「ねえ……サリオ、ちょっと座って」
休日の午後、美咲が真顔でそう言った時、サリオは一瞬、子どもが何かやらかしたのかと身構えた。だがその表情は、妙に静かで、けれど何かを押し殺しているようだった。
「この前……クローゼットの奥、見ちゃったの。白いワンピースと……ピンクのカツラ。あと、あの、靴……ヒール?」
その瞬間、心臓が一度止まって、また打ち始めた気がした。バレた、と思った。終わったかもしれない、と。
「美咲、ごめん。俺……こういうの、ずっと前から好きで……落ち着くっていうか……でも君を裏切ったつもりはなくて」
早口になったサリオの言葉を、美咲は手で制した。
「怖かった。びっくりしたよ。だって、10年以上一緒にいて、そんな話、初めてだったんだもん」
静かに、けれど確かに震えている声だった。
「……あなた、男が好きなの? それとも私がカモフラージュだった?」
その質問に、サリオは真剣に、でもどこか必死に答えた。
「よくわからないけど……美咲を見ると興奮する!」
「そこは力強く言うのね……!」
思わず吹き出す美咲。緊張が少しだけほどけた。
「……そう。じゃあ、性的には私で大丈夫ってことね?」
「いや、“大丈夫”っていうか……美咲がいいんだよ、他じゃなくて」
「ふーん……ならまあ、命の危険はないかも」
また笑った。けれど、その笑顔の奥には、やっぱり動揺と不安が混じっていた。
「ただね、正直まだ混乱してる。夫が、夜な夜な可愛い女の子になってるなんて、普通すぎる日常の中に突然ホラー混ぜられた気分というか……」
「ホラーって言うな……」
「でも、あなたがずっと隠してたこと、それだけ苦しかったんだろうなって、そう思ったら……腹は立たない。むしろ、なんでそんなに一人で抱えてたのよって、そっちのほうが腹立たしい」
「ごめん。怖くて……嫌われたくなかった」
「ほんと、そういうとこズルいわよ。私のこと、信じてくれてなかったんでしょ?」
じわり、と涙が滲んだ美咲の目元に、サリオはそっと手を伸ばした。
「信じてる。今から、全部話すから。何も隠さないから」
そして、ふたりは何度も何度も話した。好きな服のこと、子どもの前ではどうすればいいか、不安、未来、恥ずかしさ、全部。
美咲はすぐに受け入れたわけじゃない。時には険悪になった日もある。でも、洗濯物をたたみながら「レース素材は静電気すごいね」なんて笑えるようになるまで、ちゃんと時間をかけて、少しずつ進んできた。
それは、恋人時代よりも、もっと強く深く、ふたりの関係を結び直してくれる時間だった。