”大寺の餓鬼の後に額づくごとし”




 古代和歌は万葉集の時代の歌の一部

 「餓鬼」はご存知の通り、仏教で言うとこの六道の

 ひとつ、餓鬼道に落ちた亡者を表した姿


 今もあるかどうかは知らないけど、大きなお寺には

 愚かな貪欲さを諫めるために餓鬼の像がおいてあった


 歌の意は

 ”餓鬼の像の後ろに額づいて拝むようなもの”

 って、感じかな?


 欲にまみれて餓鬼道に落ちた亡者の像を

 拝んだところでなんのご利益もあるわけないのに

 それを拝む。そんな滑稽な行為あらわす一文


    己の欲のために人を騙す

 虚栄心を満たすために人の心を傷つける

       物欲に惑わされて奪う


 確かに富や名誉を手にする事ができれば

 豪邸に住み、美味しいものを食べ、誇らしげな

 気持ちになれるだろう



 けどね?

 その先に何があるの?

 目の前の刹那的な快楽の先にあるものは?




 ”富は海の水に似ている
 
  それを飲めば飲むほど

  のどが渇いてくる”




 ドイツの哲学者 アルトゥル・シューベンハウアーの言葉

 俺もそう思うな、富だけじゃなく「欲」は海の水のようだ

 飲めば、飲むほど渇き、また海の水を欲する

 終わりのない欲のメビウスの輪

 それって、人間として本当に幸せな事なのかな。。

 みんなは、どう感じ、思うかな?