日銀の実態・・憶測
日銀vs財務省vs政治
まず日銀と財務省の関係を述べるが、当然、筆者は外部の人間であるから、どうしても今回のコラムは筆者の憶測を交えたものになる。憶測を含むことから話が100%本当ということはない。しかしかなり真相に迫っているのではないかと自負している。まず両者の力関係である。昔、日銀は大蔵省の日本橋支店とよく揶揄されていた。たしかに日銀総裁に日銀と大蔵省の出身者が交互に就くことが不文律になっていたほど、大蔵省(財務省)の日銀への影響力は強いと一般に理解されていた。つまり大蔵省の力が日銀を圧倒し、大蔵省(財務省)が日銀を支配していたという話である。
しかし筆者はこのような見方は必ずしも正確とは思わない。日銀は特殊法人であるがまさしく官庁であり、日銀マンは官僚である。
06/4/10(第432号)「官僚の力と限界」
で述べたように、官僚同士は互いの「村」については口を出さないことを原則にしている。つまりたしかに大蔵省(財務省)の力が上回っているが、日銀への影響力の行使には限度があるということである。
むしろ筆者には大蔵省(財務省)と日銀の協力関係の方が目につく。日銀のまとめる金融関連の資料は、大蔵省(財務省)の管轄下にある金融機関が中心になっている。ところが日銀は、農林水産省や経済産業省など、大蔵省(財務省)以外が管轄する金融機関の数字を大雑把にしか掴んでいない。また日銀と大蔵省(財務省)との間では人事交流がなされている。つまり日銀と財務省の間には一定の協力関係があると思われる。
もっと分りやすく言えば日銀と財務省は、対立関係にあると同時に、外部に対しては協力関係があるということである。財務省は、日銀の個別の金融政策に口を出さない代わりに(もっとも財務省の官僚には金融政策についての実際的な知識はないと思われるが)、日銀も財務省の政策に異義を申し立てないということになっていると見る。
橋本政権下での日銀法改正は、大蔵省(財務省)の日銀への関与をなくし、日銀の独立性を高めるものと世間では認識されている。しかし筆者は素直にそのようには考えない。本当に排除したかったのは、大蔵省(財務省)の力ではなく、政治家の日銀への影響力と考える。それまで政治は、大蔵省を通じ日銀に影響力を行使してきた。つまり大蔵省(財務省)の日銀への関与を薄めることを装って、実際は政治の力を日銀から排除しようと官僚達が考えたのである。
しかし改正日銀法が施行されたからと言って、政治の日銀への影響力がゼロとなった訳ではない。「決定する金融政策が、政府の経済 政策の基本方針と. 整合的になるように義務付け」(改正日銀法第四条)の存在だけでなく、日銀総裁の任命権は依然首相にある。つまり政治は日銀に対してかなりの影響力を依然持つ。したがって筆者だけでなく多くの日銀ウオッチャーが、福井氏の総裁就任に際して、政府の政策に協力するよう要請(密約)があったと考えても不思議はない。特に福井氏は、過剰接待などの日銀の不祥事が問題になった時に責任を取って日銀理事を辞めた経緯があり、すんなりと総裁に選ばれたわけではなかった。
福井総裁の就任前後からの一連の金融政策は、一口で言えば異常であった。まさしく速水総裁というおかしな日銀出身の総裁のツケを払うような要求を、政治から突き付けられたとも見られるのである。実際、これまで福井日銀はまさに小泉政権を支えるための金融政策を展開してきたのである。
シカゴ大学での修行
日銀と財務省の関係は外部からは分かりにくい。たしかに改正日銀法の施行によって、財務省の日銀への影響力は小さくなったと思われる。しかし小さくなったと言っても程度が問題である。前段で、政治家の日銀への影響力を弱めたいと、財務官僚と日銀マンが共同戦線を組んで日銀法の改正を実現したと話したが、依然、政治の力が日銀に及んでいることは前段で述べた通りである。むしろ財務省もこの政治の力を借りて、時には日銀に圧力を掛けていると見る。
実際、財務省は武藤事務次官を次の総裁含みで日銀の副総裁に送り込むことに成功している。また福井総裁と武藤副総裁のどちらが日銀の中で力があるかがはっきりしない。本来日銀出身であり、総裁である福井氏の力が圧倒していると考えるところであろう。しかし福井総裁の任期はあと2年足らずである。一方、武藤副総裁は、次の総裁に擬せられており、まだ7年も任期が残っている。両者に仕える日銀マンは複雑な心境であろう。
日銀は毎月1兆2千億円の国債の買い切りオペを行っており、これが国債の価格安定に繋がっている。財務省は、この日銀の政策を是非とも続けてもらいたいと考えている。一方、日銀とって、これは止めるかもしくは減額したい政策である。
一方、日銀には最終収益を国庫に納付する義務がある。正確に言えば、日銀はこの5%を法定準備金に計上し、残りを国庫に納付していた。日銀はこの納付金を減額したいと財務省に申し入れていた。理由は、日銀の自己資本比率を高め、財務内容を良くしたいということになっている。財務省は、歳入がその分減るが、最終的にこの日銀の要求を受入れた。そして2004年3月期から特例で準備率を15%に引上げたのである(2005年3月期に10%に縮小、2007年3月期は特例を廃止)。
今回の日銀の量的緩和の解除について、政治家からはかなりの異義が起っている。しかし財務省の方は不思議と静かだった。これも日銀との間で、毎月1兆2千億円の国債の買い切りオペを継続する約束ができていたからと推察される。もっとももし景気が悪くなっても、非難は日銀に向かうと財務省は都合良く考えていると思われるが。このように日銀と財務省の間は、対立しながらも持ちつ持たれつの関係にあると筆者は見ている。
デフレ経済からの脱却や景気の回復ための経済政策には、金融政策と財政政策がある。日本経済はデフレ経済に陥っているのであり、かなり強い経済政策が必要である。しかし金融政策は間接的であり効果が弱いことは、日銀も承知しているはずだ。実際、福井氏も総裁就任時「日銀は魔法の杖ではない」と正しいことを言っていた。
当然、日本では財政政策を中心とした経済政策が行われる必要があり、金融政策はあくまでもその補完に徹するべきである(特に日本経済は金利変動に対する弾性値が小さい)。デフレからの脱却を金融政策だけで行おうとするから、資産のバブル現象といった副作用を引き起すのである。また今日問題になっている格差の拡大もこのような政策が影響している。
筆者が日銀に対して抱く不満は、「金融政策だけでは限界があり、デフレ対策は財政が主導して行うべき」といったまともなことを、日銀が財政当局や政治家にどうしても言わないことである。本誌は、グリースパンFRB議長が9.11同時テロ後の急激な経済の落込みに対して、「金融政策だけでは弱すぎるので、ここは財政を出動させるべき」と政治家の間を説得して回ったエピソードを何回か取上げたことがある。同じ中央銀行のトップとして好対照である。ところが日銀マンにはむしろ財政再建論者が多いのである。
ここまで憶測を交えて述べてきたが、もっと根拠の薄い話を一つ付け加える。知人に聞いた話では「日銀の若手の多くがシカゴ大学に留学し、経済学を学んで来る」ということである。シカゴ大学とは構造改革派の巣窟であり、これはあくまでも筆者の感想であるが、インチキ経済学を教えているところである。「シカゴ大学で勉強してきた」というセリフが、「上九一色村(町村合併で名はなくなるが)や世田ヶ谷道場で修行を積んできた」と筆者には聞こえるほどである。
もしシカゴ大学の件が本当なら(シカゴ大学と言えばマネタリストのフリードマンがいることから、この話は本当という可能性はある)、日銀も構造改革派の巣窟ということになる。したがって財政当局の財政再建路線に、日銀マンが異義を唱えないことも納得が行く。もしこの話が真実なら、日本は本当に不幸な国である。