先日会ったフェスタで出会った人ともう一度際再会した。そう、そのフェスタで偶然会った人なのだが、たまたまふとしたことがきっかけでもう一度会うようになった。


僕の仕事は国際関係。6月にワシントンから帰国してから就職活動に暑い日も、だるい日、毎日頑張ってきた。その、就職活動を行ううえで、自分でネットで情報を得たり、雑誌や本を読んで、色々戦略をとってきたつもりだ。そして、大学に入って以来、国際協力の仕事につく方法を模索するためにいろいろと雑誌を読んだり、開発コンサルタントの人にあったりしてきた。何人かの方には、非常にお世話になり、お食事をしながら、開発コンサルタントとはいかなる仕事か熱心に聞き入ったものだ。普通の生活をしている僕にとって彼らとの出会いは貴重なものであり、コンサルタントというプロの仕事は如何なるものであるか、心構え、開発に対する哲学とは何なのかを色々学ばせてもらったものだ。


だから、今日は、その代わり、僕がこれまで、多くの人に接してきて得た情報や知識、考えを、今日出会った人と話して、アドバイスとまでは言えないが伝えることができたと思う。


そして、駅のフォームでの別れ際、ふと、その人から小さな袋を渡された。そう、それは、その人からのちょっとした感謝の気持ちを表した贈り物なのだ。僕は、たまたま、その人に少しでもためになれればと今日会ったのである。そこまで、気遣ってくれるとは、。。。。そういう、ちょっとした心の気遣い、ってすごく素敵だなと思う。相手を思いやる心とか、自分自身に心の余裕がないと、ちょっとしたことに感謝する気持ちってもてないよな。その人からの素敵な贈り物で、僕の心が二重にも三重にも大きくなった気がする。そう、だから、僕はまたペイフォワードの概念に従って、明日もちょっとした心遣いや、親切なことをしたいと思う。


そういえば誰かが言っていたな。相手に対して、幸せになってほしいと思えに人は、自分自身も決して幸せになることはないってさ。それは、本当だと思う。世の中がすごい勢いで変わりつつある。だけれども、僕は日本人であることを誇りに思い、そう、明日も相手を思いやれるような人になれたらいいと思う。


まるで、僕自身が素敵な贈り物のように。



みんなは、自分の情報源について、客観的に考えたことがあるだろうか?ただ、ただ漠然と、日常ふれるものからのみ、情報、知識を得、それで満足していないだろうか。僕は、ここ最近、情報源の重要性を考えるようになってきている。


そもそも、この考えの発端は、どうして、社長とか、専務とか、理事長とか、教授とか、第一線をいっている人たちはあんなに、ユニークな考え方、物事を的確に捉えて決断をする能力をもっているのであろうか。。。。。まさ、、、、、かひょっと、して、非常な有用な情報、知識を手にしているからなのか?


情報源について、考えると次のように分類できると思う。新聞(ネットでのニュースも含める)、雑誌、本、他人からの情報、自分で実際に現地に訪れて得た情報である。新聞ひとつとっても、毎日、朝日新聞を読んでいる人と、日本経済新聞を購読している人とでは得る情報が違ってくるはずだ。さらにいえば、BBC NEWSやWASHINGTON POSTや NEW YORK TIMESが扱う記事の内容と、日本の新聞が扱う記事の内容はまったく違う。雑誌にしても、本にしても、それぞれの媒体から得る知識やものの考え方は違ってくるであろう。知的に餓えている僕にとっては、あるいは、これからのサバイバル社会で生き抜いていかなくてはならない現状の差し迫っている僕にとっては、全ての媒体に目を通したい。でも、もちろん、それは、、、、、不可能。


だから、そこで必要になってくるのは、どの媒体に目を通せば、どの媒体から情報を得れば自分を成長させてくれるかという点だ。現在は、朝日新聞とBCC NEWSは読んでいるが、、、、きちんと、腰をすえて読めれていないという実感がある。本来なら、それぞれ、1時間くらいかえてじっくり読み解いていきたいのであるが。


読むときのポイントは、常に疑問をもって記事をよむこと、批判的にね、そして、もし、自分が○○だったら、どういう解決方法を提供できるだろうかを頭をひねりながら読んでいくことだ。たとえば、少子化問題の記事があって、現状と、論客などが書かれてあったら、仮に自分は少子化担当大臣になったるもりで、自分なりの意見、考えを頭を2000馬力でフル回転させて考えてみるのだ。でも、この方法で新聞や、ネットのニュースを見ているとあっという間に時間が過ぎていってしまって、、、、


それいう訓練を日々繰り返すことが、読んだ記事が自分の血となり肉となるのであろう。ただ、読んだ、あーーー日本は出生率がこんなに低いんだ。そりゃ、政府が有効な政策をうちだしてないもんな。で、思考回路が止まったら、もう、だめ。


よく言われていると思うんだけれども、これからどうなっていくかを見る先見力っていうのは、過去からのつながりと現在の現状の2つを軸にして考えていく必要があるっていうよね。それと、帰納法と、演繹法の考えも駆使してさ。過去の事例はどうなてちるのさ。それから、何か論理的関連性はみつけられないのかよ。って意気込みでこれからも、BBC ENWSとWASHINGTON POSTと格闘していこうぜ。


で、次に要人、あるいは、第一線で活躍している人って、会う人、関わる人たちもたいてい、エキスパートや、要人ななけでしょ。だから、一番先を行っている考えに触れることができる。それが自分の考えを化学反応を起こして、新たな考え方がうまれるわけじゃないのかな。


そう考えると、働いてからは、中堅から、お偉いさんまで、積極的に関わって話しかけていきたい。そして、彼らの生き様、考え方、考えを学びたいと思う今日このごろだよ。


情報源をなめたらいかん。

今は、もっと、もっと頭のしわをのばすために、しっかりと読書の時間をとってるよ。社会人になってからは、時間がとれなくなるっていうじゃん。それと、読む本はバラエティーに富んでいることも求められるはずだね。経済学の本だけ、社長の書いた本だけ読んでても、だめなんじゃないかな。



あーおれは国際協力に関わる仕事について、世界の貧困をなくすために奔走したい。でも、、、、な、どうやったら国際協力の関わる仕事につけるの?って思ったことは、誰だってあると思う。そこで、本当に、やる気のある人、あるいは、フットワークの軽い人は自分で雑誌なり、WEBなりを駆使していかに多くの方法で国際協力に携わっていくことができるのかについて気づくのではないか。まずは、自分の足で積極的に情報収集だ。まるで、就職活動みたいだな。そこで、今日は、国際協力のプロになるための道を探ってみたい。


国際協力に関わる方法はきりがない。たとえば、教育、保健衛生、緊急災害における援助、法整備、環境、インフラ、農業、水産業、貿易関係、GENDERなどなど. 僕を含めて、多くの人が、国際協力のプロになるには、JICA、JBIC,JICS(国際開発システム)、外務省(経済協力、無償資金)、国際交流基金に新卒で入れないと自分は、もうこの道で活躍できる場所はないと思ってしまうのではないか。そう、就職活動で内定先がこれらのどれかでなかった時点で、、、、、


でも、世の中そんなに簡単じゃない。もっともっと複雑だぜ。たとえば、民間企業に入ってから、海外の大学院(主にアメリカかイギリス)の大学院へいって修士号をとったのちに、青年海外協力隊に応募して、途上国で経験つんだり、開発コンサルタントになれる方法だってある。そのほかにも、大学院に在籍中に国際機関でインターンしたり、国際NGOでインターンすることで、経験を積んでいき、JPOを通して、国連職員になれるかもしれない。


僕自身、非常に多様なキャリアパスで、今現在国際協力の現場で活躍している人知っている。たとえば、JVCや青年海外協力隊で働いた後、国連ボランティアでさらなる経験をつんで、最終的には開発コンサルタントで今はマネージャーレベルで活躍している人。長年、銀行で働いてSKIllをつんだ後、国際機関の資金調達部で働いている人。あるいは、ITの専門家で国連でシステム管理の仕事をしている人。


正直言って、民間企業を出てから、国際協力関係の仕事に関わる人は非常に多くいるのが現実だが、それは、海外の大学院にいくだけの資金的な余裕と、GREやTOEFLなど高得点をとれる能力がないと難しいわけだ。本気なやつしか、この分野で働けないと思う。そう甘くはない。


僕は、6から7年働いたあとに、アメリカの大学院に行ってMASTERをとって、最終的には、ADBか、中南米のUNDPで活躍したい。今興味があるのは、母子保健、保健衛生システム、社会保障、だ。まず、スペイン語を極めなきゃ。


おれも、最初は民間企業でバリリ働いてからこの仕事につくと思っていたけれども、幸運?(本当に?)にも、来年からこの分野で働けることになった。どちらがいいとか、悪いとかはないけれども、長期的なスパンで見ると、やはり、新卒でこの関係の仕事につけたということは、、、、、、、、、


もし、民間で働いたら、いつこの分野に転職できるかわからないもんな。



会社(機関)に入ってから、色々な意味で成功、昇進、要はできるやつになるにはどうしたらいいのであろうか。


社会人になってから、最初の3年間くらい、特にはじめの1年間は非常に重要な時期であろう。なぜなら、仕事のやりかた、取り組み方を学び、ある程度、その組織の色に染まる可能性があるからだ。また、上司、部署に職員からも多大な影響を与えられることは間違いない。では、どうやって、仕事に取り組んでいくべきであろうか?


まずは、常に事実に対して忠実、客観的になり、その事実、証拠をもとに自分の考えを根拠を出しながら考えていくべきだと思う。どうして、自分はそう考えるのか?物事に対して、もっともっと批判的になって、前提をうたっがてかかる必要がある。


導入研修にしても与えられたことをただ黙々とこなすのではなく、どのようにしたら効率よくできるのか、どうしてこれこれをしなくてはならないのか、本当にこれは正しいのかを考えながらこなしていかなくてはならない。


同じ組織にずっといると、あたかも、その組織で当たり前になっていることに疑わなくってしまうかもしれない。たとえ、それが不合理、非効率なものであっても。自分の経験から言って、何か新しいことに取り組むことは、アンテナが非常に敏感になっており、物事に対して批判的に見る感度、感覚もさえている。言い換えれば、組織の考え、慣習に汚染させる前だから自分の考えで、まずは物事に取り組むことができるのだ。だから、要は、最初はかなり肝心。


たとえ、仕事をしてからも、アメリカの大学院に留学したり、UNDPや外務省への出向の機会を逃さないようにして、自分の組織を外からとられると同時に、新たな職場で、違った視点、考え方を習得していきたい。とりあえず、4月から働きだすのであるが、まずは、機関内に、転職して働いている人を見つけて、自分が入る組織が民間企業の視点からはどうなのかを、もっとよく知る必要があると思う。


それと、自分が配属される部署以外の人にも積極的に話しかけていき、自分の組織がどこに向かおうとしているのか知る必要がある。もちろん、、ここで、、、、あああ、自分の組織はこれこれに進んで行くんだなと考えるようではアウト。本当に、この方向性でいいのか?何を根拠にして現在の機関の方向性が打ち出されているのかを自分なりに吟味していけるようでなくては、



もう、この機関から出ていったほうがいいと思う。働くって、生半可じゃやってらんない。常に真剣勝負だ。

僕は、一年近くシアトルのワシントン大学に留学して勉強に励んでいたのだが、留学すれば英語力は伸びるというのはうそであることが如実に理解できた。留学する前はアメリカに一年近くも留学すれば英語はおえらぺらに話せるようになると思っていたが、現実はそうも甘くなかった。


ポイントは、留学している間にどのような生活は送るかだ!他のアメリカ人と一緒に暮らして、日本人とはほぼ話さないか、よく日本人とつるむのか。。。。授業中は、恥ずかしさを通り越してどんどん発言していくのか?自分で時間を見つけては、自分の意見を英語にして、独り言でもいいから英語で考え、話す訓練をつんでいくのかどうか?


僕は、結果として最後の学期には授業中にも比較的よく発言できるレベルまでになったが、まだまだ留学期間を延ばさないと、英語を完璧にマスターできないとおもった。毎日、夜中の2時までひたすら、テキストと向きあい、授業の課題と格闘した結果だ。


留学のポイントは一日中ひたすら英語のシャワーを浴びることである。


だが、日本に帰ってきてから英語を使わなくなると。。。。。。。


日本でも英語の勉強に励む必要があるが、よく言われるように語学の習得には外的要因と内的要因が必要になってくる。

今後のためにスペイン語もはじめようと考えている自分。あ、。。。本気でやらなきゃ。もし、ワシントン大学に興味、あるいは、アメリカで留学生活に関心があるひとは、連絡くださいな!



時間の効率的な使い方について考察してみたい。今は大学4年生であるために、週2回の授業をのぞけば学校に行く必要はなく、学生の特権である自由な時間を大いに満喫している。。。。といいたいが、アルバイトが週に4回、(6時間づつ)あるために、自分に中では、あまり時間がないと思っているがそれは、本当にだろうか?もっと、時間を効率よく使う必要がるし、これからの釈迦人への生活に向けて徐々に時間管理を学んで行く必要がある。


どのようにしたら時間が確保できるであろうか?無駄な時間の使い方をしてはいないだろうか?どうしたら、今取り組んでいる個々の業務を効率的終わらせることができるであろうか?そもそも、ある程度の強制的な要因であったり、動機がないとなかなか効率よく物事を進められなかったりするんものだ。


まず、週に4回は朝の8時から夕方の4時まで自由な時間が確保できるのでそれを最大限活用する。

残りの週3回は自動車の教習所のために、ある程度の時間を割かなくてはならないが、残りの時間は一日中使えるので、時間管理を徹底的に行い効率よく業務をこなしていきたい。


基本的に、新聞、BBC NEWSはじめとする海外にメディア、卒業論文の作成、スペイン語、論理的思考力をつけるための読書に必ず毎日取り組む必要がある。


それと、時間管理を徹底的に行い、自分が一日占める位置を確かめるために、前日に翌日取り組むリストを作って、それに従って、時間を効率よく使って、次の日を有効に使いたい。アルバイトや、ゼミが中心になるのではなく、卒業論文とスペイン語を中心に据えて、毎日を過ごしたい。


あーーーやること、盛りだくさんだけれども、優先順位、重要度、緊急度の高いものからさくさくこなしていかないとな。

大前研一氏の本に巡り会って以来、如何に自分が知的に怠惰であったかを痛いほど痛感している。正直なところ、アメリカでの留学生活を終えて、ある程度の問題を批判的に捕らえる視点とか、自分で読んだ記事をありのままに受け入れようとしない姿勢を身につけたと思っていたけれども、彼の著書を読んだ以来、まだまだ自分は甘いなって思った。だから、BLOGに文章を書いて、自分の頭の中を整理したり、もっともっと問題の本質、そして、解決策などを考えられる思考回路をもてるようになりたと思う。


もちろん、BLOGを書くとき以外でも、常に頭をフル回転させて、論理的思考力を身につけていきたい。おれは、決して、知的怠惰、自分の頭で物事を考えられないような人間にはなりたくない。


明日は内定式だ。気合入れていかなきゃな。初印象って結構大事だからな。初めて人間が出会う時って、話す内容よりも、相手の雰囲気や、動作、顔の表情、声のトーン、スピード、視線などがもっと重要になってくるらしい。


ちなみに、国際協力のPROFFESIONALになることが当面の目標だ。そう、おれは、人の何倍も何倍も頭を使って考えて、努力して、かつ決して傲慢にならない謙虚な人になりたい。横柄な人や、傲慢で相手に対して尊敬の念を抱けないっていう人はだめだね。謙虚になってこそ、相手から色々学ばせてもらおうっていう気持ちがもてるんだよね。


何はともあれ、今回こそは、このBLOG一ヶ月は書き続けてみたいと思う。


ですので、もし、何かコメントとかがあったらよろしくお願いします。このサイバー空間上で相互に効率的に意見交換できるのはBLOGのありがたいところですね。


さっ、明日に向けて、気合いれていくか!!

5分ほど前に、内定式についてのBLOGを書いていたのだが、PCのトラブルですべてが消えてしまった。本当にありえないや。


でも、ここでやめたら自分の負けだからもう一回短めだけど書いてみる。


内定式の後の懇親会で人事の人に直接、何で僕を採用してくれたんですか?なんて聞いてみた。かなり、納得のいく答えをしてくれてこれからは、もっともっと、自分に磨きをかけて、論理的思考能力、考える力をつけていきたいと思う。物事を批判的に見る視点であったり、前提条件を疑える質問能力は絶対に必要だと思う。


今回に内定式の一部分で、人事部長が「選考においては甲乙つけがたいことが多々あり、悩んで悩んたあげくここにいるみなさんを採用しました。よって、みなさんには、その責任を感じて仕事をしてほしい」とおっしゃっていた。確かに、今回に採用には人事の人からの情報によると。8000人以上の応募者がいて、採用されたのは、約35人だったことを冷静に受け止める必要があると思う。


この組織で働けることは、誰かが僕に大きなチャンスを与えてくれたことなんだと思う。このチャンスを生かすも、殺すも自分しだい。自分は本当に、いや、本気で、途上国の人々のために働きたい。そして、少しでも多くの人が幸せになれるような時代がくるのに貢献したい。