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おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、というコトがあった一昨日。






あるものとあるものの融合、つまりはサイバーパンクだ。





こんな殺し方ができるのは腕の立つ侍だけだ。

いいな、こんな技を持つのはお前だけだ。


【黒澤明「用心棒」より】






「瞳」を忘れたオシャレは ホンモノとは言えません。
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上野から神田、九段下の日本武道館を越えた先にあるのがこちら。





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正門から大きな鳥居を抜け、歩いてみます。




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【靖国神社】
明治2年(西暦1869年)創建。



遊就館にて、しばらくの間、日本の戦の歴史を辿る。




遊就館を観て、改めて思う事があります。


日本人であれば、一度は見ておく必要があるべきです。



「いかなる国家も、その国家のために死んだ戦士に対して、

敬意を払う権利と義務があると言える。それは戦勝国か、

敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない。」




各戦地で命を落とした戦没者の一人一人の顔写真、

展示されている母や家族に宛てた遺言、遺品の数々を見ながら、

いろいろな思いが駆け巡るのです。







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正門を越え、霊園の右手に進みます。




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そこに建つのは徳川13代将軍家定公の正室、天璋院篤姫の墓所。

宝塔は家定公の墓所の隣にあります。




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天璋院がどういう人物であるかは、長くなるので

興味のある方はWikipediaをご確認下さい。





…そういえば、大河ドラマでは愛猫のサト姫は登場しませんでしたね。







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さて、次はこの場所へ。
【寛永寺】
JR山の手線/鶯谷駅下車 徒歩7分




開創は寛永2年(西暦1625年)。



言わずとしれた、徳川将軍家の祈祷所、菩提寺であり、

徳川歴代将軍15人のうち6人がここ寛永寺に眠っています。



なんとも言えない空気が流れています。



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上は寛永寺第二霊園前。

右手には先程までいたスカイツリーも見えます。




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第二霊園を過ぎ、第三霊園へ。



寛永寺根本中堂正面から葵の門の奥へと進みます。







その奥には、あの方の宝塔へと続く墓所がありました。(続く)