誰もいない海に一人佇む
久しく訪れることのなかった
俺の特別な場所
約束を果たせなかったアイツに
恨み言の1つでも言ってやろうかと
珍しく気が向いて
立ち寄ってみた
「・・・かわんないねぇ~。」
思わず漏れる声
ちっこい砂利を拾って
意味もなく投げる
波紋は打ち寄せる波に消えていく
そう、この場所は
あの頃とちっとも変わっていない
柔らかな光に包まれた
穏やかな波打ち際に
寄り添うように立つ古木
まだ若かった俺ら
思えばなんでもきると思っていた
願えば叶うんだと
そう、思っていた
だけど
歳をとって振り返ってみれば
それぞれの思いは
夢のまた夢
絵空事のように
1つ、また1つと
消えていった
思い描く未来が来ないと愚痴るアイツに
焦るなと言い続けるだけの俺
人一倍努力する姿を知っているから
誰よりも強い探究心を知っているから
きっと実を結ぶ時が来ると
信じていたかったから
そんな俺の思いを
アイツは感じ取って
この場所に俺を連れてきた
アイツしか知らない
特別な場所だって話してくれた
大切な決断をする時に
ここに来るんだって
はにかみながら話す横顔が
俺の脳裏に刻み込まれた
この場所は俺にとっても
特別な場所になっていった
アイツの存在と共に
それ以上でも
それ以下でもない関係
油断すると
それ以上の感情が顔を出してくる
悟られまいと
必死に抵抗している様を見て
楽しげに笑ていた
人の気も知らないで
いい気なもんだ
それでもよかった
隣にいつもの笑顔さえあれば
心満ち足りていた
「.....おぉ〜ぃ、聞こえてるかぁ」
遠くで髙鳴きする雲雀
波の音と緩やかな風の音
これでアイツが笑えば
文句なし...なのに
何が正解で何が間違いか
今となってはどうでもいい
俺とアイツが存在した事実
日々過ごしてきた
大切な時間
俺が生きている限り
決して消えることのない
真実
アイツと交わした約束が
果たされることは
きっとこの先も...ない
わかっていながら
俺はそれにすがる
アイツと俺をツナグ
唯一のものだから
「また...気が向いたら来るよ」
陽が傾き
二つの影が少しだけ長くなる
変わらずにそこにある
古木にそう話しかけ
尻についた湿った砂利を
払い落とす
俺の心がそうさせたのか
アイツの声が聞こえた気がした
再び並んで立つ古木を見つめる
ただ静かにそこに佇む
アイツの面影を重ねながら
古木が見ていた風景は
今日も変わらぬ時を刻む
叶わぬ約束を果たす時まで


