「知的障害児」と呼ばれる子供がたくさんいる
"そう呼ばれている子供"の気持ちは
"そう呼ばれていない人"にはわからないと思う
逆に言えば
"そう呼ばれている子供"に
"そう呼ばれていない人"の気持ちを理解しろと言ってもできないだろうと思う
なのに
"そう呼ばれている子供"の気持ちをわかったつもりでいる"そう呼ばれていない人"が間違いなく多い
わかったつもりでいるだけで
何もわかっちゃいないのに
何かしてあげることがあるとすれば
それは
何もしてあげないことかもしれないのに
皆と同じことを強制しないことかもしれないのに
わかったつもりでいる人に限って
『こうしてあげるべきなのです』って
自信満々な顔をして言ってるから気持ち悪い
わからないからこそ
わかりっこないからこそ
わかろうとする努力を続けられるのだ
お互いに。