「束の間」と「永遠」への識別力。
すっかり梅雨の時期どすなあ…。
最近、束の間のモノと、永遠のモノとを識別するようになりつつある。
「束の間だから意味がない」という発想になると、ニヒリズムに陥りやすい。
そうかといって、束の間のモノを、無理に永遠に続くと自分をだましだまし、
人生を歩んで、その束の間のモノが壊れた時に、思い出という過去以外、
自分の中に何も残らなかった…というのも悲しいし、
その束の間が壊れる時には、苦しみや不安に襲われるのだと思う。
日本では、この世界以外に何もなく、「死ぬこと=全ての終わり」と
考えている人もいるし、インドなら「バガヴァッド・ギーター」などでは、
星界(仏教では六道輪廻の(天国~地獄)まであり、
その輪廻を越えた、解脱や、ブラフマンの境地、世界が、
始まりも終わりもない、唯一永遠な世界と言えるのかな?
人間はいつか死ぬということにすら、「死」という字にしても、
日本では恐ろしく忌み嫌うイメージばかりが先行しがちだけど、
都会でない神々が身近にあるインドでは、
「捨身」(この生での肉体を捨てて次の世界に旅立つ)、
くらいの感覚の言葉が使われていたり、
また次の世界に生まれ変わるために、古くなった着物を脱いで、
新しい服(身体)に移る的な感覚もあって、忌み嫌う感覚は少ない気がする。
人間の世界に生まれた以上は、キリストや仏陀ですら、
捨身すべき時には、捨身されていったのだから。
日本の現代社会では、なかなか永遠、永続性のあるモノ、世界について
考える場面というのはあまりない気がするけれど、
もしインドや永遠性に興味のある方がいたら、
インドでは、「神の詩」と呼ばれて一般的でもある、「バガヴァッド・ギータ」
を一度、読んでみることをオススメします。
日本語訳の中では、田中 嫺玉さんの翻訳本が個人的には一番好きです。
こちらのAmazonさんで最初の方を試し読みできます。
自分は読書など以外にも、最近は、毎日、
瞑想時間を30分~45分くらいは、なるべく持つようにしています。
いつの日か永遠に辿り着きたい…。
最近、束の間のモノと、永遠のモノとを識別するようになりつつある。
「束の間だから意味がない」という発想になると、ニヒリズムに陥りやすい。
そうかといって、束の間のモノを、無理に永遠に続くと自分をだましだまし、
人生を歩んで、その束の間のモノが壊れた時に、思い出という過去以外、
自分の中に何も残らなかった…というのも悲しいし、
その束の間が壊れる時には、苦しみや不安に襲われるのだと思う。
日本では、この世界以外に何もなく、「死ぬこと=全ての終わり」と
考えている人もいるし、インドなら「バガヴァッド・ギーター」などでは、
星界(仏教では六道輪廻の(天国~地獄)まであり、
その輪廻を越えた、解脱や、ブラフマンの境地、世界が、
始まりも終わりもない、唯一永遠な世界と言えるのかな?
人間はいつか死ぬということにすら、「死」という字にしても、
日本では恐ろしく忌み嫌うイメージばかりが先行しがちだけど、
都会でない神々が身近にあるインドでは、
「捨身」(この生での肉体を捨てて次の世界に旅立つ)、
くらいの感覚の言葉が使われていたり、
また次の世界に生まれ変わるために、古くなった着物を脱いで、
新しい服(身体)に移る的な感覚もあって、忌み嫌う感覚は少ない気がする。
人間の世界に生まれた以上は、キリストや仏陀ですら、
捨身すべき時には、捨身されていったのだから。
日本の現代社会では、なかなか永遠、永続性のあるモノ、世界について
考える場面というのはあまりない気がするけれど、
もしインドや永遠性に興味のある方がいたら、
インドでは、「神の詩」と呼ばれて一般的でもある、「バガヴァッド・ギータ」
を一度、読んでみることをオススメします。
日本語訳の中では、田中 嫺玉さんの翻訳本が個人的には一番好きです。
こちらのAmazonさんで最初の方を試し読みできます。
自分は読書など以外にも、最近は、毎日、
瞑想時間を30分~45分くらいは、なるべく持つようにしています。
いつの日か永遠に辿り着きたい…。
求道者の佇まい ≪クロン・グレイシー選手≫
最近、リフレッシュに、よくクロン・グレイシー選手の動画を見ています。
すごく、モチベーションや集中力をもらえる、自分的に。
これは、ADCC(アブダビ・コンバット)2013で優勝した時の動画です。 ↓
ヒクソンは結構険しい顔をしてアドバイスを送っているけど、
クロン君にしても、子供に柔術などを強要することなく、
子供には、自分の好きな道に進みなさいと言って育ててきて、
やらされたんじゃなく、自分で選んだ道だから、
今でも、とてもいい親子関係でいられるなんだね、きっと…。
試合に勝った時などに、胸に手を当てて天を見上げるのは、
柔術時代からそうなんだけど、少年時代にお兄さんを交通事故で失くして、
柔術時代には、道着の裏に、お兄さんの写真を入れて試合していたそう。
自分の進むべき道に、ひょうひょうと、でも迷いなく毅然として向かっていく
姿勢には、すごくよい刺激をもらっています。
今朝も、「さあ、自分もトレーニング(有酸素運動)だ!」と公園に向かったよ。
公園では、首輪をはずした共謀な小型犬に噛みつかれそうになって、
半泣きだったけど…。(笑)
まあ、半泣きというのは冗談で、冷静に見ていて反応しなかった感じだったけど。
今日から6月、この調子で、コツコツとがんばっていきたいと思う。
すごく、モチベーションや集中力をもらえる、自分的に。
これは、ADCC(アブダビ・コンバット)2013で優勝した時の動画です。 ↓
ヒクソンは結構険しい顔をしてアドバイスを送っているけど、
クロン君にしても、子供に柔術などを強要することなく、
子供には、自分の好きな道に進みなさいと言って育ててきて、
やらされたんじゃなく、自分で選んだ道だから、
今でも、とてもいい親子関係でいられるなんだね、きっと…。
試合に勝った時などに、胸に手を当てて天を見上げるのは、
柔術時代からそうなんだけど、少年時代にお兄さんを交通事故で失くして、
柔術時代には、道着の裏に、お兄さんの写真を入れて試合していたそう。
自分の進むべき道に、ひょうひょうと、でも迷いなく毅然として向かっていく
姿勢には、すごくよい刺激をもらっています。
今朝も、「さあ、自分もトレーニング(有酸素運動)だ!」と公園に向かったよ。
公園では、首輪をはずした共謀な小型犬に噛みつかれそうになって、
半泣きだったけど…。(笑)
まあ、半泣きというのは冗談で、冷静に見ていて反応しなかった感じだったけど。
今日から6月、この調子で、コツコツとがんばっていきたいと思う。
ヒクソン、お元気そうで何より!
久しぶりにヒクソン関連のニュース。 オリコンの記事です。 ↓
http://www.oricon.co.jp/news/video/2037832/full/#vk
ヒクソンは、いくつになっても、身体もグッドシェイプでカッコイイなあ!
いくつになっても最低限のトレーニングを欠かさずに、
ヒクソンみたいな歳の取り方したいなあ…。
ヒクソンが日本に試合に出ていた頃、小学生くらいだったクロン君も、
いつのまにか、もう25歳かあ…。
道着なしの大会には、海外で色々出てきたけれど、
今度の大会は総合(パンチやキックもあり)の試合なので、
クロン君が、総合でどんな戦い方をするのか、ワクワク&ドキドキします!
http://www.oricon.co.jp/news/video/2037832/full/#vk
ヒクソンは、いくつになっても、身体もグッドシェイプでカッコイイなあ!
いくつになっても最低限のトレーニングを欠かさずに、
ヒクソンみたいな歳の取り方したいなあ…。
ヒクソンが日本に試合に出ていた頃、小学生くらいだったクロン君も、
いつのまにか、もう25歳かあ…。
道着なしの大会には、海外で色々出てきたけれど、
今度の大会は総合(パンチやキックもあり)の試合なので、
クロン君が、総合でどんな戦い方をするのか、ワクワク&ドキドキします!
