※注意!かなりネタバレしてます。
※ネタバレしてます。
大事なことなので2回言いました。
未鑑賞の人は読まない方がいいです。
いいですか?行きますね。
ついに公開された、「スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム」を観てきました。
結論から言います。
最高。
もはやマーベル最高傑作。
脚本家に5億点あげたい。
もうね、個人的にエンドゲーム超えました。
なぜかというと、自分がヒーロー映画と共に人生を歩んできた「思い出」が、そこにはあったから。
まず、そこそこ序盤でヴィランが大勢出てきましたよね。
タコさん。
妖精さん。
トカゲさん。
電気ウナギさん。
砂。
極悪ヴィランですよ?
同窓会じゃん。
まあ、過去作であれだけ大衆を恐怖に陥れたヴィランが大人しく言うことを聞くはずもなく…まんまと敵対するわけですが。
でもこのシーン、ドックオクが良心を取り戻したのが本当に泣けました。
というか、表情の微妙な変化だけで悪人→善人への変化を見事に演じるアルフレッド・モリーナの演技力がエグい。
それ言いだしたらウィレム・デフォーなんてさらに凄い。
ノーマンの時はくたびれた老人みたいなのに、人格が変わると急に若々しくなる。
さすがヴィラン界のベテラン。
リザード、エレクトロはあの頃と変わらずエゴの塊で最高だったし、サンドマンは相変わらず流されやすい人だった。そういう意味ではめっちゃ砂っぽい。
で、ここまではまあ、予告からだいたい予想できるメンバーだったわけで。
問題はスパイディですよ。
ピーター1。
ピーター2。
ピーターさん。
おかえりなさい!!!!!!!!!!!!!!(泣)(泣)(泣)
いや〜泣いた泣いた。
彼らは俺が知らない間もずっと戦っていたんだと。
ずっとヒーローだったんだと。
大切な人を失いながらも、"業"を背負って、今この瞬間も「親愛なる隣人」なのだと。
そう思った瞬間、20年前に初めて「スパイダーマン」を観て、自由自在に摩天楼を飛び回るヒーローに衝撃を受けたこと、誰よりも人間臭いヒーローに魅了されたこと。
様々な記憶が蘇り、気付いたら号泣していました。
正直、歴代スパイディが出るのは知っていました。
どこの馬の骨かも分からない、ネタバレするためだけの嫌がらせアカウントにネタバレされたので。
お前の頭上にだけ一年間ずっと雪降れ。
アンドリューはまだ耐えられました。
でもトビーでダメだった。
擦り切れるくらいDVDで観たシリーズ。
彼が帰ってきた。
NWHは新しいパート3でありながら、「スパイダーマン4」であり、「アメイジング・スパイダーマン3」でした。
彼らのドラマはまだ終わっていなかった。
特にアンドリュー=ピーター。
彼はまだ、グウェンを喪った傷が癒えていなかった。
トム=ピーターの代わりにMJを救った彼の表情が忘れられない。
あの時、間に合っていれば。
今度は助けられた。なんて安堵することはなく、彼は永遠に後悔するのだと思う。
その「後悔」こそがスパイダーマンというヒーローの"業"であるだろうし、彼らがスパイダーマンでい続ける何よりの理由なのだと思う。
トビー=ピーターもそうだろう。
ピーター・パーカーがノーマン・オズボーンに自ら手をかけることはあってはならない。
彼もまたベンおじさんだけでなく、ハリーという親友の"業"を背負っている。
スパイダーマンは「救済」をしなければいけない。
彼が「スパイダーマン3」で見せたヴィランへの「赦し」。
あれが今回のNWHに繋がっている。
危険を省みずにグリーンゴブリンを庇う行為、間違いなく彼はあの世界のスパイダーマンだった。
全てのヴィランを救済し、みな元の世界へ帰っていった。
それぞれの元の世界が、現在どういう風に改変されているのかは少し気になるところではある。
今回のトム=スパイディには、「メイおばさんの死」という大きな"業"が生まれた。
自分が世界を改変しなければ、喪われなかった命。
けれど、先述したようにこの「自分のせいで…」という「後悔」こそ、「スパイダーマン」の本質だと思う。
そういう意味では今作NWHでようやく、トム=ピーターは正真正銘の「ヒーロー:スパイダーマン」になったのではないだろうか。
最後のスパイダースーツがスターク製ではなく、自分で縫った物=等身大であることも、それを示唆しているのだろう。
愛が炸裂しすぎて、すっごい真面目な文章になってしまいました。興奮状態です。
最初から最後まで最高だったんですが、観終わってひとつだけ気になってることがあります。
あの〜トビー=ピーターさん…
結局のところ結婚したんですか!!!!!????????










