児童虐待ネタが続きます。
さて、児童虐待とは、
他の犯罪と比して
特別に考えるべき犯罪なのか
戦争や差別や他の不当な
圧力とに比しても
特に考慮すべき事情を
汲み取るべきなのか
私個人が考える結論は、
「否」です
所詮、人間のやることですから
問題の噴出の仕方が
違うだけで、
加害者も被害者も
そこに至る背景も
まあ大体のバターンがあります
そして、どの問題でも解決しようとしたら、
入口やきっかけが違っても、
最終的には
社会を
法律を
政治を
経済を
人間を
勉強しないと、
物事の本質を体系的にとらえられず
そしてなお変えてやるんだという怒りにも似たパワーと即効性と緊急性がないと
本当に変わるためには
まだまだ多くの犠牲が必要になっちゃうと思います
加害者にも事情があるのは当然でしょう
情状酌量は裁判でも汲み取られる
児童虐待が特別に思われるのは
親子だから
親子の問題は
親子にしかわからない
特別な感情があるでしょう
特に被害者の子供にとっては
でもそれは、
それこそ最終的にお互いで解決するべき問題ではありますが、
少なくとも
刑法の在り方ではない
親子関係には法律が介在するのは最後でいい
市民の間の連帯こそが必要なんだってのは
本質的で絶対必要だけど
それだけだと時間がかかってしゃーない
第一、この不景気
みんな
生きるので必死ぢゃん
通報したのがバレて
逆恨みされたらイヤだよね
そもそも、頭がおかしいのと関わり持ちたくない
が普通だと思う
本当は
皆で支え続けてあげられれば
それが一番いいけど、
まだなんとか気力があれば
救済団体にすがればいいけど
それすらない状況で
誰も助けてくれる人がいない中で
それでも子供を救う方法を考えるときに
行政は何をやってたんだ!
児童相談所はなぜもっと踏み込めなかった
家庭裁判所の許可が出なかった?ふざけんな!!
じゃ、法律変えろ
の方が、まだ早く救えるんじゃないかと思う
救済団体は
子供を救ったあとに
加害者のケアやら
未然に防ぐ方法を考えればいいじゃないですか
まずは
ことの重大さを大げさなほどに捉え
緊急性を強調し
その具体策を考える状況だと
思います
行政も法律も最後に関わればいい、は
緊急性がなくなったあとに出てくる、あるべき理想の姿です
その運動は確かに必要
でも、まずは、
児童虐待の
救急システム編成が
急務に思います
ちなみに、今はなにやら
児童虐待における厳罰化の方向に向いてるらしいですが、
今回は死刑にはならないと思います
山口県光市母子殺人事件で
最高裁の死刑の適用条件が判例と違ったんで
今回も似た条件として騒がれてるだけで
まぁ、死刑は無理でしょう
でも、殺人罪は有りでしょう
逆に、親子だからこその
殺人罪の重罪は
確か憲法違反として
刑法から消えましたよね
このように
親子だから犯罪の中でも
特別に考えよう
加害者と被害者には、
見えない絆があり、他人にはどうこう言われたくないなんてのは、
当事者の気持ちとしては
わかりますし
救済団体としてアドバイスする言葉であろうとは思いますが
それをルールとして認めろということになると
法律や社会の在り方そのものの根底が狂ってしまうと思います
色々な問題を解決するためには
最終的には
冷静な頭と
熱い心と
幅広い知識と
大きい声と
笑顔が
必要なんかな
まるで営業マン
初老にして
身にしみる
さて、児童虐待とは、
他の犯罪と比して
特別に考えるべき犯罪なのか
戦争や差別や他の不当な
圧力とに比しても
特に考慮すべき事情を
汲み取るべきなのか
私個人が考える結論は、
「否」です
所詮、人間のやることですから
問題の噴出の仕方が
違うだけで、
加害者も被害者も
そこに至る背景も
まあ大体のバターンがあります
そして、どの問題でも解決しようとしたら、
入口やきっかけが違っても、
最終的には
社会を
法律を
政治を
経済を
人間を
勉強しないと、
物事の本質を体系的にとらえられず
そしてなお変えてやるんだという怒りにも似たパワーと即効性と緊急性がないと
本当に変わるためには
まだまだ多くの犠牲が必要になっちゃうと思います
加害者にも事情があるのは当然でしょう
情状酌量は裁判でも汲み取られる
児童虐待が特別に思われるのは
親子だから
親子の問題は
親子にしかわからない
特別な感情があるでしょう
特に被害者の子供にとっては
でもそれは、
それこそ最終的にお互いで解決するべき問題ではありますが、
少なくとも
刑法の在り方ではない
親子関係には法律が介在するのは最後でいい
市民の間の連帯こそが必要なんだってのは
本質的で絶対必要だけど
それだけだと時間がかかってしゃーない
第一、この不景気
みんな
生きるので必死ぢゃん
通報したのがバレて
逆恨みされたらイヤだよね
そもそも、頭がおかしいのと関わり持ちたくない
が普通だと思う
本当は
皆で支え続けてあげられれば
それが一番いいけど、
まだなんとか気力があれば
救済団体にすがればいいけど
それすらない状況で
誰も助けてくれる人がいない中で
それでも子供を救う方法を考えるときに
行政は何をやってたんだ!
児童相談所はなぜもっと踏み込めなかった
家庭裁判所の許可が出なかった?ふざけんな!!
じゃ、法律変えろ
の方が、まだ早く救えるんじゃないかと思う
救済団体は
子供を救ったあとに
加害者のケアやら
未然に防ぐ方法を考えればいいじゃないですか
まずは
ことの重大さを大げさなほどに捉え
緊急性を強調し
その具体策を考える状況だと
思います
行政も法律も最後に関わればいい、は
緊急性がなくなったあとに出てくる、あるべき理想の姿です
その運動は確かに必要
でも、まずは、
児童虐待の
救急システム編成が
急務に思います
ちなみに、今はなにやら
児童虐待における厳罰化の方向に向いてるらしいですが、
今回は死刑にはならないと思います
山口県光市母子殺人事件で
最高裁の死刑の適用条件が判例と違ったんで
今回も似た条件として騒がれてるだけで
まぁ、死刑は無理でしょう
でも、殺人罪は有りでしょう
逆に、親子だからこその
殺人罪の重罪は
確か憲法違反として
刑法から消えましたよね
このように
親子だから犯罪の中でも
特別に考えよう
加害者と被害者には、
見えない絆があり、他人にはどうこう言われたくないなんてのは、
当事者の気持ちとしては
わかりますし
救済団体としてアドバイスする言葉であろうとは思いますが
それをルールとして認めろということになると
法律や社会の在り方そのものの根底が狂ってしまうと思います
色々な問題を解決するためには
最終的には
冷静な頭と
熱い心と
幅広い知識と
大きい声と
笑顔が
必要なんかな
まるで営業マン
初老にして
身にしみる

