本当に感謝しています。面と向かっても言いましたが、改めてありがとうございました。
そして。。。オツカレサマデシタ。。。。バタッ
10月14日その1 タワレコ梅田NU茶屋町『ATATAインストアライブ』
ども!!TMGWです。
いやーーー疲れたわ10月14日。
これ以上は無理!!と言えるぐらいの過密スケジュール。。。
・梅田タワーレコードにて行われる『ATATAインストアライブ』に
studio GREENGREENが機材提供。
・アメ村新神楽にて行われる『POT』企画にて、出張てらや。
両方受けたのはいいが、まさかのオープンの時間が被ってるというww
王手食らった気分でした。
ATATAとおれ。
数年前まで活動していた『HOLSTEIN』というバンドが居た。
インディーズロック/パンクシーンと呼ばれる環境の中で異彩を放ち、
様々なバンドに影響を与えたバンドのひとつだ。
現に20代半ばまでのバンドマンのギタリストでHOLSTEINの歌をコピッてるやつの多さ。
そのメンバーがATATAには半数以上居て、仲良くならないはずがなかった。
思い出話を。
神戸アートハウスにて行われたISCREAM 7 SHOWERS主催『PUNK ADDICTSHOW』に
HOLSTEINというバンドが1stミニアルバムのレコ発で来るということで
おれがやっていたGLADIATORは呼んで頂いた。たぶん2003年。
ホルは衝撃を喰らうほどいいバンドだった。
同時に人間味溢れるアツイ男たちで、その日のうちに意気投合。仲間になった。
GLADIATORがCDをリリースした時の東京編をホルにお願いした。
逃げたくなるようなメンツが揃い、バンド人生で初めて『オシッコちびりそう』と思った。
その時のメンツはてらやに当時のフライヤー貼ってるんで見に来てください。。。
それからもお互いを刺激し合える、といったら恐れ多いがそんな関係だった。
特に同じギター同士の池谷君とはちょっとしたことで電話で相談するような感じだった。
その当時の池谷君は常にバンドのことで悩んで病んでというのが当たり前、
『駄目だ、このままじゃ駄目だ』といつも言っていた。周りに居るひとはよく知ってると思うが。
GLADIATORが解散すると決まった時。
言いたくなかったが、あまりにも苦しくて池谷君に電話した。
おれはたぶん頑張れとか言って欲しかったんやろな。
そしたら逆にホルの現状やら苦しいやらあいつは全然練習しないやらもう駄目だやら
おれの相談そっちのけで逆に相談されてしまった。
4時間以上話した最後におれが『頑張れ』と池谷君を励まして電話を切るというwww
まあ、あの時はそれはそれで救われたな。
そして時は流れ、去年の5月。お互いに当時とは違うバンドで再会。
本当に嬉しかった。
もちろん他のメンバー全て仲良くさせてもらってる。
ダイくん。ケンタ。まさしくん。デンカ。そしてナベさん。
本当にナイスガイの集まりだ。
思い出話はそこそこに、タワレコのインストアの話の続き。
おれは当日の流れを池谷君とやり取りしててんけど、インストア前日挑発的なメールが。
『モチロンCROW DRAGON TEAのライブの格好で来るんだよね?』
出た無茶振りww
引き下がれないのでおれは『当たり前だ』と。
そして当日。

入りから全開。
搬入終えてみんなでメシを食い、リハーサル。

音が漏れすぎて大爆笑の反面、『本当に大丈夫か?』と少しの不安。

『今更小さい音で出来やしないよ!みんなそれを求めてんだから』男気ナベさん。
『大丈夫かな。。ブラシスティックに替えようかな。。』不安げなデンカ。
『あかりさん来ないしーそんなもんだよおれなんか』ケンタ。
『全然自分の音聞こえねー』といいながら完璧に演奏しているマサシくん。
『てらやガールとはデキてんの??』しつこいダイくん。
『おめー、ピック持っとけよ』いけやくん。
そしてオープン。すぐ満員。
ライブ開始。ナベさんが回すテキーラが最終おれのとこに。頂く。
盛り上がる。
ライブ中ステージから視線を感じる。
おれダイブする。
ギター渡される。
弾け!!!!と言われる。

ワケ分からんままATATAになる。
曲が終わるときにケンタの視線がバスドラにあることに気付き、

身体が勝手に。
しかし楽しかった。。。
確実にその瞬間タワーレコードは『ライブハウス』になっていた。
スケジュールを考えると普通は断るかもしれないが、頑張ってやれば出来ると信じて
やってよかった。
ATATAが呼んでくれたお客さんに何年かぶりに逢えたおれの知り合いもいた。感謝。
そしてタワーレコード梅田NU茶屋町店のスタッフのみなさん。
デキるひとたちでした。。。頭が下がります。
なんやかんや続けてこの現場に居れば、また巡り合うんやろなあ。楽しみ。

そしておれはタイムリミットを迎え、ATATAに別れを告げ、次の現場に向かうのでしたー
つづく。
いやーーー疲れたわ10月14日。
これ以上は無理!!と言えるぐらいの過密スケジュール。。。
・梅田タワーレコードにて行われる『ATATAインストアライブ』に
studio GREENGREENが機材提供。
・アメ村新神楽にて行われる『POT』企画にて、出張てらや。
両方受けたのはいいが、まさかのオープンの時間が被ってるというww
王手食らった気分でした。
ATATAとおれ。
数年前まで活動していた『HOLSTEIN』というバンドが居た。
インディーズロック/パンクシーンと呼ばれる環境の中で異彩を放ち、
様々なバンドに影響を与えたバンドのひとつだ。
現に20代半ばまでのバンドマンのギタリストでHOLSTEINの歌をコピッてるやつの多さ。
そのメンバーがATATAには半数以上居て、仲良くならないはずがなかった。
思い出話を。
神戸アートハウスにて行われたISCREAM 7 SHOWERS主催『PUNK ADDICTSHOW』に
HOLSTEINというバンドが1stミニアルバムのレコ発で来るということで
おれがやっていたGLADIATORは呼んで頂いた。たぶん2003年。
ホルは衝撃を喰らうほどいいバンドだった。
同時に人間味溢れるアツイ男たちで、その日のうちに意気投合。仲間になった。
GLADIATORがCDをリリースした時の東京編をホルにお願いした。
逃げたくなるようなメンツが揃い、バンド人生で初めて『オシッコちびりそう』と思った。
その時のメンツはてらやに当時のフライヤー貼ってるんで見に来てください。。。
それからもお互いを刺激し合える、といったら恐れ多いがそんな関係だった。
特に同じギター同士の池谷君とはちょっとしたことで電話で相談するような感じだった。
その当時の池谷君は常にバンドのことで悩んで病んでというのが当たり前、
『駄目だ、このままじゃ駄目だ』といつも言っていた。周りに居るひとはよく知ってると思うが。
GLADIATORが解散すると決まった時。
言いたくなかったが、あまりにも苦しくて池谷君に電話した。
おれはたぶん頑張れとか言って欲しかったんやろな。
そしたら逆にホルの現状やら苦しいやらあいつは全然練習しないやらもう駄目だやら
おれの相談そっちのけで逆に相談されてしまった。
4時間以上話した最後におれが『頑張れ』と池谷君を励まして電話を切るというwww
まあ、あの時はそれはそれで救われたな。
そして時は流れ、去年の5月。お互いに当時とは違うバンドで再会。
本当に嬉しかった。
もちろん他のメンバー全て仲良くさせてもらってる。
ダイくん。ケンタ。まさしくん。デンカ。そしてナベさん。
本当にナイスガイの集まりだ。
思い出話はそこそこに、タワレコのインストアの話の続き。
おれは当日の流れを池谷君とやり取りしててんけど、インストア前日挑発的なメールが。
『モチロンCROW DRAGON TEAのライブの格好で来るんだよね?』
出た無茶振りww
引き下がれないのでおれは『当たり前だ』と。
そして当日。

入りから全開。
搬入終えてみんなでメシを食い、リハーサル。

音が漏れすぎて大爆笑の反面、『本当に大丈夫か?』と少しの不安。

『今更小さい音で出来やしないよ!みんなそれを求めてんだから』男気ナベさん。
『大丈夫かな。。ブラシスティックに替えようかな。。』不安げなデンカ。
『あかりさん来ないしーそんなもんだよおれなんか』ケンタ。
『全然自分の音聞こえねー』といいながら完璧に演奏しているマサシくん。
『てらやガールとはデキてんの??』しつこいダイくん。
『おめー、ピック持っとけよ』いけやくん。
そしてオープン。すぐ満員。
ライブ開始。ナベさんが回すテキーラが最終おれのとこに。頂く。
盛り上がる。
ライブ中ステージから視線を感じる。
おれダイブする。
ギター渡される。
弾け!!!!と言われる。

ワケ分からんままATATAになる。
曲が終わるときにケンタの視線がバスドラにあることに気付き、

身体が勝手に。
しかし楽しかった。。。
確実にその瞬間タワーレコードは『ライブハウス』になっていた。
スケジュールを考えると普通は断るかもしれないが、頑張ってやれば出来ると信じて
やってよかった。
ATATAが呼んでくれたお客さんに何年かぶりに逢えたおれの知り合いもいた。感謝。
そしてタワーレコード梅田NU茶屋町店のスタッフのみなさん。
デキるひとたちでした。。。頭が下がります。
なんやかんや続けてこの現場に居れば、また巡り合うんやろなあ。楽しみ。

そしておれはタイムリミットを迎え、ATATAに別れを告げ、次の現場に向かうのでしたー
つづく。