まいぱーそなる武士道めいびー -21ページ目

「束の間」と「永遠」への識別力。

すっかり梅雨の時期どすなあ…。



最近、束の間のモノと、永遠のモノとを識別するようになりつつある。

「束の間だから意味がない」という発想になると、ニヒリズムに陥りやすい。


そうかといって、束の間のモノを、無理に永遠に続くと自分をだましだまし、

人生を歩んで、その束の間のモノが壊れた時に、思い出という過去以外、

自分の中に何も残らなかった…というのも悲しいし、

その束の間が壊れる時には、苦しみや不安に襲われるのだと思う。


日本では、この世界以外に何もなく、「死ぬこと=全ての終わり」と

考えている人もいるし、インドなら「バガヴァッド・ギーター」などでは、

星界(仏教では六道輪廻の(天国~地獄)まであり、

その輪廻を越えた、解脱や、ブラフマンの境地、世界が、

始まりも終わりもない、唯一永遠な世界と言えるのかな?


人間はいつか死ぬということにすら、「死」という字にしても、

日本では恐ろしく忌み嫌うイメージばかりが先行しがちだけど、


都会でない神々が身近にあるインドでは、

「捨身」(この生での肉体を捨てて次の世界に旅立つ)、

くらいの感覚の言葉が使われていたり、

また次の世界に生まれ変わるために、古くなった着物を脱いで、

新しい服(身体)に移る的な感覚もあって、忌み嫌う感覚は少ない気がする。


人間の世界に生まれた以上は、キリストや仏陀ですら、

捨身すべき時には、捨身されていったのだから。


日本の現代社会では、なかなか永遠、永続性のあるモノ、世界について

考える場面というのはあまりない気がするけれど、

もしインドや永遠性に興味のある方がいたら、

インドでは、「神の詩」と呼ばれて一般的でもある、「バガヴァッド・ギータ」

を一度、読んでみることをオススメします。


日本語訳の中では、田中 嫺玉さんの翻訳本が個人的には一番好きです。

こちらのAmazonさんで最初の方を試し読みできます。


自分は読書など以外にも、最近は、毎日、

瞑想時間を30分~45分くらいは、なるべく持つようにしています。


いつの日か永遠に辿り着きたい…。



求道者の佇まい ≪クロン・グレイシー選手≫

最近、リフレッシュに、よくクロン・グレイシー選手の動画を見ています。

すごく、モチベーションや集中力をもらえる、自分的に。

これは、ADCC(アブダビ・コンバット)2013で優勝した時の動画です。 ↓





ヒクソンは結構険しい顔をしてアドバイスを送っているけど、

クロン君にしても、子供に柔術などを強要することなく、

子供には、自分の好きな道に進みなさいと言って育ててきて、

やらされたんじゃなく、自分で選んだ道だから、

今でも、とてもいい親子関係でいられるなんだね、きっと…。


試合に勝った時などに、胸に手を当てて天を見上げるのは、

柔術時代からそうなんだけど、少年時代にお兄さんを交通事故で失くして、

柔術時代には、道着の裏に、お兄さんの写真を入れて試合していたそう。


自分の進むべき道に、ひょうひょうと、でも迷いなく毅然として向かっていく

姿勢には、すごくよい刺激をもらっています。


今朝も、「さあ、自分もトレーニング(有酸素運動)だ!」と公園に向かったよ。

公園では、首輪をはずした共謀な小型犬に噛みつかれそうになって、

半泣きだったけど…。(笑)

まあ、半泣きというのは冗談で、冷静に見ていて反応しなかった感じだったけど。


今日から6月、この調子で、コツコツとがんばっていきたいと思う。


ヒクソン、お元気そうで何より!

久しぶりにヒクソン関連のニュース。 オリコンの記事です。 ↓

http://www.oricon.co.jp/news/video/2037832/full/#vk


ヒクソンは、いくつになっても、身体もグッドシェイプでカッコイイなあ!

いくつになっても最低限のトレーニングを欠かさずに、

ヒクソンみたいな歳の取り方したいなあ…。


ヒクソンが日本に試合に出ていた頃、小学生くらいだったクロン君も、

いつのまにか、もう25歳かあ…。


道着なしの大会には、海外で色々出てきたけれど、

今度の大会は総合(パンチやキックもあり)の試合なので、

クロン君が、総合でどんな戦い方をするのか、ワクワク&ドキドキします!