こんばんは
ゴシップガールです
今回の桃ブログ
「可愛い可愛いって言われて育ってきたこと。」
で桃は「可愛い可愛いと言われて育った」と
強調していますが、具体的なエピソードは
乏しく、むしろ過去の発信や動画からは
逆の印象も見えてきます。
桃の幼少期に両親から誕生日やクリスマスの
プレゼントが無かったことや成人式の着物も
用意されていない点、さらに現在も孫に対して
同様の関わり方であることから、言葉以外の
愛情表現が極めて少ない家庭環境だった可能性が
考えられます。
また、動画では父親が話そうとするたびに母親
が遮る様子や、「初めて泣いたエピソード」が
現実的に不自然な内容であることからも、
家庭内での記憶や役割がやや歪んで
語られている印象です。
桃の「可愛いと言われて育った」という認識は、
実際の経験というよりも“そうであってほしい
過去”を再構成した可能性があります。
幼少期に十分な行動的愛情や一貫した関心を
受けられなかった場合、人は自己肯定感を
補うために言葉の記憶を過大評価し、愛情が
あったと解釈し直す傾向があります。
一方で、その土台が弱いと他者と比較したり
羨望を感じやすくなるため、読者から
指摘されている矛盾も説明がつきます。
さらに、桃が子どもに対して「可愛い」を
主に外見で判断している点は、愛情の基準が
内面ではなく評価されやすい要素に偏っている
ことを示唆し、ジロへの贔屓にも繋がっている
と考えられます。
加えて、しょうくんが言葉で愛情表現をしない
環境にいることで、過去に満たされなかった
承認欲求を現在のブログや発信で補おうとする
動きも強まっているのでしょう。
総じて、「愛されていた」という自己認識を
保とうとする一方で、実際の行動や価値観には
満たされなかった経験由来のコンプレックスが
にじみ出ている構図が見て取れます。
華やかな言葉の裏にある違和感は、こうした
心理的背景から生まれているのかも
しれません。
