こんにちは、friendshipです。

 

今日、このブログ「相葉雅紀の嵐!」が11周年を迎えました。

更新回数がめっきり減ってしまったので、11周年と言っていいものか…(^-^;

という引け目はありますが、ともあれ、無事に5月7日を迎えることができました。

 

この春、息子の豆太が高校生になりました。

入学式のあと保護者も教室に案内され、教壇の前で先生が「担任の○○です」と言いました。

 

私は相葉の担当ですけどね、と心でニヤニヤしながら、ふと思いました。

 

担当って、ファン用語としてずいぶん浸透してるけど、

私たちが相葉ちゃんを「担当」している気分の一方で、実は相葉ちゃんが私たちの「担任」なのでは、と。

 

相葉ファンという生徒たちが集まる教室で、

教壇の前に立つ相葉先生。

相葉先生は私たちの担任として、いろいろなことを教えてくれて、励ましてくれて、時には叱ってくれて、生徒ががんばると泣いちゃったりして。

 

だから

「私は相葉ちゃんの担当です」というより、

「相葉ちゃんは私の担任です」というほうが、

なんだかしっくりくるなあと思いました。

 

ふと、気づけば私のまわりには「クラスメイト」がたくさん。

 

このブログを始めた2008年。

まだツイッターとかインスタも浸透してなくて、

FCの入会は、郵便局の窓口でしか受け付けてもらえなくて、

コンサートや舞台の申し込みも郵便局まで出向き、

(舞台は申し込むだけで公演ごとにひとつずつ手数料がかかった。落選しても返金されなかった!)

チケットの当落は、なかなか繋がらない結果発表専用ダイヤルに何度も何度も電話をかけて確認して……

 

という時代に、私は嵐を好きになりました。

 

あのころは大変だったのよ、という愚痴ではありません。

今思えば、なかなかにアナログな時代だったんだなと。

そんな中で「ブログ」というのは、当時はどちらかというと前衛的で、「知らない人とこんなに密につながれる」って、IT文明ってすごいなと思っていました。

 

年齢とか外見とか職業とか住んでいる場所とか性別とか、更新した時間とか、そういうのをぜーーーんぶ取っ払って、魂の交流ができるのがインターネットですよね。

嘘なんかいくらでもつけるシステムの中で、この重くて面倒な肉体がいっさい邪魔にならないからこその「本当」の交流が、そこにあったように思います。

 

このブログがなかったら、私は夢をかなえることができたかわかりません。

お互いの素性をまったく知らない状態で文章を読んでもらって、コメントをやりとりするという経験にすごく育ててもらいました。もちろん、コメントだけではなくアクセス数もです。この文章の向こうにこれだけの人がいるのだということの緊張感と喜びも、同時に教えていただきました。

 

本当に、ありがとうございます。

恩返ししたい人はたくさんいるけれど、ここでfriendshipとしての私と関わってくださった方々は特別な位置づけにいます。これから先、一生忘れないし一生感謝し続けると思う。

そして、こんなに更新が滞っていてもなお、今でもこのブログやあちらこちらのツールでつながってくださっている方々、その存在にいつも本当に助けられています。

 

嵐の状況に変化があったり、元号が変わったり、諸行無常はいつも感じます。

でも、ちょっとランダムに、この11年の記事を振り返ってみてつくづく、そのつどの一瞬一瞬がぎゅっと楽しくて嬉しくて、相葉ちゃんや嵐にいっぱい幸せにしてもらって、大げさかもしれないけどそれが「生きる」ということだ!なんて思いました。

これからどうなるかなんて、ホントに誰にもわからないよなぁ。

昨日はもう行ってしまって、明日はまだ来なくて、毎日が今日。

宿題くんでバスケをする相葉ちゃんに「来いよ!」といざなわれてブログを開設。あれから毎日、今日を生きてきて、今日が11年目の今日。

私は今日も、相葉雅紀が大好きです。

 

相葉ちゃんは私の担任です。

私はいつまでたっても卒業しないよ、できないよ。

教えてもらいたいことがいっぱいあるからね。

先生、これからも受け持ちよろしくお願いします。

クラスメイトの皆さん、これからもどうぞ一緒に、楽しんでいきましょうクローバー

昨日私がそれを知ったのは、夕方のスーパーマーケットで、晩御飯の買い物をしているときでした。

嵐友のMさんからラインを着信。

「ジャニーズネットにつながらない!」

そのひとことだけ。

 

Mさん、今日誕生日だっけ?

と、私はのんきに思っていました。

お祝いメッセージ動画を見るためにアクセスしたけど、サーバーがダウンしてるとか、そういうことかなと。

FCからのメールはパソコンのアドレスにしているので、お知らせもまだ見ていなかったのです。

 

でも、何かあったかなと、カートを停めてネット検索して…

飛び込んできた「嵐活動休止」の文字。

 

真っ白。

 

ショックとか驚きとかじゃなくて、ただ、真っ白になりました。

「えっ…?」しかなかった。言葉が何も出てこなくて。

 

なんだかぼんやりしたまま買い物を続けて、帰宅して、動画を見て。

 

深刻な面持ちの大野くん。

でもそのあと、他のメンバーが思いのほか柔和な表情で。

あれっ、これは、私たちに悲壮感があったらバランスが取れないやつ?

嵐君たちはもう、納得しきってることなのかな?と思いました。

 

会見は生中継がなかったので、そのあとのミスターサンデー待ち。

ファンの皆さんそうだと思うんだけど、ワイドショーとかでコメンテーターにあれこれ言われてるのを聞くのがいやだなぁという気持ちがあって、そのへんはちょっと覚悟した。

でも、ミスターサンデーさんは時間枠いっぱい使って、だいぶ放映してくれていて、不要なコメントもほとんどなくてよかった。

 

何より、ちゃんと嵐が「嵐の言葉」で話してくれたことが、本当によかった。

 

普段、控えめであまり発言しない大野君が、しっかり意思表示してた。

他のメンバーが言うことも、ひとつひとつ、心がこもってた。

 

事前のFC会員へのメッセージ報告も、そのあとの会見も、2年という時間を考えてくれたことも、ひとことで言って、すごく「ていねいな発表」だったと思います。

この「ていねい」であることの誠意が、本当に嵐らしいなって思った。

嵐が嵐のことを本当に愛していて、私たちファンに対してもきめ細かな想いがあるって、すごく伝わってきた。

 

真っ白だった私の頭が、カラフルになっていきました。

嵐はずっとずっと5人で、この人たちはずっとずっと嵐だよ、ってことを、前よりも強く感じた。

 

そしてホントに、それぞれにそれぞれ「らしい」場面があって、この言葉は今は不謹慎なのかもしれないけどそこに関しては嬉しくなってしまうほどで。

 

「無責任」発言の記者に対する、翔ちゃんとニノの返し。

私には、浅草寺の門に立つ風神雷神に見えたよ!

よくあのふたりが並んでたよ! ナイス立ち位置!

 

「リーダーが悪者に見えるんだとしたら、我々の力不足です」

 

もうね、歴史に残る名言だね、ニノちゃん。

ここ、めちゃくちゃ泣いたわ。

ニノちゃんは風神のほうだろうな。

 

大野くんの言う「自由」。

私ね、「無責任」記者みたいな人は、まあ、ああいうこと言う人もいるだろうなぐらいに流せたんだけど(おかげで風神雷神の素晴らしさが際立ったし)、それよりも、「大野さんは今まで絵を描いたり釣りしたりして、けっこう自由にやってきたと思いますが」っていう女性記者の発言のほうがイヤだなって思ったの。不愉快だった。

これについては、大野くんを含めてみんな笑ってたから、彼を貶めるものではなかったのかもしれないけど、大野くんの言ってる「自由」って、そういうことじゃないじゃん…

 

大野くんが大野くんじゃなくなってしまう前に、彼の言う本当の「自由」を手にしてほしい。

そんなふうに思えたから、あの4人も納得したんだよね。

 

「大きな決断をした今、思い出す嵐の楽曲は?」

という予想外の質問で、私の頭にポンと浮かんだのは、なぜか「愛と勇気とチェリーパイ」でした。

歌詞を読み返してみて、やっぱり、私のイメージの中ではこの楽曲が今の彼らに合うような気がします。

 

「チェリーパイ」は「自由」ってこと。

太っても君を愛するよ。ほんとだよ。

 

そして相葉ちゃん。

ここ数か月、私自身がとても課題に思ってもがいていたことがあって……

彼の言葉がリンクして、すとんと胸に収まりました。

それは、

「今決まってることをせいいっぱいやる」

という言葉。

 

うんと先のこと、高いところに目指すもの。

がむしゃらに進んでいくことが必要なときもある。

でも今は、目の前にあるものをせいいっぱい、せいいっぱい。

その結果として次の扉が開いていくんだよね。

 

だから今はただただ、変わらないで応援します。

2年後に休止するから…とかじゃなくて、今の嵐を好きだから、ただその想いだけ大切に持ってる。

 

今日は、読み返さずにこのままアップします。勢いで書いて残したい感じ。

誤字脱字などあったらおゆるしを。

 

このブログがあって、ほんとよかった。

気持ちを出せる場所。

長々と読んでくださって、ありがとうございました。

 

 

あけましておめでとうございます。

 

 

新しい年を迎えるたびに

抱負らしいものを考えたりもするけど、

 

とにかく

私がいて、あなたがいて、

同じ時代を生きていること。

それよりスゴイことなんて、きっとないから

一日、また一日を、

味わっていこうと思います。

 

 

 

嵐友さんに作っていただいたダイキチ手☆

羊毛フェルトのブローチになっています♪

かわいいなあ~ハート

 

 

 

そしてこちらは、オギちゃん……ではないのですが、

私にとって大切な猫。

写真だとわかりにくいですが、カギしっぽと金色の瞳まで忠実。

 

 

年末年始の嵐くんたちを見ていて、

「ああ、大人のひとたちだな」

と、何度も思いました。

「大人のひと」って変な言い方なんですが、

「大人の男」っていうニュアンスじゃなくて「ひと」って感じで。

 

そこに立つまでに

いろんな、いろんないろんな想いをしてきたんだなって。

 

称賛も栄光も嫉妬も野次も、

複雑な角度で入り混じって

嵐を知らなすぎる人、あるいは知りすぎている人からの

生身の人間にはいささか重くて鋭い矢尻を

いっぱい受けてきたんだなって。

 

嵐くんたちが

後輩を見るまなざしがね、本当にやさしくて。好きです。

きっとどの台本にも書いていない、

自然に出てきてしまうサポート。

さりげない仕草のひとつひとつに、彼らの人間味が現れてる。

 

 

「好きでいてもらうこと」が仕事のあなたたちに

人目を気にしない、なんて難しいと思う。

見せて、見られてなんぼだものね。

商売道具は肉体のすべて、発言のすべて。

表現したことが、好むと好まざるにかかわらず

評価されて、数字をつきつけられて、

それでもあんなに元気に笑って。

人目を意識しながら自分の道を究めていくって

どうやってやればいいんだろう。

どれほどのストレスとプレッシャーかなと、

テレビの前で思っていました。

 

それでも彼らがアイドルを続けているのは、

幸せな瞬間があるからだよね。そうであってほしいです。

やっぱり、この仕事が好きなんだと思う。

誇りを持っているんだと思う。

一緒にやってきた仲間を愛してるんだと思う。

先にあるもっと見たいものに、手を伸ばしてるんだと思う。

そして、

支えてくれる人、好きになってくれた人に、

届けたい何かがあるんだと思う。

 

すごいな。

やっぱり、すごいよ。

尊敬しています。

成熟するって、年齢は関係ないんだな。

 

嵐を好きでよかったと、

今まで何百回も思ってきたけど

そのつど、想いは深まるばかりです。

 

2019年も、元気で。

嵐が嵐で、ありがとう。

 

ここで知り合えた方々にも、感謝の気持ちでいっぱいです。

今年もどうぞどうぞ、よろしくお願いいたします花