the Wheel of Life4
「宮島さん」
ふと、隣を歩いているこの医者の男・・・名前は確か、サクマ、だった気がする・・・があたしに向かってなのか、それとも独り言なのかわからない調子で喋り始めた。
「あなたのガンは、20年前ではすでに末期症状として、死を待つばかりの病状でした。考えられる治療法としては、あなたの全身の臓器を丸ごと移し変える以外にはなかったのです」
そこから、この男は治療機器や薬の話、さらには手術法についての話などをスラスラと並べ立てていたが、素人のあたしには何一つ理解できない話だった。
「・・・しかし、いくら肉親の臓器とはいえ、あなたの身体に完全に適応する臓器などは存在しない。たとえ親や兄弟であろうと、すべての抗体があなたと一緒というわけではないですからね。そこで考案された方法が、クローン治療です」
「クローン・・・?」
「はい。理論上、クローンからの臓器摘出に関しては10年ほど前に確立していました。しかし、法整備などの関係で、実用化はつい最近でしたがね」
「それで・・・あたしの病気を治すって言うんですか?」
「その通りです。さて、つきましたよ。宮島さん」
そう言うと、サクマは目の前にある大扉のロックを外し、あたしを招き入れる。
「!!なに、これ・・・あたしが・・・こんなに・・・・」
信じられない光景だった。目の前にある水槽にいたのは、間違いなくあたしの姿をしたモノだった。しかし、そのすべてに、なにかしらの違和感を感じる。
「驚いたでしょう?本来なら、この治療法はクランケには見せてはいけないのですが・・・」
あたしの驚きを知ってか、サクマが声をかけてくる。しかし、あたしにはその言葉は一切頭に入ってこなかった。
考えてみて欲しい。自分と同じ姿をしたものが、大きな水槽に泳がされている姿を。しかもそのすべてが、たとえば片腕がなかったり、顔がなかったりするモノであったとしたら・・・
「宮島さん?」
「!!」
不意に我に返ったあたしに向かって、サクマが
「やはり驚いたようですね。しかし、現在ではこのクローン治療は一般的なものです。この方法が確立できたおかげで、数年前まで治療不可能であった末期ガンやエイズでさえ治療可能になったのですから」
「じゃあ、このクローンは・・・」
「そうです。あなたのガンを治すための実験体です。いくら法的に認められたとはいえ、クローンの作成は骨が折れる。完全なものができあがるのに、少々時間がかかってしまいまして」
「完全なもの?」
「はい。あそこに割れたケースがあるでしょう。本来なら、あそこに完全体のクローンがいたんですよ」
「いた、って・・・どういうことですか?」
「クローンには本来、自我は出来ないはずなんです。結局は治療用のパーツでしかないわけですからね。しかし、たまに自我を持って、逃亡してしまうタイプのクローンもいるんですよ。もっとも、そういうタイプに限り、状態はよいのですがね」
「逃げた・・・!!!」
あたしは全てを理解した。そう、あたしは・・・
「!!」
一瞬だった。あたしの身体に激痛ともとれる痺れが流れた。あたしは車椅子に座ることもできなくなり、そのまま車椅子からずり落ちていく。
「先生、捕獲成功です」
「うむ」
激痛で呼吸すらままならないあたしを、脇に控えていた看護士が抱え込む。あたしは逃げようとした。しかし、指一本も動かせない状況で、なにができるというのか。あたしは何もできず、身体をその女に預けていた。
「全く・・・余計な仕事が増えると、こちらとしても迷惑なんですよ、宮島さん・・・いや、№12」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
もう・・・何も考えられない。死ぬことはないのだろうが、とにかくひどい呼吸困難と眩暈で、意識さえ失いそうな状態だった・・・
「おお、先生、こちらでしたか」
ドアのほうから聞こえてきた声は、昨日あたしの兄と名乗っていた男のものだった。その近くには、あたしと同じように車椅子で連れてこられた、あたしがいた。
「おや、雅紀さん。丁度良かった。今こちらでもクローンを捕獲したところです。本来の手術予定は明日でしたが、クローンを放置させておくのも面倒ですからね。早速いまから手術を済ませてしまいましょう」
「そうですか、よかったなあ、希美。これでおまえも回復できるぞ」
そう言って嬉しそうに笑う雅紀の表情は、昨日のあたしに向けられていた表情とは全く違うものだった。
ああ・・・そうか・・・あたしはクローンだから・・・だから記憶も、なにも、あるわけがなかったんだ・・・・あ・・・・
「おや、ようやく意識をなくしたようです。では、早速手術に移りますか」
「これがあたしのクローンなの?なんだか可哀想ね」
「いえ、クローンには人権はありませんよ。あくまで、医療の一環ですから。さて、では行きましょう」
「よろしくお願いします、先生」
「大丈夫ですよ。これだけ元気なクローンだったんだ。妹さんもきっと元気になる」
・・・意識を失いかけながらも、あいつらの声は耳に入ってきた。
許せない・・・絶対に許せない・・・・ゼッタイニsdrftcxwzhklpm・・・・・・・・・・・・・・・・・
untitled~名前のない唄~1
誰もが床に就き、街は静まり返る時間のこと。その街の一角にある、今はもう使われていない廃工場の一角。
この静かな街の中で、ここだけは未だ止まぬ明かりと歓声が鳴りひびいていた。
「今日はありがとう!!それじゃ、最後の曲だ。飛ばしてくぜぇ!!」
この廃工場の中で、一段高い位置にある広いステージ。
その中心で、彼・・・ハルキの合図とともに、ギターが鳴り響き、観客からひときわ大きい歓声が舞い上がった。
「ユウジ!!ケンタ!!行くぜぇ!!」
その声とともに、ギターのカッティングをかき鳴らしている男・・・ユウジと、2タムのシンプルなドラムセットを擁した男・・・ケンタの腕が動き、ビートを刻み始めた刹那、
「警察だ!!動くな!!!」
その声を皮切りに、廃工場に響いた歓声とギターのリフ、ドラムとベースのビートが止まり、代わりに慌ただしい音の警察がなだれ込んできた。
「やべえ!!警察だ!!」
「ハルキ!こっちから抜けられるぞ!!」
「おう!!わりぃみんな!!最期の曲はまた次だ!!!」
「逃がすな!!」
警官たちは彼らを追いかけようとするが、100人からいる彼らの音楽のファンたちに阻まれ、自由に動くことが出来ずにいた。
「今のうちに逃げて!!」「早く行け!!」など、彼らが身体を張って警官を押しとどめながら向ける声を背に、ハルキたちはステージから走り去った。
「はあ・・・・はあ・・・・こ、ここまでくりゃ、大丈夫だろ」
「ま、まあ、これならなんとか・・・」
彼らがいるのは、工場から1キロは離れた商店街の裏通り。ここなら決して見つかるまいと高をくくっていたのだが・・・
「見つけたぞ!!逃がすな!!」
「みつけたぞ~・・・ってオイ!!嘘だろ!?」
流石に100人からのファン連中も警察の力には勝てず、彼らの居所はあっさり発見されたのであった。
「これ以上の抵抗は無駄だぞ。わかってるな?」
「あはは・・・は・・・・」
数台のパトカーと、数十人の警官に包囲され、彼らに出来ることは力なく笑うことだけだった・・・
「またおまえらか・・・ったく、これで何度目だ?いくら未成年だからって、ここまでくると留置所じゃすまなくなるぞ?」
警官・・・ヤマノはため息混じりに言った。50を少し回ったくらいの男であり、いわゆるノンキャリア。白髪まじりの髪にヨレヨレのスーツ、身体に染み込んだタバコの匂いと合わせ、刑事としての見本のようないでたちの男である。
「ヤマノさんには関係ないだろ」
「関係ないって・・・おまえ、そういう言い方はないだろ」
「俺たちは自分の音楽をやってるだけだ。それの何がいけねえんだよ」
「いけないに決まってるだろうが。いいか?今、この国の法律じゃあ、お前らがやってるロックだなんだって音楽はご法度なんだ。お前らはまだ未成年だからいいかもしらんが、あと1,2年してみろ。お前らもブタ箱行きだぞ」
「ふん・・・」
この国では、政府の発行物以外の音楽、書籍などを刊行することが許されていない。表現の自由はなく、表現の媒体はすべて国家の管理の下にあり、そこからはみ出るものはすべて「忌むべきもの」として排除されていく。漫画、アニメーション、ゲーム・・・そして、ロックなどをはじめとする、自由や反体制、愛を謳った音楽すらも、すべて排除されていった。
「・・・まあとにかく、今日は一晩、留置所で頭を冷やすんだな」
ヤマノはそう言い残し、脇の警官を連れ立って、彼らを留置所へと護送していった。
警察の廊下は長く、冷たい。そのせいか、通路ですれ違う警官たちも、どこか冷たく無機質なものに見える。
「お前らにだって親はいるんだろ。あんまし親を泣かすようなことをしちゃいかんと、いつも・・・」
その言葉を遮り、ハルキたちはうんざりしたように
「あ~もう、わかったよ、またその話だろ。『親を泣かすようなことを続けてないで、ちゃんと働いて楽をさせてやれ』だろ?もう耳タコだよ」
「わかっとるんだったら、さっさと馬鹿をやるのを辞めて、真面目に・・・」
その言葉の直後に向こうから歩いてきた人影・・・おそらく女であろう・・・を見つけると、ふと、ヤマノが足を止めた。いつもの猫背を伸ばし、曲がったネクタイすら正し、号令のような口調で
「ご苦労様です。ナナセ警視」
と、およそこの初老の刑事らしからぬ姿勢でその女・・・歳にして20代後半、長身で、銀縁の眼鏡をかけたいかにもな堅物、といった風貌の・・・に敬礼を捧げた。
「ああ。ん?なんだ?そいつらは」
「はっ。今夜の違法音楽事件の容疑者であり、未成年であるゆえ、一晩留置場に拘置という処遇に・・・」
「わかった。もういい。そんなクズどもを私の視界に入れるな。さっさと連れて行け」
「おい、あんた・・・いくらなんでもそういう言い方は・・・」
「ま、待て!この方はこのD地区の刑事部長だ。めったなことを言うもんじゃ・・・」
「フン、なんだ?クズのくせに言いたいことでもあるのか?言っておくが、この国ではおまえたちのようなクズにかける情けなどないんだ。よく覚えておけ。おい、早く連れて行け。こんなクズどもと同じ空間には1秒たりともいたくないからな」
そう吐き捨てるように言い、ナナセは去っていった。
「くそ・・・なんだあの女・・・言いたい放題言いやがって・・・」
「ヤマノさん、なんで止めたんだよ。いくらなんでも、あそこまで言われっぱなしで我慢できるほど俺ら人間できてねえぜ」
口々に不平をもらすハルキたち。
「すまないな・・・あの方はこの地区の警官の総責任者なんだ。滅多なことを言って、余計なゴタゴタに巻き込みたくなかったんでな」
「だからって・・・」
「大人になれ、ハルキ、ケンタ、ユウジ。今ここで無駄な争いをしたからってどうなる?結局はおまえたちが損をするだけだ。感情的になるのもわかるが、ここはひとつ、こらえてくれ」
「ち・・・わぁったよ」
「仕方ねえな・・・」
「・・・・・・・・・」
その後、誰一人として口をひらく者はなく、彼らを待つ留置所の扉が開かれた。
the Wheel of Life3
不意に、聞き覚えのない声がする。
「ここは・・・?あたしは、いったい・・・」
「病院です。あなたは先ほど、冷凍睡眠から目覚められたんですよ」
目の前にいたのは、白衣を着た、医者のように見える20代後半くらいの男だった。
「・・・冷凍・・・すいみん?」
あたしの疑問にその男が応える前に、部屋のドアが開き、息を切らせた中年の男が入ってきた。
「希美!!目が覚めたのか!!」
「・・・あなた、誰?」
「俺だよ!お前の兄貴の雅紀だよ・・・っても、もうわからないか。あれから20年も経ってるからな・・・」
「20年?あの、どういうことですか?冷凍睡眠がどうとか・・・」
「希美?おまえ・・・」
部屋に入ってきた男の人・・・あたしの兄といっているが・・・の言葉を遮るように、医者が言葉を返す。
「記憶が混乱しているようですね。無理もない。いいですか?宮島希美さん。あなたは20年前に、末期ガンに侵されていたんです」
「あたしが、ガン?」
「はい。あなたのガンは当時では手のつけようがないほどにひどくなっていました。そのため、病院側であなたの冷凍睡眠を決めたのです」
「そのとき、お前はまだ19歳だったからな。家族全員、冷凍睡眠に賛成したんだ。残念ながら、オヤジとお袋はお前の回復を待たずに逝っちまったが、去年、とうとうガンを完治させる治療法が見つかったんだ」
「あなたには明日、その治療を受けていただきます。ご安心ください。あなたのガンなら100%治りますよ」
「よかった・・・ほんとによかったな、希美・・・」
そう言いながら、涙ぐんで兄はあたしの手を握る。
「では、宮島さん。治療は明日の15時から開始します。それまで安静にお願いします」
「あ・・・はあ・・・」
「希美?どうしたんだ?せっかく元気になれるっていうのに、嬉しくないのか?」
「お兄さん、彼女はまだ目覚めたばかりなんです。あまり刺激するのはよくないですよ」
「あ、ああ・・・そうですね。じゃあな、希美。また来るから。安静にしてろよ」
そう言い残して、医者と兄はあたしの病室から立ち去った。
あたしは・・・本当に冷凍睡眠されていたのだろうか?思い出そうとしても、記憶が断片的にしか再生されない。あたしは・・・
「宮島さん、おはようございます。具合はいかがですか?」
あれから一夜が明けた。医者の説明では、冷凍睡眠の後遺症で記憶が定まらず、そのせいで一時的な記憶喪失状態になっているということだった。でも・・・いくらなんでも、何も思い出せないなんてことがあるんだろうか?
「ご気分がすぐれないようですね?」
「あの・・・」
意を決して、医師に訊ねてみる。
「あたしは・・・本当に20年も眠ってたんですか?どうしても、自分のことが思い出せないんです。あたしは・・・」
「まあ、落ち着いて下さい。昨日も申し上げたとおり、あなたの脳は冷凍睡眠から目覚めたばかりで、まだ記憶が混乱しているのだと昨日申し上げたじゃないですか」
「でも・・・っ。あたし、名前も、家族のことも、自分が病気だってことさえわからなかったんです。いくら記憶が混乱してても、そんな何も覚えてないなんて・・・それに、ガンだったとしても、昨日からなんの手当てもないのに、身体になんの痛みも変化もないし・・・先生、あたし、本当に病気なんですか?」
「・・・わかりました。あなたに見せておこうと思っていたものがあります。まだ動くのはおつらいでしょうから、車椅子を用意させますので」
そういうと、医者はそばにいたナースに車椅子の準備をするよう指示し、あたしは運ばれてきた車椅子に乗せられ、病室の外へ送られた。
Secret Face2
第1章「遭遇」
あの忌まわしい殺人事件の数日後・・・
「おはよう」
「おす、マサキか。どうしたんだ?浮かない顔して」
「例の連続殺人事件、また起こったらしい。今度はD地区の377ポイントだそうだ」
「うへ、マジかよ。今月入ってもう6件目だぜ。こうなると、そろそろ俺たちの出番か?」
「ああ。今さっき通達がきた。上はこの事件を俺たち特別捜査課に一任するそうだ」
「やっぱりか。これじゃあまた、休日返上になるな」
「やれやれ・・・」
とある国では、テロやデモなどの凶悪化する犯罪に対抗するため、一般の警察には時間、労力、武装、戦闘能力的に解決の難しい特A級事件を取り扱う特殊な警察機構が一般化している。この二人・・・新堂マサキと市原アツシも、そうした特別捜査課の一員であった。
「しかし、ただの殺人犯一人にオレらが動かなきゃならないとは、この国のケーサツはいったい何をやってんだか」
「確かにな。だが、ここまで頻発、凶悪化してくると、さすがに一般の部署では網羅しきれないのが現状だろうな。しかも、このD地区は首都でも特に治安の悪い地域だしな」
「要するに、ていのいい厄介払いだな。ったく、やつらは自転車と車の取り締まりだけはご熱心だが、ケガしたくねえからってチカンも捕まえやがらねえ。ホント、そこらの凶悪犯よりよっぽどタチがわりいな。権力持ったカスどもはよ」
「まあ、そう言うな。一応お仲間だろ。っと、もうこんな時間か」
「今日の巡回は?お前の番だろ?」
「ああ、そうだったな。じゃあ、行ってくる」
「おう」
特別捜査課とはいえ、そういつもいつも特A級の事件が起こっているわけではない。彼らも普段は普通の警官と同じような任務に就いているのである。普通の警官と異なる点としては、私服勤務も認められている点くらいか。否、彼らの配属される先は、この国でも指折りの危険地域である、という点もつけくわえられる。
「こちら新堂。D地区102ポイントより112ポイント、異常なし」
「了解。これなら今日は特になにもなし、かな?」
「だといいがな。ん?」
「おい、どうした?」
ふと、マサキは目の前にある違和感を覚えた。
「いや・・・また後で連絡する」
「・・・ッて、おい、マサ・・・」
そう言ってすぐ、マサキは通信を切った。
マサキが見つけたのは、一人の少女だった。
年のころは20前後、ブラウンの髪に、薄汚れた身なりではあるが、決して人より劣る容姿ではなく、否、美しいといってもよかっただろう、小柄な少女。それだけであれば、巡回中の警官がわざわざ定期連絡を止めてまで近づく必要はなかったであろう。それだけでない、というのは、彼女は倒れていたのだ。それも、人通りのない裏通りの細い路地に。
「おい!あんた!!しっかりしろ!おい!?」
マサキは彼女に駆け寄り、抱き寄せて揺り起こそうとした。
「!!!」
不意に彼女は目を覚まし、マサキを突き飛ばそうと腕を突き出したが、一瞬早く身をかわしたマサキに逆に腕をつかまれた。
「くッ!!離せ!離せっ!!」
必死に暴れる少女だが、警察きっての戦闘部隊である特別捜査課のマサキに女の力で対抗できるわけもなく、彼女の苦労は徒労に終わっていく。
「落ち着け!!オレは警察だ!!」
「けい・・・さつ・・・?」
急に彼女の力が抜け、危険はないと判断したか、マサキは彼女の手を離した。
「・・・君、知っているだろうが、このあたりは首都の中でも極めて危険な地域だ。女の子が一人で出歩くような場所じゃない。何をしていたんだ?」
「わから・・・ない・・・」
「わからない?」
「わからない・・・んです・・・気づいたら・・・こんなとこにいて・・・私・・・」
「馬鹿な。記憶喪失だと!?」
「あ・・・」
「どうした?」
「アキノ・・・辻宮アキノ・・・」
「辻宮、アキノ?」
「私・・・辻宮アキノ・・・でも・・・それ以外は、ホントになにも・・・」
「まあいい。とりあえず、署まできてくれないか。記憶喪失でもなんでも、君の悪いようにはしない」
Secret Face
第0章「序幕」
雨。
特に春先に降り続く雨は、普段の温暖な気候を覆すかのように人の心を陰鬱にする。
道を歩く人々も、気のせいか少し暗い面持ちになる。だからなのか、雨の日には犯罪が起きやすいという。
この事件もまた、そんな春の雨の夜に起こった悲劇であった。
雨の降る道を、二人の男が歩いている。どうやら、会社の同僚らしい。年の頃は二十代半ば、上司や会社の愚痴を言いながら、ふと、片方の男がつぶやいた。
「あ~あ、まぁた雨かよ。ったく、こう毎日だと仕事する気もなくなるよなぁ」
「おまえの場合、いつもだろ」
「うるせえよ。雨だと気分も暗くなるから真面目な俺もやる気がうせるんだよ」
「へえ、誰がまじめだって?営業サボりの常習犯が」
「ん・・・だからそれはだな・・・お?」
ふと、男は立ち止まった。何かを見つけたらしい。
「どうした?」
「おい、見ろよあれ・・・」
男が指差す先には一人の女・・・というより、むしろ少女と言うほうがよいだろう年頃であるが・・・が、小さな傘を持って立っていた。
「あの子がどうしたんだ?」
「よく見ろよ、あの子、マジでかわいくねえか?」
「そういわれてみりゃ、確かに・・・って、おまえまさか・・・」
「ま、ま。そう硬いこと考えんなって。こんな時間に出歩いてるなんて、家出少女くらいだぜ」
「やめとけって。面倒なことになるぞ」
「大丈夫だって。な、彼~女♪」
男はもうひとりの男の制止を振り切り、精一杯明るく、しかし軽薄そうにしか見えない笑みを浮かべつつ、少女に声をかけた。
「こんなとこでなにしてんの?よかったらさ、俺らと一緒に飲まない?ね、いいでしょ?おごるからさ」
「・・・ええ、いいわよ」
「お、や~ったぁ。ん~じゃあさ、どんなとこがいい?俺いい店知ってんだ~」
「いいじゃない、ここで」
「へ・・・?」
次の瞬間、男の思考は完全に停止していた。腹部に何かが刺さる感触を最期に、男の思考は二度と戻らないものとなった。
「どうせもう、どこにも行けないんだから」
少女はうっすらと笑みを浮かべつつ、その場の状況を理解できずにいたもうひとりの男の方に向き直った。
「え・・・?あ、ひ・・・・」
「あなたは?どうしたいの?」
男は何が起こったのか、自分の頭を必死に動かしていた。が、次の瞬間、その場に起こったすべての異変を理解した。
「う・・・・・うわああああああああああああっっ!!!」
必死で声を上げ、その場から走り去ろうとする。が、雨のせいか思うように足を動かせない。それが結局、この男の運命を決めた。
「そう。鬼ごっこがしたいの。それじゃ」
少女は手に持ったナイフ・・・今さっき男の思考を奪った刃物・・を構えると、逃げる男に向けて放り投げた。ぐへ、という声を最期に、男は雨の中で二度と動かなくなった。
「なんだ、もう終わりなの。つまんないの・・・」
そう言い残し、少女はその場から姿を消した。次の日、たまたま近くを通りがかった人間が彼らの変わり果てた姿を発見し警察に通報したものの、少女を結ぶ手がかりは何一つ見つからなかった・・・。
the Wheel of Life2
第二幕「死神」
エミリーとの出会いから、もう数週間がたった。お互いに暇を持て余してたのもあって、僕達は毎日のように一緒に過ごしていた。もっとも、ただでさえエミリーのとんでもない奇行のせいで人通りが少なくなった裏路地に僕みたいな黒猫がいつもいるせいで、より一層人が近寄らなくなっちゃったけど。ま、そのほうが気軽にデートができるけどね。
「こんにちは、エミリー」
「あ・・・リーゼ。どうしたの、その袋?」
「今日はお土産があるんだ。ホラ」
そう言って、僕は口に咥えていた布袋からいくつかの宝石をばらまいた。ルビー、エメラルド、サファイア・・・もちろん、本物ではないけど
「どうしたの、その宝石?」
「カラスの巣にあったやつをこっそりいただいてきたんだよ。あいつらが持ってても何の意味もないからね」
「でも、あたしたちが持ってても、結局使えないんじゃない?」
「あ」
「ふふ。何「あ」って。気づいてなかったの?」
「いやいや。僕なら大丈夫。ちゃんと使えるからさ」
「どうやって使うのよ。あなた猫じゃない」
「ま。そうだな・・・・よっ、と」
僕は大きく体をひねると、そのまま体を変化させ、人間の姿に化けた。
「どう?これなら使えるんじゃない?」
「すごい!ね、今のどうやるの!?ねえ!!」
「これは化け猫の秘術ってやつでね。ある程度年を取った猫は、人間の姿になることもできるんだよ。もっとも、人間の体なんて不便だから、めったにやらないけどね」
「へえ、化け猫って面白いのね。あ~あ、あたしも幽霊じゃなくて、化け猫になりたかったなあ・・・」
「幽霊だって充分立派な化け物だよ」
「あ、ひどくない?それ。あたしだって、好きで幽霊やってるわけじゃないんですけど」
「それじゃあ、そろそろ成仏したら?もうじき100日も過ぎちまうよ?」
「・・・・」
「・・・・エミリー?あ、ごめん、そういうつもりじゃ・・・」
「ううん、違うの。聞いて。あたしね、最近生きてたときのこと、思い出しそうなんだ」
「本当に!?よかったじゃないか。それがわかれば、君も成仏できる・・・」
「嫌!・・・あ、あのね、違うの。確かに、思い出しそうなんだけど、浮かんでくるのが、いつも一つの映像だけなの・・・」
「ひとつの・・・映像?」
「うん。暗い・・・実験室みたいなところ。それ以外には、何もないの」
「それって一体・・・」
「わかんない・・・あたし、いったい・・・もうなにがなんだか、全然わかんないよ・・・」
彼女の声は、いつもとは比べ物にならないくらい弱々しかった。
「ねえ、リーゼ。あたしが誰であっても、あなただけは、あたしの友達でいてくれるよね?」
「・・・ああ、約束する。僕はずっと君の友達だよ」
「残念ですが、そういうわけにはいかないんですよ」
「!!」
突然、僕たちの後ろから妙な声が聞こえた。あわてて振り向くと、そこには痩せた背の高いスーツの男が立っていた。その左手には、小さな黒い鞄を抱えている。僕は、その男の正体に感づいていた。
「あんた・・・死神か?」
「おや。これは珍しい。化け猫ですか」
その男・・・死神はまるで僕を珍しい虫でも見るかのように一瞥しただけで、エミリーに向き直った。
「・・・なにしにきた。普通、死神が直接人命に関わっちゃいけないんじゃなかったのかい?」
精一杯の力を腹に貯め、死神を威嚇しようとした。しかし奴は何事もないかのように
「まあ、言わなくてもわかると思いますが、そこの彼女に成仏してもらいに来たんですよ。予定外のアクシデントなんで、こうしてわざわざ出向いているわけですがね」
「予定外・・・だと?」
「どういう・・こと・・・?」
「おや?あなた、記憶がないんですか。まあ、仕方ないですかね。あんなことがあったんですから」
「!!あなた、あたしのこと知ってるんですか!?」
「ええ、まあ。でも、口で言うのも面倒ですし、あなたに直接思い出してもらいましょうか」
そう言うと、死神は彼女に手をかざし、不快な音波を発し始めた。
「エミリー!!」
「あう・・・あ・・・・・・」
僕の声も虚しく、彼女の意識は途切れていった・・・
the Wheel of Life
第一幕「子猫」
「ふう・・相変わらず、人間の街はにぎやかだねえ」
夜の街。にぎやかなメインストリート。その隙間を縫うようにして、あてもなく歩き、裏通りに入る僕。
ん?ああ、僕?そうだ、自己紹介がまだだったね。僕は、この街で暮らす黒の子猫。名前は・・・野良猫だから、ない。っていうか、そんなの、とっくの昔に忘れてしまった。だからって、僕が生きていることには何の支障もないし、僕の名前を呼びたがる奴なんていないから、別に関係ない。僕は昔から天涯孤独の身の上だったしね。
そんな僕でも、生きるためには食べ物がいるし、寝るところもいる。この街はけっして暮らしいいところじゃないけど、食うのには困らないし、満足もしないけど退屈もしないから、僕みたいな奴にはピッタリなんだ。なにせ、僕は・・・
「あら?可愛い猫」
不意に無作為な思考を中断させる声がした。振り向くと、年で言えば、だいたい17,8くらい、栗色の髪と瞳をした女の子が僕を見つめていた。
「珍しいな。こんなとこに幽霊がいるなんて」
「!!あなた、わたしが見えるの?」
「まあね。150年も生きてりゃ、そのくらいの芸当はできるようになるさ」
「150年!?あなた、いったい・・・」
「人間のいうところの「化け猫」ってやつかな。どうして化け猫になったかって?そんなの、僕にもわからない。ただ、化け猫になって、色々と面白いこともできるようになったよ。たとえば、君を見つけられたりとか、ね」
軽い冗談のつもりで、僕は彼女に微笑みかける。とはいえ、人間に猫が笑ってるかどうかなんて、わかるはずないけど。
「ふふ。あなた、面白いのね。オバケなのに、ちっとも怖くない」
「なにいってんの。君だって、普通の人から見たら充分オバケだよ。もっとも、君に気づく人間なんて、そういないだろうけどね」
「そうなの。あたし、半年前からずっとここにいるのに、誰も気づいてくれなくて」
「半年!? そりゃまた、普通、幽霊なんて49日で成仏するもんだ。成仏できない幽霊は、強い怨みを持っているか、その場所になにかで縛られているかのどっちかだけど、それでも75日を過ぎりゃ成仏する。君、可愛い顔して、よっぽどの強い怨みを持ってるんだねえ・・・」
「ううん、違うの。わたし、生きてたときのこと、なんにも覚えてないのよ」
のほほんとした口調で彼女は言った。記憶喪失の幽霊だって?ますます聞いた事がない。
「気がついたら、この通りでずっと一人っきり。誰も気づいてくれなかったから、淋しくて目の前の通りで追突事故を起こしたり、ここのビルから飛び降り自殺志願者を募ったりもしたんだけど、結局だあれも気づいてくれなくて」
「・・・・それ、絶対人がいなくなると思う」
「えっ!?そんなぁ・・・じゃあ、気づいてほしくて通る人のそばですすり泣いたり、後ろから引っ張ったりしたのもやっぱりまずかったかな・・・」
「・・・道理で。こないだまでは店とかもあったのに、片っ端からなくなってるわけだ」
「そんなあ・・・」
なかなか強烈な天然だな・・・この娘。でも、さすがに自分の行いを反省したのか、下を向いて考え込んでいる。
「あ。そうだ!!ねえ、あなた、あたしのお友達になってくれない?」
「・・・は?」
ん・・・なんていうか、予想外の答えが・・・ていうか、下を向いて考えてたのって、もしかして、それか?
「あたしね、ずうっと淋しかったの。あまりに淋しくて、いろんなことしちゃったみたいだけど、結局一人っきり・・・ね、いいでしょ?お願い!!」
「ん・・・」
「ほんとに!?ありがとう!!」
ありが・・・って、ちょっと待て!?もしかしたら、さっきの「ん・・・」っての、オッケーのサインだと!?これは天然というか、究極のマイペースというか・・・
「ねえ、あなた名前は?」
こちらの思考より早く、彼女は次の質問に移ろうとしてきた。なかなかのツワモノだ(笑)
「・・・ない」
「ない、って?」
「僕は野良猫だからね。名前はないんだ」
「そうなの・・・でも、実はわたしも、自分の名前がわからないの」
と、実に楽しそうに彼女は言った。まあ、無理もないか。彼女にしてみたら、誰かと話をするのは半年ぶりなんだし。もっとも、その相手も自分と同じオバケだけど。
「どうしよう・・・名前がないのも不自由だし・・・そうだ!わたしたちで、お互いの名前をつけあわない?そうね・・・あなたには・・・リーゼ、っていうのどうかしら?」
「リーゼ、か」
ドイツ語で「巨人」を表す言葉だ。彼女がそれを知ってるとは思えないけど、僕みたいな小さな猫になんて名前をつけるんだか。
「ダメ?」
「いや、いい名前だね。気に入ったよ」
「ホントに!?ありがとう」
ヘンな名前だけど、僕はけっこうこの名前、マジで気に入った。だって、身長たった60センチの僕が「巨人」なんて、下手なジョークみたいで面白いじゃないか。
「今度は僕が君に名前をつけるよ。エミリー、っていうのはどうかな」
「エミリー?」
「ずっと昔に、僕を拾ってくれた女の子の名前さ。理由は・・・まあ、なんとなく、かな」
「エミリー、か。うん。ありがとう、リーゼ」
「こちらこそ。エミリー」
これが、僕と彼女・・・エミリーの出会いだった。お互いがお互いの名付け親であるという奇妙な関係。でも、僕にとっては、久しぶりの話し相手だ。彼女とは、これからもいろいろとありそうだけど、このあとのお話は、またいつか。
