後悔はするのが遅すぎたときとまだ間に合うときがあるというお話。
大切な人がなんの前触れもなく苦しみ、突然救急車で運ばれた。
わたしの心臓は縮み上がり、動悸が激しくなって身が裂かれるような思いをした。
今まで信じていなかった神様にとっさに祈った、どうか助けて!
緊急手術のあいだ、言葉の通り生きた心地がしなかった。
泣きながら、最後に話した言葉って何だった?今日一緒に笑っていたのに!なんて過去の記憶がぐるぐる頭のなかをせめぎまわった。
手術が成功したと聞いて、本当に力が抜けたんだった。
結果的にはしばしの入院とリハビリで回復し、不自由なくもとの日常に戻れることになった。
わたしはそれ以来救急車のサイレンを聞くたび、身がすくむ思いをしている。心臓がどきどきしすぎて痛い。
誰かが苦しんでいる....
もしかしたら知り合いかもしれない......
そのときから、もう絶対に人に後悔するような接し方は止めようと思った。
人間はいつ”今まで通り”じゃなくなるときがくるか分からないのだから、と心に命じた。
けんかした後に和解できるチャンスがいつも用意されているとは限らないのだから、と。
だけど時間を積み重ねると、大切なことだって少しずつ忘れていく。
たしかにいつまでもサイレンを聞いてビクビクしなければならない思いはまっぴらなのだけれど。
今日ね、けっこう後悔するけんかをしてしまった。
大切なら大切にしたいのだけれど、なかなかいつもって訳にはいかないな....
むずかしいな。
まぁ、こうやって思い返すことが必要な時期だったのでしょう!
後悔するのが遅いか遅くないかはわたし次第でもある、のかな?





