STUDIO BAKUBAKU BLOG
Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

若さを吸う

気がつけばクソ暑い夏です。
最近はtwitterやらfacebookやらで精一杯な状態でブログがかなり疎かな事になっていますが、地道に新作作り出してます。

ブログでは言ってなかったんだけど、今年の春から急遽、某芸術系の大学でストップアニメーションを教える事になって、久しぶりに大学通いと言うのをしていました。
ついでに言うと、高校以来の電車通学です。

先生と呼ばれて悪い気はしないけど、僕の知識はかなり独学なんで、教えるに当たって、ちゃんとした一般的な知識を再勉強。
何となく感覚で解っていた事を、他の誰かの著書を読んで再学習すると色んな事が見えてきます。
綺麗な構図だとか、気持ちのいいカット割りだとか。

まだ僕自身、アニメーションを始めて今年で6年目ぐらいなんで大した経験がある訳ではないのだけど、物づくりの楽しさを少しでも伝えられたかな?と。

で、与えるだけじゃ勿体ないので若さを吸ってきました。
最近の若い子は真面目なんで、課題とか一所懸命に取り組んでくれます。
僕が学生の頃は、ほとんど授業には出てなかったけど、今の子は真面目です。

吸い取ったエネルギーを作品にぶつけてやろうかと思ってますが・・・・暑い。

シナリオ

やっとこさシナリオがあがりました。
僕の場合、まず撮りたいシーンやアングルがいくつかあって、それを繋げる為に物語を構成するもんだから、無理矢理感が強いのです。
ずっと脳内にあったのは「砂漠」「宇宙ロケット」「巨大な建造物」「龍」これらのシーンをどう結びつけて、どう物語にしていくか。
常に考えてる訳ではないけど、ふとした瞬間に思いつく事があって、その度に携帯にメモしているんだけど、後から見ると何の事やら解らない単語が並んでいたり。
ゴリ押しな感もあるんだけど、何とかストーリーが繋がったので、次は絵コンテです。
絵が苦手な僕には一番面倒な作業。
どうなることやら。

妄想メモ

 京都の町に人知れず存在する非営利団体がある。
 彼らは自らを「京都景観保全委員会」と名乗り、京都の町が京都の町らしくあるべく、日夜景観の保全に取り組んでいた。

 毎日のゴミ拾いは勿論の事、マンション建設の話が持ち上がれば近隣住民でもないのに建設反対運動を行い、放置された自転車があれば遠く十条や丹波橋へ運び、桜や紅葉の繁殖を行い、祇園祭が近づけばコンチキチンとなるCDを至る所で垂れ流し、カラフルな看板があれば京都らしい渋めの色に塗り替えていった。
 噂では、落ち葉を掃くお坊さんも、石畳を練り歩く芸者も跡取りが途絶えて久しく、しかしそれでは風情がなかろうと、彼らが演じているのではないかとの声もあるとかないとか。

 京都の町の東を北から南に流れる鴨川。
 牛若丸と武蔵坊弁慶が戦い、出雲阿国が歌舞伎を産み出し、さらし首が並んだこの川も今では「鴨川等間隔の法則」として有名になっている。
「鴨川等間隔の法則」とは、三条四条間のおよそ400メートルのエリアに昼から夜にかけてカップルたちが等間隔で座っている法則の事である。

 当初、「京都景観保全委員会」は、歴史あるこの川でカップルがいちゃつくなど何たる不遜!と鮎釣りの振りをして竿を振り回し、酔っぱらいの振りをして絡み、鴨川に座ったカップルは別れるなどの噂を流布し、対岸からロケット花火で攻撃するなどして追い払っていたのだが、いつしか「鴨川等間隔の法則」は全国的な知名度になり、押し寄せるカップルの波に逆らう事が出来なくなったのである。
 「これもまた、新しい時代の京都らしさなのかも知れんなぁ。」
と言い出したのは、一人の老人であった。彼は京都タワー建設反対運動時のリーダーであり、京都駅やホテルオークラ建設の折りにも先陣を切って反対の声を上げた人物であった。

 鶴の一声で「鴨川等間隔の法則」は京都らしいと認められた事により、彼らの任務は等間隔を守らせる事に相成った。彼らは警備員の制服を身にまとい、肩から「等間隔維持を心がけましょう」と書かれたたすきをかけ、鴨川に降り立ったのである。
 彼らの任務は当然の事ながら、「鴨川等間隔の法則」を乱す者の排除であり、彼女の前でいい格好したがる男子には武力行使さえ辞さない覚悟である。
 メジャーを手にした彼らはカップルとカップルの間隔が彼らの定めた一間(1.8メートル)を保てているかを計る。もし、少しでもズレているカップルが居れば、笑顔で「済みません。もう25センチ右に寄って頂けますか?等間隔維持にご協力下さい。」と移動を促す。時に3人組であった場合などは、横三列ではなく、前二人後ろ一人と配列を変えて行く。
 そうこうしているうちに、うるさい奴が来たと思ってどこかへ行ってくれればしめたもの。こうして京都の景観は彼らの手によって今日も守られているのであった。

コタツ

今をさかのぼる事、4ヶ月前の事である。
引っ越しで積み込んだ荷物の荷解きも出来ていない11月。
「まずは居住空間の整理だ。」と私は思った。
アトリエを構える為に引っ越してきた町家でありながら、アトリエなんて二の次だと思える程スキマ風が厳しく、冬を迎える前になんとかしなくてはいけない状況に追い込まれたのだった。

二階の部屋を居住空間とする予定だったので、本やPC、TV、衣類、寝具を運び込み、最後にコタツを入れたのである。
コタツは出れないものであると言うのは既に教科書にも載っていないような当たり前の常識で、私は11月末にコタツに入ってからほとんど出れずに居る。

いつしか、私の足はコタツに根を張り、一つの生命体になった。
昔、ガンダムの上半身をジオングの下半身とくっつけて、新たなMSを作り出した時と同じような形で、私の腰から下はコタツになったのだった。
特に寒い日は顔だけガンダムで銅から下がジオングみたいな日もあった。

コタツの上にはカセットコンロとPC、TVが置かれ、食事をしてはTVを見、ネットサーフィンを嗜む。

コタツの下半身は移動に不便な為、ごくたまに、下半身をVigoreのロードバイクに付け替え、遠出を楽しむかに見えたが、1月中旬に鈴鹿峠の手前でパンクしてからは、コタツに潜ったままの生活になっている。

二月のある寒い日の事だ。
私はあまりの寒さに、遂に顔までコタツの中に沈んで行ったのである。

赤い光に照らされたコタツの中を深く深く沈んでいって、たどり着いたのは真っ白な砂浜であった。
真っ赤な太陽が私をサンサンと照らし、照り返す砂浜はまるで熱されたフライパンのように熱い。
遠くの方ににヤシの木が覆い茂る日陰があるので私はそこに逃げ込もうと思うのだけど、身体が上手く動かない。
足下を見ると私には棒のような4つ足が生えていて、それを覆い隠すような厚手の布団のようなスカートをはいている。
私の身体は例えではなく本当にコタツになってしまっていた。

動かない下半身に望みを捨てた私は、匍匐前進のような姿勢で這いつくばって砂地を進む。
皮膚と一体化したコタツ布団にはサラサラの砂がまとわりつき、コタツに中にまで砂が入ってきて気持ちが悪い。
だんだんと比重を増す下半身。
焼けた砂地でやけど寸前の手のひら。
近づいても近づいても届かない日陰。
いつしか、身体中の水分は失われ、私は乾涸びる寸前まで追いやられた。

さっきまであんなに寒かったのにどういう事だ?私はコタツの中に潜ったのではなかったのか?コタツの中になぜ灼熱のビーチがある?私は思考の片隅で、これは夢なんじゃないだろうか?と思い、遂に気を失った。


と言う夢を見て、のっそりとコタツから立ち上がり、私は二本の足で水を飲みに行った。

口癖

「いや、別に変な意味じゃなくて。」

今日、バスの中で数十回と聞かされた男の口癖。
会話の内容から、大学生であろう男女の会話で、どうやら付き合ってる訳ではなくて、男の方は多分女性の事を好きで、女性は男の事を友達にしか見ていないと言うのは僕の妄想。

会話を盗み聞きするつもりは全くなかったのだけど(むしろ、寝不足だったので少しでも寝ようとしたのだけど)男の声があまりにも大きくて、内容を聞かざるを得なかった訳で。

この男、会話の切り口がいつも一緒でそれが冒頭で述べた「いや、別に変な意味じゃなくて。」
もうね。ただの口癖でしかないだろうなぁってぐらい、この「いや、別に変な意味じゃなくて。」を使う使う。

「いや、別に変な意味じゃなくて、電車の定期代って月いくらぐらい?」とか。
「いや、別に変な意味じゃなくて、こんなに晴れると思わなかったわぁ。」とか。
「いや、別に変な意味じゃなくて、レポートやばいよ。」とか。

逆に変な意味を知りたいw

この男女が付き合っていないんだろうなぁと思ったのには訳があって、会話の呼吸が全く合わない。
男が喋るときは、意見を求めるでもなくただダラダラと自分の考えをしゃべり、その間、女性は相づちもなく黙々と聞く。女性がしゃべる時はその逆になる。
そして、長い沈黙。
お互いに会話のネタを探しているのか長い沈黙。
そして見つかったとたんに喋りだそうとするから
女性「そういえばさ」
男「いや、べ」
と会話が重なる。

その瞬間がたまらなく面白い。
バスの中で男の「いやべ」を何回聞いた事だろう。

たまにバスに乗るとこういう人間観察が出来て楽しい。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>