おもこと。

おもこと。

日々、おもうことを。時におもいことばを。ちゃんと、記録してみたいとおもってます。

Amebaでブログを始めよう!
お久しぶりです。

ブログをまた始めようと思い、
心機一転お引っ越しします。

新しいブログは
http://blog.livedoor.jp/yamamaya165/

子どもができてからの日々の気持ちを
とどめておくためと、
書く筋力を衰えさせないことを目的に
つらつらと書いていこうと思います。

よかったら読んでくださいませ^^
久しぶりすぎる更新で、しかも新年も早ひと月も
経っているのにこのタイトル…と思いながら書く。
まあ、旧正月の年明けは来週だからいいか。

さて、実は12月は人生で二度目の大デトックス
月間で、2回も入院して死ぬかと思った
(身体的にはまったく生死に関わることではないの
だけど、気持ち的にね)。

でもそのおかげもあってか、
最近身体が変わってきている。

前から敏感体質ではあったけど、最近はとくに
身体に合わないものにすぐ反応する。

まず、電子レンジがだめになった。
レンジで温めたものがまずくて食べられないのだ。
ご飯をチンする代わりに、炊飯器で炊き直しすると
美味しく温められることを知って助かってる。

あとは化学調味料。
まだ完全復活ではなくて、お惣菜とかにたよらざる
を得ないときもあるのだけど、これなら食べたい、と
思って買ってきたものも…化学調味料の味がすると
やっぱり美味しくなくて食べれない。

それに、作り置きして長く経ったものも
やっぱり食べられない。というか、まずい。
前から感じてはいたけれど、やっぱりその料理が
持つエネルギーが時間とともに格段に下がっていく。

ちゃんと、人が手をかけて、しかも気持ちよく、心を
こめて作ったもので、なるべく毎日の食事を満たしたい。

上に書いたようなことを一つずつ気にしていたら、
仕事で忙しかったり都会生活だったりすると
生きていくのがむずかしいから、
東京に越してきてからかなあり目をつぶっていた。
というか、やはり簡便な方に流されてしまう性なものでね。

あとはなんか、“気にしすぎてる人”みたいに思われるのも
嫌だったし。これはけっこう、大きいかも。
レンジや化学調味料や外食や弁当屋さん、冷凍食品が
生活を便利にするものとして当然のような顔をしている
日本、とくに都会では、それに違和感を感じてできるだけ
避けようとする在り方を貫くのも結構根性がいる。
とくに、会社勤めとか、社会との接点が多いと。

でも、もう身体が本当に受けつけない。
だから、やっぱりその声に従うしかない。

そんな風に思っていたときに、それを裏づけてくれるような
話をする人との出会いもあり、自信が持てた。

私は、私がいいと思うものだけを選んで、それに
満たされてる生活をできるだけつくっていこうと思う。

ちょうど、よしもとばななさんのエッセイでも、
いかにそういう生き方が今の日本でむずかしいけど、
肩の力を抜きながらもそうして暮らしてる実在の人たちが
たくさん出てきて、その人たちの佇まいはスッとして美しくて、
やっぱり私もそうやって生きていきたいと思う。

そういう選択は、不器用で、世渡り上手とは正反対で、
でこぼこしていて、しょっちゅう世の中の何かしらと
ぶつかったり凹んだりすることもあるけど、
でもそこで他人に怒ったり、損してるのかも?と
思うんじゃなくて(たまにはあるけど)、
自分が大事にしたいものをただ大事にしていると、
そこを胸の中で誇りに思って淡々と選んでいくだけだ。

それが、楽しくて、透明感のある美しい毎日と自分を
つくっていくはず。


ああ、
自分の生まれたふるさとは
結局東京なのだ。

と昨日、まっきーの「遠く、遠く」を歌いながら思った。

~~~
いつでも帰ってくればいいと
真夜中の公衆電話で言われた時
笑顔になって、ここまでやってこれたよ
・・・
どんなに高いタワーからも
見えないぼくのふるさと
~~~

東京以外に、還る場所のある人がうらやましいと思った。

もちろん、地方に行ったり、海外に出れば、私にとっても
東京が「戻れる場所」にはなるのだけれど。

でも、東京は「戻っておいで、待ってるよ」という感じではない。
知らない人がいっぱい。常に、毎日、日本中世界中から新しい
人が希望や野望を持ってやってくる場所でもあるから、
良くも悪くも、そこに長く住んでる人たちだけの
“ホーム”というまとまり感はあまり感じられない。

そんなこともあって、短い関西暮らしで味をしめて、
さらにここ最近の東京に象徴される超資本主義の
上っ面感が本当にもう終わっているという考えとあいまって、
西に行きたい行きたいとずっと言っていたのだけど…。

結局、わたしは東京がふるさとなのだ、今生は。
ここでやらなきゃいけないことが何かあるから、
今はここにいるような気がする。

生まれ育った、すごくいいところもある東京。
今は瀕死でなんだかドロドロ黒いものも蔓延しているような
気がしてならない東京。

それでも、そのまま死にゆくのを見てるのはやっぱり悲しくて、
東京を悪く言われるのはやっぱり寂しい気がするから、
今しばらく、自然な流れでここを離れる時が来るまでは、
これからの東京のために、ここで私のできることを
していこうと思った。

なんだかんだLOVE。

まっきーありがとう。

先日、ドキュメンタリーサークルの恩師と会った。

これからやっていきたいこと、方向性について
熱く語れたいい時間だった。

そこで、ココロに残った言葉をもらった。
これから、しばらく逆風や貧窮でも
このコトバを支えにやっていきたいと思える。

「いい取材は、その人の本来持つ輝きや
やっていることを本人にも気づかせる働きを
持つよ」(意訳)

それは、私のやりたい「モノを書くこと」と、
人に直接対面してヒーリング(このコトバはまだ
しっくりこないけど、便宜上使用)することは
繋がってるっていうこと。
それに、そうした人の営みを支える「社会」を
つくっていくこと。

全部、繋がってるよと言ってもらえた。

やりたいことが沢山あって、日々その比重は変わり続けてて、
そんな中で、自分でもうまく説明できなかったことが、
ちゃんと理解してもらえた、この喜び!
取材を何百回何千回とやられてきた大先輩の実践に
裏づけされたその言葉で、私がやりたかったことの輪郭が
はっきりと重なり、確信に変わった。


そう、私そういうことがやりたい。

こっちでいいんだ、と。


今は、どうやって生計を立てるのかとか、
周りの反応とか些細な事で揺れ動いてしまう自分に対しての不安とか、
そういうのももちろんある。

でもそれらをも抱え込みながら、
ゆっくりゆっくり確実に、
自分の道へ進んでいくんだ。

それしかできない。

そうとしかできない。

そして、それでいい。

思い立って伊勢参りしてきました。

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いやあ、よかった。

親しい友人とも合流して伊勢パワー浴びながらたくさんしゃべって、心から楽しいっていう感覚、久しぶりに思い出せました。

ここしばらく、やっぱり我慢をしていたのだなあ。

今回はきちんと外宮から内宮までお参りしたし、人生初のご祈祷もしていただきましたん!ひゃっほい!

ちなみにご祈祷ってお題目?みたいなのが選べるんですね。前厄なので厄払いと迷ったけど、心願成就にしました、うふアップ

これから、自分の大好きな道に進みます、と誓いを立てて、お導きくださいとお願いしておきました。もちろん、夫婦円満も!

伊勢での誓いを胸に、身の丈にあった形でこれから色々やっていきたいと思います。

新幹線のなか、我が前途に乾杯!
そして、故あってさきに旅立った魂たちに、わたしもちゃんと生き切るからね!と誓います。
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