「あぁ~っ、飲み過ぎたぁ・・・」

会社の接待の帰り道
駅までの近道を通り抜けようと細い路地裏に
足を踏み入れ一呼吸入れる
ネクタイを緩め厚手のダッフルコートを脱ぎ
肩に掛ける



今日は三月初めのわりに温かく空には少し早めの
朧月夜が顔をのぞかせている

「久々に空を見たなぁ・・・幻想的な・・・」
酔い覚ましに自販機で買ったブラックコーヒーを片手に
ふらふらと道をたどれば、どこからともなく
歌?が聞こえてきた・・・・
歌?鳥の声?
あぁ・・・カナリヤかな?
それは澄んだ音色で人のモノとも鳥のものとも
言い難い・・・耳に残る心地よい音色で
俺は、思わずその歌のする方向へ歩きだしていた
入り組んだ路地裏はどこを歩いているのかわからない程
細く狭くなっていく
知らない街並みにひきこまれるように
月明かりのもとその音源に近づく

先ほどよりはっきり聞こえるところまでたどり着いたとき
その歌が止まった・・・

「あれ?聞こえない・・・ここら辺のはずだけど」

辺りをキョロキョロ探していると
頭の上から声をかけられる

「何を探しているの?こんなところまで来ちゃって・・・」

驚いて声のする方に顔を向けると・・・・





今まで出会った、どの女性にも勝るほどの綺麗な人が・・・・
そう言い表すしかないくらい・・・綺麗な人が
俺を見下ろしていた

「いや・・・その、歌が聞こえたもので・・・それに誘われて・・・つい・・・
って、ここ・・・・どこですかね?」

酔った勢いもあってか見ず知らずの人に
いきなりそんなことを聞いてしまった自分にいささか驚いている

その人は、一瞬、「ふふっ・・・」と含み笑いをした後に
駅までの道のりを教えてくれた
柔らかい少しかすれたような声で・・・
ゆっくりと俺を見つめながら、微笑みながら・・・

しばらくその仕草に、その声に見とれていた


「帰れそう?・・・」

そう声をかけられるまで俺はずっとその人から
目が離せないでいた

一目ぼれって・・・・こんな感じ?
それこそ、ハートに矢が刺さる絵を思い浮かべ
まさに今、自分がそれではないか?と
強く思うくらいに・・・
初めて会ったその人をいつまでも見上げていた


視界の片隅には蒼白い雲に見え隠れする朧月が




その人の輪郭を浮かび上がらせ


幻想的な月夜により一層花を持たせているかのようだった








何度も、何度も振り返りその人にお辞儀をしながら
俺が見えなくなるまで振り向くたびに手を振ってくれた
その人に・・・・




マジで、俺は恋をした・・・

気づけば、聞こえなかったあの歌が再び俺の後ろから
そよ吹く夜風に乗ってかすかに届く
深く透き通るような声で・・・・
俺に語りかけるように

立ち止まり夜空を見上げる・・・

少しだけ雲間からのぞかせたその朧月が
どことなくあの人に似ていた・・・

もう一度・・・会えるだろうか?
そんな期待を胸に
すぐそこまで来ている春を感じて
家路に急ぐ

朧月夜のこの出会いが運命である事を願って・・・





















2015-03-04 22:02:10