海が好きだから・・・第8章(高校後編)
人生最大の汚点・・・
そうそう、ここにきてようやく一大事ですな。
今までよく人生うまく乗り切ってきたな~って思うよ。
けどさ、今回ばかりはちょっときつかったな。
本当に私の中じゃ、人生最大の汚点だ。
私が一番嫌いとすることをやってしまった。
「弱い者いじめ」
こう言われても何も言い返す言葉なんかね~よ。
今までのほほ~んって感じでうまくすり抜けてきたけどさ、これはよくない。
絶対にこんなこと二度としたくね~。
サトミ繋がりで知り合った通称組長。
あだ名は強そうな名前でしょ?けどね、全然違う。
むしろ全くの逆タイプ。
サトミと遊ぶようになってからの付き合いだったけど、実は同じ高校の生徒。
この組長とはあまり気が合わないタイプで、むしろ視界に入らないって感じだったのかも。
2年から3年へ変わる春休みのことだった。
サトミにちょっと組長預かってくれって頼まれて・・・あずかるってね・・・子供か?!
まぁ、別にいいやって思って私の部屋で3~4時間程一緒に過ごした。
その時私は別な友達も一緒だったけど、関係ないかな~と。
で、いつものように部屋にカギかけてタバコ吸って煙で充満した部屋の中でくだらないこと話しながらみんなでわいわいやってた。
そこへ母が通り過ぎ一言。
「もく禁怒!(木金土)だよ」
意味は、もくは煙。つまりタバコはだめだよ!ってこと。
その言葉に一同大笑い・・・・・一人抜かしてね。
そう、組長は不思議な顔。そして一言。
「ハナちゃんのお母さんっていつもああなの?うちのお母さんはこんなじゃないよ」
「・・・・・・・ブチッ!」
自分で血管のキレた音がしたような気がした。
組長はどんなつもりでこんなこと言ったのか今でも分からないが、この頃の私には嫌味にしか聞こえなかった。
それでも一応「預かり者」、我慢した・・・精一杯の我慢。
その後、サトミが迎えに来たのでなんとかその場はしのげた。
組長が去った後もなんだかイライラが止まらなかった・・・・というか、むしろ怒りがだんだん込み上げてきていた。そう、私は幼かったのだ。
その幼さが悪魔を呼んだ。
夜になり、サトミから連絡。
昼間組長を迎えに来たサトミに私の怒りをぶつけていた。その話だった。
別にサトミにキレたわけではないが、組長がムカつくとだけ伝えていたのだ。
その電話では、今も組長と一緒で他にも仲間がいるとのことだった。
私はなぜか昼間の一件が許せなかった。
完全に頭に血が上っていた・・・・気づいた頃には、ヒロのアパートにいた。
男はヒロだけで、他には同じ高校の友達数名と組長。中には学校を辞めたやつもいた。
そして酒を飲み、タバコを吸い、とにかくわけがわからないような状況になっていた。
怒りの勢いで私は酒をあおった。
次第に会話は組長がムカつくって話になっていた。
当然、私は怒りが収まっていない。
本当に私は馬鹿だった。
酒の勢いは怖いもんだ。
キッチンへ行き、包丁を手にして組長をめがけて・・・・って行くところをヒロが止めてくれた。
ここで刺してたら完全に私はここにこうしていないだろう。
止められたことでさらに怒りが増した私はまた酒を飲み、とうとう爆発した。
組長の髪をつかみ、外へ連れ出そうと2階にあるヒロのアパートから引きずり下ろし、駐車場へ突き飛ばした。
その後はもうわけがわからず、蹴る殴るを繰り返していた。
翌朝、気付けば家にいた。
私の右手は緩かった指輪が外れないほどパンパンに腫れ、痛みを伴っていた。
その後寝ぼけたままの私に電話がかかってきた・・・・組長からだった。
「どした?」
私はいたって普通に話をしていた。
答える組長もいたって普通だった。
「ハナちゃん、停学だって」
昨日のことは何となく覚えていた。
「そか。(停学期間は)どんだけ?」
「分からないけど、私は3日間」
「ふ~ん、分かった」
何も感じなかった。完全に常識の感覚が鈍っていた。
なぜ春休み中の痴話喧嘩がここまで大きくなったのか?
組長はバカだった。だから赤点で補習に行っていたのだ。
つまり、補習で学校へ行き、体のあざがバレ、素直に話したのだ。
そして組長の親もこの一件を知り、激怒して騒ぎ立てたのだ。
警察沙汰だのマスコミに言うだの騒いだらしいが、学校が止めてくれたらしい。
その後春休み中にも関わらず学校に呼び出され、新しく変わった校長と初めて面会した。
校長室では完全に怖い顔の校長。
「こいつ嫌いだ」と直感で思った。
とりあえず髪の色がどうとかなんだかんだ説教受けて、下った判決・・・・無期停学。
はいはい。わかりましたよ~。
無期の停学の場合、毎日反省文を書き、毎日担当の教師が2名で監視にくる。
マジめんどくせ~!!!
その合間を縫って友達が遊びに来る。これの繰り返し。
反省文は毎日毎日ここがダメとかここはこう直しなさいとかとりあえず文句ばっか。
もうウンザリ。
反省文がうまく書けなければその分、停学期間も延びる。
無期の停学も、もう2週間が過ぎ、新学期も始まっていた。
ようやく無期の停学が解けた頃には完全に授業も進み、新しいクラスメイト達はお互いに仲良くなっている頃だった。
そんな状態の中、校長室へ行き、停学解除の指示を受け、初めて新しいクラスへと向かった。
教室に入ると私を知ってる連中が一斉に私の名前を呼んだ。
「ハナちゃん!!」
みんなびっくりしている様子だったが、むしろ私のほうが驚いた。
笑顔で迎えてくれたその姿に・・・・。
担任から聞いた話では、毎日のように私の空いた席を見てはいつになったら私が来るのか聞きに担任に駆け寄る姿があったというのだ。
私が学校を辞めたんじゃないかって心配している子もいたらしい。
私は本当に幸せ者なのかもしれない、いや、幸せ者だ。
人としてよくないことをしたにも関わらず、こうして心配してくれる友達がいるなんて。
それから生き生きと学校生活を送った。
どうしても受け入れられない奴が同じクラスってこと以外は許せた。
そいつと私のことは担任も学年全員も本人でさえ公認で、私がそいつを嫌っていることは誰もが知ってる常識となっていたほどだった。通称ハンダ。
高校生活初となる体育祭。
その行事では、クラスが縦割りとなり、3年の個々のクラス中で応援団長が決まる。
私は一番上に立つことが昔から大嫌いだった。
この応援団長の件でも色々ともめ事が起きた。
なんとこのハンダが我がクラスの団長を務めると立候補してきたのだ。
私と仲の良いやつらが黙ってるわけがない。
他のクラスの人間もはまり、ハンダが団長になることを阻止しようと躍起になっていた。
たいていはクラスのまとめ役(いわゆる目立ってる人)が団長を務めることになっている。
当然、我がクラスは私が団長をやるもんだと誰もが思っていたらしい。
そこへハンダという中途半端なやつが出てきたもんだから大問題。
他クラスの団長がなぜ私が団長じゃないんだと猛反発。
だが、どうしても人の一番上に立つことが嫌いな私は受け入れられず、仕方なく副団長という名目で体育祭に参加することとなった。
名目と現実は決して一緒とは限らない(笑)
団長は打ち合わせや下級生の指導など、色々なところで指揮をとらなくてはならない。
私は副団長、ついて行って見てるだけ。
でもね・・・・・・・私が見てるだけなわけないじゃん(笑)
団員は私の仲良しで囲んでいる。よって、ハンダは別な意味で一人浮いた存在だったわけだ。
下級生に指導する団長ハンダ。
「もっと声出して~!」
私は見てるだけ・・・・・なわけないじゃん。
「ハンダ!もっとちゃんとやらせろや!!」
いちいち野次るのです。
それからはいちいち私に意見を求めるようになった。
「ハナちゃん、これでいい?」
「あ?いいわけね~じゃん!しっかりやれやハンダ!!」
そう、黒幕と化したわけです。
体育祭は当日雨という予報にも関わらず、強引に開催。
翌日が晴れると知っている生徒は誰もが猛反対したが、受け入れてもらえなかった。
当然途中で雨、中止となった。
中止と言われても3年にとっては最後の体育祭、引き下がれるわけない。
雨の降る校庭でテントの中の教師対生徒で戦争勃発。
「教室に戻りなさい!」
教師のその言葉に簡単に帰ろうとする下級生。
3年が黙ってるわけない。
「テメーら!何帰ってんだ!!戻って来いや!」
その後もいがみ合いは続いたが、結局体育館で出来る続きをするとのことで戦争は終わった。
そんな言葉で素直に校舎に戻る生徒がいること自体びっくりだったが、当然私が素直にハイ!なんていうわけないじゃんね。
体育館では続きを楽しむ生徒達。もちろん私には無理!
体育館でも仲のいい先生に意地を張る。
「こんなのありえね~よ!」
「私も今日は無いと思ってたの。だけど他の先生方がね・・・。」
その仲のいい先生とは新任。だから、結構同じ気持ちになってくれる。
だけど、やっぱこんな時って誰にも優しくなんかなれない。
「けどさ、明日晴れるってわかってんじゃん!」
「そうだよね。わかるよ。」
「マジありえね~!帰るわ!」
帰り支度をしようと教室に戻ると、やはり同じように体育館で楽しむことの出来ない生徒がクラスの半数ほど暗くなっていた。
そいつらのことでさえ考えられないほどやりきれない気持ちだった私は、帰り支度をしようと窓際の自席へ行きふと雨の降る校庭を見つめた。
目に入ってきたのは、体育祭の為に書いた大きな絵が無残にも雨で泥と化した地面へ落ちていく姿だった。
この絵は、団ごとで描かれるマスコットのようなもので、クラスで決めた係りが何日も書けて一生懸命に描いた縦横2メートルほどの大きな絵だ。
それを落としているのは教師。雨なのに実行と言って、雨が降ったから中止と言っていた教師達だった。
またしても私の頭の血管がキレる音がした。
教室にいる人間もその無残な姿に気づいていたが見てるだけで何もしようとはしなかった。
そのクラスの姿にも怒りを感じ、とうとう私は爆発してしまった。
「テメーら、あんなされても何とも思わね~のか?!」
「・・・・・・・・」
「拾いに行こうとか思わね~のか?!」
「・・・・・・・」
「お前らがそんなやつらだとは思わなかったぜ!ふざけんな!!」
怒りのあまり教室のドアを蹴った後、猛ダッシュで校庭へ向かった。
校庭へ行くと、業務的にマスコットを次から次へと落としていく教師たち。
ここでも怒り爆発の私は業務的な教師に
「テメーふざけんじゃね~ぞ!何やってんだ?!」
雨の中作業してんだぞ!と言いたげな顔をしながら完全に無視している教師たち。
「もっと大事に扱えよ!おい!聞いてんのか?!」
私が何を言っても聞く耳をもつこともなく、ただ無残に絵が落とされていく。
私は雨の中、悔し涙が出そうになるのを我慢しながら大きな絵を一人拾い始めた。
すると、雨の降る音に違う音が混じってきた。
振り返るとさっきまで教室でただふてくされて見ていたクラスメイト達が全員走ってこちらに向かってきた。
何も言わずに絵を拾い始める生徒たち。
悔し涙とうれし涙を我慢しながら雨の降る校庭で私は、その光景をしばらく眺めていた。
体育祭後はクラスメイトと一体感が生まれた。
学年成績・クラス成績共に最下位をさまよっていた私は春休みの無期停学を機に変わった。
授業もまじめに受けるようになり、部活も自分で発起した軽音楽部で全くの未経験者に指導をしながら日々一生懸命になっていた。
授業は数学が苦手科目だったが、授業終了後に先生に駆け寄り、放課後特別授業を開いてくれるように頼んでみた。先生は快諾してくれ、私に賛同するものも特別授業に参加するようになっていった。
部活は学園祭に向け、曲を書き、コピーもしながら着々と準備が整っていった。
学園祭では学校が一体感に満ちていた。
私が高校1年の時に軽音楽部を作り、その後細々と活動をしていた。
その集大成を3年のこの学園祭で披露しようと、練習は必至だった。
全くのど素人集団だった私たち軽音楽部は、指導者もおらず、全て手探りでやっていた。
私は昔からドラムやギター、ベースや鍵盤楽器は一通りやってきていた。だが集まった軽音楽部のメンバーでまともに楽器が出来たのはキーボード担当の通称メグミだけだった。彼女は小さい頃からピアノと声楽をやっていたので、譜面も読めれば歌もきれいな発声を持つ貴重な人材だった。
ベース担当の通称トモコちゃんはその楽器やる人いないからという理由で決まり、ドラム担当の通称ニイノさんはただ単にドラムをやってみたいってだけで、触ったことすらなかった。
楽器がまともに出来なければバンドなんて無理な話で、まずは一から教えることが課題だった。
最初の頃は、放課後音楽室に集まり、それぞれが奇怪な音を出して奮闘する日々。
段々楽器に慣れてきた頃には、何か曲を演奏してみたいということで、一番簡単な曲を選び、スコアをコピーしてなんとか音楽として聴けるまでとなった。
更には、レパートリーを増やそうと私が書いた曲を提供し、少し高度なものでも難なく演奏出来るまでとなっていた。
楽器担当者が練習している間、歌担当者も私が書いた曲を一生懸命に練習する日々を送っていた。というのは、私が書いた曲はKEYが高く、さすがに歌の上手いルミもタジタジだったのだ。
学園祭当日、初日は音楽室に暗幕を張り、ライブハウス仕様に変え、無事大盛況に終わった。
二日目、今度は体育館での催しに参加。
私たちの前はダンス部。ダンス部も歴史のある「LA・BANBA」で全校生徒と一体感が増していた。
トリである私たち軽音楽部の出番が回ってきたが、なんとここで問題発生!
ギターの部品が取れていた!
アンプとギターをつなぐコードがあるのだが、それを差し込むギター側の差し込み口がすっぽりと取れていたのだ。慌てて直し、無事完了!
・・・・・と思ったら、なんとキーボードも故障してしまっていたのだ。
前日に打ち合わせしていた通称エミリンの爆笑パフォーマンスが台無しとなってしまった。
故障してしまったキーボードには多彩な音がインプットされており、銃の音でエミリンが撃たれ倒れ、鳥の音でエミリンが鳥の如く羽ばたいていくというような独り芝居が私たち軽音楽部のお笑い担当で予定されていたのだ。
笑いのとれなくなった私たちは、音楽一つで勝負しなくてはならない!
メンバー全員そんな自信はなかった。お笑いでなんとか繕う予定だったのだ。
完全に逃げ場を失った私たちは緊張が頂点に達していた。
本番・・・・
1曲目は、誰もが知っている曲「アジアの純真」。
ノリも良かったし受けもよかった。
2曲目は、私が作った曲「学校へ行こう」。
曲解説の時にメンバー全員で作った曲だと言ってもらった。こちらもまずまず。
3曲目は、こちらも私の自作でピアノのバラード曲(曲名忘れた)
演奏終了後、しんみりした会場から拍手が沸き起こった。奇跡だ(笑)
4曲目は、これも私の自作曲「好きだよ」。
これは結構ロック調だったのだが、演奏中にハプニング発生。3曲目でピアノを弾いた私はギターを置いた際にチューニングを乱してしまったらしく、演奏中に気づき、アンプの前でチューニングしながら演奏していたのだ。ギターソロ前になんとか調節し、無事終了。ノリも良かった。
5曲目は、一番最初にやった「アジアの純真」をみんなも歌って!的なノリで演奏し、私たちの出番は終わった・・・・・と思ったら、アンコールが出たので、更に「アジアの純真」を演奏し、終了。
「アジアの純真」・・・・二度と忘れないと思う(笑)
後はもうみんな卒業後の進路について真剣に考える時期だった・・・・・けど。
私たち軽音楽部は学期末の12月後半までみっちり音楽漬けだった。
軽音楽部でクリスマス演奏会を開き、軽音楽部による軽音楽部の為のクリスマス演奏会。
ここではまた新たに曲を作り、コピーは一切無しで、私の作曲したオリジナルだけで楽しんだ。
もちろん私たちだけしかいないわけだから、即興で曲を作り、その場で歌い演奏した。
この日は本当に楽しかった。
外が暗くなるまでみんなで音楽を楽しんだ。
途中、軽音楽部の後輩も見学に来ていたが、お構いなしに好きなように音を楽しんだ。
そして私も進学を考えるようになり、音楽の道に進むことを決めていた。
夏休み中にとある東京の音楽専門学校へ体験入学していたのだ。
その学校は体験入学でセッションを行い、来た生徒は全員合格という不思議なシステムだった。
体験入学では当日渡された譜面を基に、自分の専攻したいパートに分かれて簡単な練習をし、短時間で全員がセッションを行うという楽しいものだった。
私はPコースだったので、どんな楽器も出来ますって言ったら、ドラム居ないからやってと言われてドラム担当になった。難なく譜面どおりにやっていると、「おかず付けて」って言われたので思いっきりつけてやった(笑)定食なら高いぞって感じでね。
セッションではボーカルが多いから何度も同じ曲を繰り返して演奏していたので、その度に私のテンションも上がっていった。間違いなく、この学校に入ろうと決意していた。
未来は明るいものだと信じて・・・・。
だが、現実は厳しかった。
家庭の裏側の事情とはよく言ったもの。
楽しい専門学校生活にもまた波乱が押し寄せるわけで・・・。
続く・・・。
海が好きだから・・・第7章(高校中編)
くだらないことが一番面白かった日々。
しょーもないことばっかしてたかな~。
やってはいけないこと・・・。
お決まりのコースは、夜9時にコンビニ集合。
タバコ吸いながら何をするわけでもなくたむろする。
そして思いつきで行動を起こす。
何より私たちは決してヤンキーではなかった。
むしろヤンキーが大嫌いだった。
だから人に絡んだりは絶対タブー。
とにかく楽しいことを思いっきり楽しむのが私たちのルール。
底知れぬ思いつきのおかげで飽きることはなかった。
当時流行っていたローラーブレードを道路でやったり、スケボーなんかもやってたな~。
とにかく体を動かして全力で遊んでた。
力は有り余ってた。
だから次第にエスカレートしていった。
いつしか3~6歳年上の男友達も加わり、車での行動も増えていった。
その人たちはバイク乗りでもあったから、時にはバイクとチャリがコンビニの駐車場を占領したことも。
その後、その人たちの影響でアユと私はバイクの免許を取得しに県外まで合宿に行った。
そうそう、エスカレートした遊びはとんでもないこと。
工事現場にある赤ランプ盗んだり、ドリフト走行する車に乗って騒いだり。
時には夜中に車4台で遠出してご飯食べに行ったり。
そして時にはコンビニのベンチで野宿。
冬には雪のちらつく中、全員半そでで警察署へ行き、意味もなく色んな話をしに行ったり。
しまいにはとうとう消せないTATOOを彫る始末。
頭がおかしいって思われるようなことして楽しんでた。
こんなこと毎日。
けど、ナミの家は厳格な家庭だったから、家族が寝静まった頃に屋根から抜け出し遊びに来ていた。
こんなことしてるってバレたら大変だからね。
私は最初の頃は家に帰ると鍵がしまってたり、玄関で親が仁王立ちしてたり色々あったけど、最後には親のほうが負けて、夜集合時間になるとコンビニまで車で送ってもらったりしてた。
けど、悪い癖って抜けないもんだよね。
こうして夜遊んでるだけならよかったのに、アユはとうとう一線を越えてしまってね。
高校1年の冬、アユは学校をやめてしまった。
学校で上級生のブーツ盗んで無期停学。そのまま自主退学。
他にも何名か仲間いて、そいつらもみんな辞めた。
やめた連中は私たちに加わり、たまに来て一緒にたむろするようになった。
アユはパートに出て、学校に残った私たちより先に社会人になった。
学校に行ってる私たちは相変わらずアユの家にたむろしてはくだらないことしてた。
私たちは変わらずに遊び続けた。
高校も2年になると、私の家庭環境もずいぶんと変わってしまっていた。
私が高校1年の時に兄貴は出来ちゃった結婚をし、家を離れていた。
姉は高校を卒業して車の免許を持っていた為、祖母が営んでいる種苗店の手伝いをしていた。
父は私が小さい頃から自営をしていて、単身赴任で県外へ出ていたので、あまり一緒に生活した記憶はなかったし、この頃も県外で生活していた。
母はと言うと、姉が免許を取ったことをきっかけに父の単身赴任先に行って身の回りの世話をしていた。
当然、家には私と姉と祖母の3人だけとなっていた。
姉が免許を持ち、親の居ない生活。乱れてくるのは目に見えてわかる。
アユは社会人になっていた為、一緒に遊ぶ機会は減っていった。
残った仲間と今度は姉とで夜な夜な海へ行って遊ぶことも増えた。
そしてある日、衝撃的な出会いがあった。
激しいなまりの男2人と私たち。
暗い夜の海で自然と会話が広がり、意気投合してすぐに仲良くなった。
その後毎日のように遊ぶ仲となり、やがて2人の男はサオ・姉と付き合うようになった。
サオはいまでもこの男と付き合っている。(つか、もう何年だよ!!)
姉は2年後、この男・ヨシと結婚した。(もちろん出来ちゃったのだ!)
高校2年の夏のことだった。
秋になれば、今度は修学旅行っていうイベントが待っていた。
私が行っている高校は北海道。
行きはフェリー、帰りは電車。
たいして楽しかった思い出もなかった気がする。
学校の人間より、夜遊び仲間のほうが断然楽しかったから。
つまらない修学旅行も終わった頃には、同じ学校の不良仲間だったやつがまた何人か辞めてしまっていた。その一人が通称サトミだ。
サトミはとにかく危険なにおいのするやつだった。
こいつとは高校1年の時から仲が良く、クラス学科は違っていたがよく遊んでいた。
サトミが学校を去ったあともよく遊ぶことがあった。
山のほうに住んでいたサトミに呼ばれて遊びに行く時には、電車が通ってない為、バスを利用しなくてはいけないほど遠かった。
けど、危険なにおいのサトミは他のやつとは一味違っていた。
「ハナ、今から家おいでよ」
「あ?今学校だぜ?」
「サボって来いよ」
「でも今の時間、バスねーよ?」
「ならタクシーで来ればいいじゃん」
「は?!どんだけかかると思ってんだよ?!」
「私出すからいいじゃん」
これ、お金の話ね(笑)
高校生の私にタクシーで行くにはちょっと厳しいほどの金額がかかる距離。
片道5~6千円・・・・無理だろ・・・。
サトミは出すって言ってるし・・・なら行くか(笑)みたいなね。
結局タクシーつかまえて、サトミの実家までひたすら山道を行く。
タクシーの運転手も少し不安げな顔をしていた。
当たり前だ。高校生が出せる金額じゃないし。
サトミの家に着き、サトミを呼ぶ・・・・不安そうなタクシー運転手。
高級そうな財布を持ってサトミが来た。
あっさりと支払いを済ませ、私を家に招き入れた。
仕事してるわけじゃないはずなのになぜこんな大金持ってんだ?
気になった私はつい聞いてしまった。
「お前、金持ちだな」
「は?昨日もらったんだよ」
「へ~、お前小遣いいんだな」
「はぁ?違うよ。オッサンにもらったんだよ」
「オッサン?!」
援助交際だった(笑)
いや、笑えね~だろ!
援助交際って言ってもどの程度か知らないけど、なんか羽振りのいいオッサンつかまえたらしくて金回りがいいらしい。
なんでも、ちょっと危険な筋の方みたい・・・それ以上はあえて聞かなかった。
けど、その素性もすぐに分かってしまった。
ある日、校門に白いベンツが停まっていた。
何やら怖そうな人が乗っている。
そんな危険そうな人間にはかかわりたくない!って思ってたから素通り・・・・したかったのに!!
サトミが下りてきた。
数分後、私はその車に乗っていた(笑)
他にも同じ仲間で通称チエとマサコも乗っていた。
そのままパチンコへ行き、その後は焼き肉、そして最後にカラオケといったフルコースだった。
カラオケでは化粧品やブランド財布なんかをねだったりする光景が・・・・。
これって援助交際ってやつでしょ?!
完全についていけなかった。
サトミの交友関係はこれだけではない。
またサトミの家に遊びに行ったときのこと。
今度はサトミの家から町まで行く足がない!
サトミは何やらどこかに電話している。
「1万円払うから送ってよ」
なんつー会話?!
そして数分後、車が到着。
車まで行く間に私とサトミは秘密の打ち合わせ。
そのまま町まで行き、辺りが暗くなる頃、目的地のとあるアパートに着いた。
そして降りる際に私とサトミはそれぞれ千円を出し、
「うちら二人で5千円づつ出すわ」
と言ってそのまま降りて迎えてくれた別の男友達と合流。
そのままアパートへと入って行った。
そう、この足に使った男をだましたのだ(笑)
この男は暗がりで見えてなかったわけだが、当然後でバレる。
案の定怒りの電話がサトミの携帯へ。
サトミは相手の男ともめはじめた。
しまいに私へ電話を渡す・・・なんでよ?!
結局怒りの収まらない男は私に対しても脅迫めいたことを口走ってくる。
私の今までを見てご存知でしょうが、この性格、負ける気がしませんから(笑)
「なに?なんか用?」
「テメーふざけんな!!」
「は?何が?」
「言ってた金額と違うじゃねーか!!」
「あっそ?間違えたみたいね」
「間違えた??喧嘩売ってんのか?」
「あ?意味わかんないんだけど?」
「今から殺しに行ってやる!!」
「あっそ。じゃーね」
完全無視ですけど(笑)
弱い犬はよく吠えるのだ。
結局こいつは来なかった。待ってたのにね(笑)
2歳も年上の男だったけど、度胸はなかったらしい。
サトミもそれを知っててやったんだろーけどね。
この男とはそれっきり会うことはなかった。
そしてたどり着いたこのアパートの住人もまたサトミの交友関係の一人。
私も以前に一度、サトミ絡みで遊んだことがあった。
2歳年上の京都から来ている専門学生通称ヒロ。
前回遊んだ時は、サトミに突然夜中に呼び出され、私はノーメイクで出かけた。
今回はメイクして登場した。
車から降りてしばらく話をしていると突然ヒロが私に向って一言。
「さっきから馴れ馴れしく話てるけどお前誰やねん?」
完全に忘れたのかと思っていた。
「この前遊んだじゃん」
「え?ウソやろ?ハナか??別人やと思ったわ!」
女は化けるのです!
若干ショックを受けつつも、へこたれないのが私。
だが、この後ヒロのアパートで人生最大の汚点を残してしまったのだ・・・。
それ以降、私は人生を大きく変えることとなった。
それはまた次のお話。
高校後編へ続く。
海が好きだから・・・第6章(高校前編)
いよいよ高校へ突入だ。
受験の時に話をもどさなくては。
高校進学はなんとな~く、本当なんとな~く考えてたって感じかな。
行きたくはなかったけど、親とか色々うるさいし、仕方なくって感じだったな~。
そのわりに、しっかりと滑り止めとか受けたりしてたんだけどさ。
高校は私たちの年代から色々なことが変わる時期だった。
制服だったり修学旅行だったり。
一番はやっぱり制服に憧れたってことも大きかったのかもしれない。
私が受ける高校は制服が新しくなり、地域では一番かわいいと評判になるほどだった。
私たちの年代からだったから、当然ひがむ上級生の目は最強に怖かったけどね(笑)
まぁ、もともと怖い人たちの集まりだったし、覚悟はしてたけどさ。
それはさておき、高校受験なんてもんはあっさりと終わった。
行く気半分、行かなくていい半分・・・微妙だったかも。
受験の合格発表の日、一匹狼だった私は誰と行くわけでもなく、フラ~っとお出かけ気分で向かった。
気がつけば、高校に着く頃にはなぜか大人数となっていた。
受験番号と掲示されている合格者番号とを照らし合わせた。
・・・・・・・・・・チクショー!!あったじゃね~か!!
ふと脇を見ると、途中で一緒になった友人が固まっていた。
目線を彼女に向けた瞬間、彼女はつぶやいた。
「私の・・・・ない・・・・私の番号ない・・・」
友達は不合格だった。
こんな時、どんな言葉をかけたらいいのだろう?
必死で悩んだ。
悩んでいる間にも時間は過ぎていく・・・何も言えなかった。
彼女は掲示板を見ながら何度も自分の番号を探していた。
そのまま固まっている・・・・次第に目からは大粒の涙がこぼれていた・・・。
「ウソだろ?!」
なんて気が利かないやつなんだ!
私はこんな言葉しか出せなかった。
この後、私はどうやってこの場を去ったのかさえ覚えていない・・・。
それほどショックだった。誰もが受かる高校だと思っていたからだ。
彼女は定員オーバーの学科に願書を出していたのだ。
私が受けた定員割れしている学科を受けていたならきっと受かっていたはずだ。
友人の不合格と自分の合格とで困惑しながら、いつしか校門まで来ていた。
高校受験には、必ず中学校の先生が1学校1人の担当割り当てでついてくる。
私の受けた高校の担当は例のジャスコだった。
中学校を卒業する頃には、ジャスコが今までで一番の先生だと誰もが思えるほどになっていた。
私もその一人。
困惑した私の目にジャスコの姿が飛び込んできた。
なんだか妙に安心した。
ジャスコは私の顔を見るなり、
「ハナ、よかったな。がんばれよ。」
いつになく優しい穏やかな表情で言ってくれたその言葉が何より嬉しかった。
その表情と言葉は、今でも忘れない。
そんなジャスコの言葉に励まされ、高校に受かった私は、高校入学準備に入っていた。
制服の採寸は高校で行われる。
その当日、私はまた神様のいたずらによって人生が甘くないことを思い知らされたのだ。
当日に下痢になってしまったのだ!!!
「なんてこったよ!」
そう思いながらもトイレから離れられない。
しかも、時間はどんどん過ぎていく。
慌ててもゲリラの襲撃はは治まらなかった。
ようやく落ち着いた頃には完全に遅刻の時間になっていた。
猛ダッシュで高校へと急いだ!
高校に着いた頃には体育館で全員が整列していた。
そこにとぼとぼと・・・・周りから見たらダラダラとだったらしいが、一人入っていく私。
遅刻は私一人だった。
体育館に入るなり、生徒たちをまとめる先生が私を見つけ、マイクを使っているにも関わらず大声で私の名前を叫んだ。
「○〇ハナさん!あなた○〇ハナさんね!」
私はゲリラとの戦いでぐったりしていた。
当然、返事をする声もけだるいものとなっていた。
「はい。」
そのけだるい声に若干ムカついたのか、先生はマイクで延々と説教を始めた。
「あなた、初日からなんなんですか!その態度!」
私は整列している生徒の前で話をしている先生の前へ行き、事情を説明した。
「いや、下痢だったんで遅くなりました。」
先生は完全に嘘だと思っている様子だった。
だが、それを嘘だろ!とは言えなかった先生は仕方なくといった感じで私に整列を指示した。
その後、完全に浮いた存在となってしまった私は無事制服の採寸を終えて帰宅した。
全くもって不愉快な一日だった。完全に浮いた存在をアピールしに行ったようなもんだった。
友達でさえ私が下痢だと言っても信用していないありさまだった。
「ハナ、本当はサボりでしょ」
「ハナちゃん、初日からやってくれるね~」
みんな勝手だよ。本当に下痢だったんだから!!
当然信じてもらえぬまま入学式当日を迎えた。
さすがヤンキー校。入学式当日は、教室に来て名簿のチェックし、目をつける相手を探しにくる上級生や、廊下を歩いているだけでドアを蹴って威嚇する上級生、目が合うだけでガン飛ばす上級生・・・もう息つまりそうってか、すでに帰りたいって感じ。
中にはダブった上級生もいた。
私はと言うと、相変わらず目を付けられる対象になっていた。
本人至って真面目なんですけど・・・・ってね。
でもその思いは通じないのだ。
クラスはルミと一緒。
ルミと私は席が離れていたが、席に居ながらにして大声で会話のキャッチボールをしていた。
周りはというと・・・・そんな私に目を合わせてくれない。
そうこうしているうちに担任の先生が入ってきた。
ルミは先生に向って、
「オッス!久し振り~!」
なんて軽い挨拶してんだよ!ってツッコミたくなるほどだった。
だがすぐにその誤解も解けた。
ルミはその会話で驚いてる私を見ながら
「サイトウのお母さんだよ!」
と叫んだ。
サイトウとは、ルミの小学校の同級生で中学では私の隣のクラスの生徒だった。
理解した私も思わず
「おお!サイトウちゃんのお母さん!ど~も!」
なんて軽い挨拶をしておどけて見せた・・・が、教室いる他校から来た生徒たちは固まっていた。
ローカルな話で盛り上がっていると先生が何やら紙を配り始めた。
前の生徒から後ろの生徒へと渡されていく紙。
この時こそ会話しながら友達を作るチャンス!って思った・・・・が、前の生徒はうつむきがちで私に紙を渡してきた。完全に目を合わせたくない様子だった。
前がダメなら後ろだ!と思い、笑顔で後ろの子へ渡した・・・・が、後ろの子は苦笑いで少々顔が引きつっていた。無理に笑っているといった感じだった。
どうも、制服採寸のあの件で、私は怖い人だと勘違いしてしまったらしい。
もうすでに完全に浮いた存在となっていた。
その後も色々なことが起こった。
当然上級生に目をつけられていた私は、完全に標的。
そんな私に集まってくる友達と言えば、各校の不良連中。
そして対立なんかも起きてしまうわけだ。
ダブった上級生とは遠足で喧嘩となった。
呼び出され、殴り合いとなった。
どちらが勝ったとかってこともなく、微妙な感じで終わった喧嘩のあとには、さらにまた喧嘩。
他校の上級生も同じ場所に遠足に来ていたが、特等席とも言える場所の取り合いとなった。
イキのいい連中が集まった私たちは他校の上級生を追い出し、特等席を獲得したのだ。
その後、追い出された他校連中は人数を増やし、20人ほどで押し掛けてきた。
私たちは6人。負ける気はしなかった。
単なる口喧嘩で終わったのは奇跡だったのかもしれない。
その後も仲間は他校の上級生とのいがみ合いが続き、私は私でダブったやつとのいがみ合いの日々。
正直めんどくさくて嫌になった。
教室には喧嘩を仕掛けに来る上級生、もううんざりですって。
6月頃には、イキのいい連中の集まりだった私たちの半分は学校をやめる話で花が咲いていた。
もちろん私も辞めるつもりだった。
学校にも行かなくなり、遊びに出るほうが多かった。
私の行動に不安を感じたのか、必死で私を止める先生。
なんとか学校を辞めさせないようにと学校に行く度になだめられていた。
一人、また一人と学校を去って行った。
だが私はなぜか学校に居た。
私のクラスの担任と隣のクラスの担任とで必死に私を説得に来ていた。
それに負けたのだ。
出席日数ギリギリだったにも関わらず、なんとか学校の居残っていた。
そんな日々にもようやく慣れ、気がつけば幼馴染のサオ、隣区の小学校にいたナミ、中学で出会ったミーとアユ、愉快な5人組が誕生していた。
それぞれ高校は違っていた。
だけどなぜか5人は惹かれあっていたのだ。
アユの家が溜まり場だった。
高校が終わってから、サボった日、集まる時間もバラバラだった。
次第に集合時間は昼間から夜へと変わっていった。
当然やっていはいけないこと、当たり前のようにやっていた。
この時代はポケベルが主流。ベル打ちの早さなんかも競えるほどみんなすごかった。
連絡手段はこのポケベル。
何時にどこ!って感じの誘いは一度もなかった。
「タバコ」とか「デリオ」とか。
暗号みたいな言葉のオンパレード。
「タバコ」は、来る時にたばこ買ってきてとか、「デリオ」は、デイリー(コンビニ)にいるとか。
だいたい行動時間は夜の9時から朝の4時頃まで。
でも、なぜかこの頃は睡眠時間もままならないような生活だったのに、学校の出席率は一番良かった。
この頃が一番楽しかったのかもしれない。
夜な夜な自転車で集合して、何をするわけでもなく騒ぎまくるのが私たちの遊びだった。
悪いこともたくさんしていた。
警察から逃げることも多々あった。
パトカーを見つけたら逃げる速さは半端じゃなかった。
で、この頃何をしていたかって?
それはまた次のお話。
続く・・・・。
